僕は死に場所を探しに旅に出る

夏木

シニバショ


 人生はゲームと一緒だ。

 勝ち進めばそれなりの生活を。負け続ければどん底の生活を送ることになる。


 なら僕はどっち? と聞かれたらもちろん後者だ。

 得意なことはなく、地味。役に立たない。一人じゃ何もできないし、決められない。

 それが僕。


 学校へ行けば、いじめの標的に。

 共働きの両親との間に会話はない。

 どこにも僕の居場所がない。


 誰にも必要とされない。僕がいる意味がない。

 だから僕は死にたくなった。

 最後の最後。死ぬ場所ぐらいは自分で決める。そう手紙を書き残して、僕は誰にも邪魔されず、迷惑をかけない死に場所を探しに出かけた。



 2020年の夏。これが僕にとって最後の夏休みになる。

 日差しが痛いほど刺さるし、かなり暑い。

 こんな気温の中で死んだら、すぐに体が腐るんだろう。そうしたら死体が誰なのかわからなくなるけど、匂いがきつそうだ。それだと、発見者に迷惑がかかる。なら涼しいところがいいかな。


 中学生の僕が行ける場所は限られている。

 あんまりお金がないから、遠くまでいけないけど、片道分なら。財布の中のお金でどこまでいけるだろうか。


 やってきた電車に乗って、僕は死に場所を探しに行く。

 電車の揺れで、いつのまにか眠ってしまった。


「お客さん、終点ですよ」


 そんな声に起こされ、電車から降りる。

 夏だから日は傾いていても明るい。見えるのは全く知らない風景。

 僕はフラフラと駅を出て歩く。


 僕の住んでいたところと比べて、人も建物もない。

 緑が多いせいか、涼しく感じるし、空気も澄んでいる……気がする。


 きょろきょろ見渡す僕の頭上を、赤い鳥が飛んでいった。

 じっと目を細めて観察する。カラスにしては、大きすぎる。

 鷹? いや、それよりもずっと大きいし、赤いのは珍しいな。


 舗装されてない地面から咲く花も珍しい。

 赤、青、黄色、ピンクに白。そんな色の花なら見たことがあるけど、ここに咲いている花はそれとは違う。

 一つの花なのに、花びらの色が一枚一枚違うのだ。赤からオレンジ、黄、緑へ色が変わってる。

 こんな花、見たことない。


 どうやら僕は不思議な場所に来たようだ。


 道らしい道はない。

 なんとなくこっちかなという感覚を頼りに歩く。

 道端で死んだら迷惑がかかるから、人がいない森みたいなところがいいな、なんて思いながら、歩き続けた。


 途中、変な生き物を見かけた。

 川の中。遠くだったからはっきりとは見えない。

 人かなって思ったけど違った。

 上半身は人。でも下半身は魚だったのだから。


 他にも変な生き物がいた。

 馬かと思ったら、角が生えてた。伝説上の生き物みたいな……そんなものばかり見かけた。

 もしかしたら、ここは本当に異世界なのかもしれない。

 ゲームみたいな世界に、僕は惹かれた。


 他に何がいるのだろう?

 少しの好奇心を持って、僕は歩き続けた。

 今何時なのかわからないけど、日は沈んできたから家を出てから6、7時間は経ってる。

 この不思議な場所に興味があるけど、僕の決意は変わらない。

 家から離れているこの地で、今日、僕は死ぬ。



 ちょうどよさそうな森を見つけた。

 木がいっぱい生えてて、人気はない。ここなら死んでも、体は動物が食べてくれるかも。さっきの馬みたいなやつが食べるのかな? それとも最初に見た鳥かな?

