第3話 翻訳家になる前のナツメの決意
追手から逃げている時は必死だったからろくに目を向けてもいなかったが、改めて周囲の景色を観察してみると、此処は本当に異世界なんだなと実感させられるものが山のようにある。
例えば、道端のあちこちに生えている植物。
異世界の植物だしどういうものなのかを知らなくて当然なのだが、此処に自生している草木の大半は植物らしい色をしていない。
半透明の青と白が混ざり合った不思議な色合い……まるで鉱物のような色をしているのだ。
宝石で例えるなら、アクアオーラが最も近いだろうか。
アクアオーラは、水晶に特別な金属が付着することによって誕生する石だ。これを植物の形に研磨すると丁度こんな具合になるのではないか、そんな見た目の植物なのである。
もしもこれが植物ではなくて希少価値の高い宝石の一種なのだとしたら、少し失敬して町とかに持ち込めば金になるかも……と考えはしたものの、素手ではどうにもならないくらいに硬かったので、諦めた。
どう見ても厚さ数ミリもない葉っぱの部分ですら、俺が渾身の力を込めてもびくともしないんだもんな。多分これは何かしらの道具を使わないと傷も付けられないんだと思う。
それ以外に興味を引くものといえば、俺が追手から身を隠す際にも利用した残骸の数々だ。
日頃から機械類に触れていた地球人の俺にしてみれば、歯車だの鉄板だのは別段珍しいものでもない。だが、明らかにファンタジー色の強い格好をしていて剣やら斧やらを振り回す連中が普通にいるこの世界において、こうも機械そのものといった物体が存在している事実が、興味深いのだ。
もちろん、今までに読んできたライトノベルやプレイしてきたゲームには、そういう『装置』とか『乗り物』が普通に登場する作品も数多くあった。だから飛行機なんかが普通に空を飛んでいる剣と魔法の世界が存在していたって、不思議じゃないと思う。
この世界において、これらの『機械』という存在がどの程度浸透しているのかは分からないが、もしも庶民の間でも日常レベルで当たり前のようにそれらが使われている──例えば電子レンジとかが普通に存在しているのなら、此処は俺が想像している以上に馴染みやすい世界なのかもしれない。そうだとしたら、今後生活していく上では精神的にも楽になる。それを期待したい。
そりゃ、魔法とか地球には存在しなかったものに触れられるのは、わくわくするよ。こちとら幼稚園に通う前から普通にライトノベルとかゲームとか漫画に囲まれて触れて育ってきた身だ、勇者とか魔道士とかエルフの存在は今でもロマンだからな。
でも、実際に自分がその世界の中で生きていくことを考えると……やはり、使い慣れた道具や理解できるものが日常に浸透している方が有難いのだ。
今此処で「ステータスオープン」とか唱えたところでコマンドウィンドウなんて都合の良いものは出てきやしないのは分かっている。だって此処は『異世界』ではあるけど『ゲームの世界』ではないのだから。
何でもかんでも数値化されて一目で自分のことが理解できる御都合主義上等の世界は空想の世界だけでいい。此処は『現実』なんだ。例え理想のファンタジー世界とはかけ離れた成り立ちの世界であったとしても、現実を生きる上では多少興醒めでも自分にとって生きやすい方が絶対に良いに決まっている。
現実と向き合うことは大事だ。うん。
まずは、何処でもいいから人が住んでいる村とか町に行かないと。その上で俺みたいな人間でもありつける仕事を探さないと。
さっき俺のことを散々追い回してきた連中、奴らは武器に鎧で武装していてそれなりに旅慣れしているような雰囲気だった。全員が筋骨隆々、というわけではなかったし、明らかに魔法主体の戦い方をしそうな魔道士……いや、魔術師か? まぁ呼び方なんてどっちでもいいけど、そういう服装をした奴もいたから、きっとそういう物理的な面で非力な人間でも金銭を稼げる仕事はあるはずだ。
昨今のライトノベルなんかでよく見かけるのが、冒険者ギルドで受けられる
最初は日雇いの接客業みたいな仕事だって構わない。バイトの経験くらいなら俺にだってあるし、人と話すのは特に苦手というわけでもないから、何とでもなるだろう。
とにかく、なるべく早く人の集落を見つけないとな。
俺は、傍らについと視線を向けた。
俺のすぐ隣を、相変わらずの無表情でまっすぐ前を見据えたままアメリが歩いている。
ようやく幼児と呼べるようになった、その程度の小さな体だというのに、足が痛いと文句ひとつ言うことなくちょこちょこと