 とりあえず、僕がいたというあかしを残したくない。


 完全に日が落ちてしまった。

 光源がなくなって、視界が悪くなる。そしてすぐに、木の根っこに僕の足がひっかかった。

 顔面から地面とこんにちは。こういう痛みは嫌いだ。学校で殴られたり、転ばされたりしたことを思い出すから。


 体についた土を払いながら起き上がる。


 ――グルルルル……


 静かな世界に、獣の鳴き声が聞こえた。

 犬のような声。まさに絶体絶命の状況だ。

 あ、でも、野犬に襲われて死ぬのも悪くない。だってそれなら、「運が悪かった」で済むだろうし。


 僕の死に場所を探す冒険はここで終わり。

 知らない世界に来たみたいで楽しかった。さよなら。

 僕が決意したと同時に、獣は現れた。


「グルルッ……」


 よだれをたらしながらやってきたのは、頭が三つある犬。

 なんていうんだっけ。映画で見たような気がするけど、名前はわからない。


「僕をきれいに食べてね」


 怖いけど、これでいいんだ。

 これで僕は終わるんだ。来世はきっとない。

 さあ、と犬の前で手を広げて待った。

 でも、いくら待っても襲い掛かってこない。それどころか、おすわりしている。


「なんで……? なんで何もしてこないの?」


 何もしてこない犬に腹が立つ。

 早く僕を殺してくれ。


「いくら待っても無駄だよ」


 待ちぼうけの僕に、後ろから高い声が放たれた。

 振り向くとそこには白いワンピースを着た女の子がいる。

 よく見れば、女の子の頭にも犬みたいな耳があった。


「君、死にたいんでしょ? 死にたい人をこの子は襲わないから」


 そう言って女の子は、僕の横を通り、犬の体をなでた。

 この犬に襲われないのなら、ここにいる意味はない。僕はその場を離れようと立ち上がる。


「ねえ、死にたがりさん。死に場所なら、私も探してあげるわ」

「え、ちょっと……」


 女の子が僕の手を引き、走り始めた。

 体力もないし、視界が悪いここで、ちゃんと走れない。時折つまづいて転びそうになったに、女の子は僕を気にすることなく走り続ける。


「こっちよ」


 走って走って、脇腹が痛い。苦しい。

 こんな苦しいのは嫌だ。


「見て」


 パッと視界が晴れた。

 そして目の前に広がっていたのは、大きな湖だった。

 今まで夜だったはずなのに、この場所は打って変わって明るい。オレンジ色の光が差し込んでいるから、夕方だろうか。

 光が、湖面を照らし、キラキラしていた。

 湖の中をのぞいてみると、底が見えるほど透き通っている。


「どうかしら?」


 女の子の問いの意味がわからず、僕は首をかしげる。


「ふーん、わかったわ。次に行くわよ」


 何も答えていないのに、なにが分かったのだろうか。

 僕は疑問を口にすることなく、また、女の子に手を引かれて走らされた。

 木の間を縫って進む。頬を枝がかすめて、切れたようだ。手でこすると、血がついた。でもこの道はさっきより通りやすい。

 走ってから数分。女の子が立ち止まった。


「ここは?」


 広がる花畑。赤や黄色、色とりどりの花が咲き乱れる。空の青さに花が映える。

 そんな花の奥には風車がぐるぐると回っていた。

 また時間が巻き戻ったように、空が青いのは不思議だが、ちょっと走っただけでこんなに違う場所があることの方がもっと不思議に思えた。


「どう?」


 女の子はまた、おなじ質問をする。


「きれい、だと思うよ」


 率直な感想を伝える。それ以外に、僕に言える言葉はない。


「そう」


 そして女の子はまた、僕の手を引いて走り出した。

 今度はちゃんと道がある。平らだし、邪魔な木もなくて、走りやすい。


「着いたわ」


 肩で息をする僕は、ゆっくりと顔をあげた。

 すると目の前には、雲一つない青空が地面に写っているという不思議な世界だった。

 女の子は僕の手を引いたままゆっくりと歩き進める。


 一歩進むと、ぴちょんと音がした。水に空が反射していたのだ。

 不思議なこの空間は、まるで空を歩いているようだ。


「今度は、どう?」


 女の子がまた、聞いてくる。


「すごい……すごいよ。物語の中に来たみたいだ」


 あまりにも不思議な世界に、僕はくるりと回って答えた。


「そう」


 女の子は相変わらず同じような反応しかしない。でも、少し黙ったかと思うと、すぐに口を開いた。


「まだ、死にたい?」


 そうだ、僕は死に場所を探しに来たんだった。

 訳もわからず走らされていたせいで、そんなこと考える暇がなかった。


 あれ、今僕はって……。

 死をそんなことと考えていた?


「死にたがり君は、なんで死にたいって思ったの?」

「それは、僕がダメな人間で、生きてる意味がないから……いらない人だから……」

「生きることに意味がいるの?」

「え?」


 問いの意味がわからなくて、僕は聞き返す。だけど、女の子は次の質問をする。


「誰がいらないって言ったの?」

「誰って……」


 誰も言ってない。

 僕がそう思っているだけ。

 でも、みんなきっとそう思ってる。


「あなたが何も言わないから、気づけないの。差し伸べられた手を無視して、閉じこもって――」

「あんたに何がわかる!? ついさっき会ったばかりのあんたに! 僕の何が!」


 声を荒げた。

 初めてあった人にあれこれ言われて、怒らないわけないだろう。


「わかるわ。だって、私はあなたをずっと見てきた。あなたの傍でずっと」


 女の子がそう言った途端、体が落ちるような感覚に見舞われた。

 いや、感覚じゃない。僕が、落ちている。

 今まで立っていた場所から落ちているのに、女の子は落ちない。

 僕を上から見下ろしている。


「なんなんだよっ! おいっ、あんたは誰なんだよっ!」


 僕の声があたりに響いた。

 この後のことは覚えていない。



 次に目が覚めたとき、僕はベッドの上にいた。

 見知らぬ天井だったけど、独特の匂いと、僕の腕につながる点滴がここが病院であると教えてくれた。


「ああっ! よかった……よかったっ……道で倒れてたって聞いて母さんはもう……生きてて、よかった」


 横に顔を向けたら、涙を流す母さんがいた。

 僕の手を強く握っている。


「ごめんね。母さん、あなたのこと全然わかっていなかった! あなたが残した手紙を見て、やっとわかったの……辛かったよね、苦しかったよね」


 そうだ、僕は置き手紙を書いていたんだ。

 それを読んだのだろう。あの手紙には、僕の気持ちが書いてある。


「これ、あなたの隣にあったの。昔、買ってあげた人形」


 枕元にあったのは、白い犬のぬいぐるみ。

 小さい頃に買ってもらったものだ。

 そういえば、不思議なところで会った女の子はもしかしてこの……。


「学校に行きたくないなら、行かなくていい。母さんのことを嫌いになってもいい。でもお願いだから、生きて」


 目を真っ赤にして、母さんは言う。

 僕に足らなかったのは、会話だったのかもしれない。

 僕は、この日、僕が在り続ける場所を見つけた。

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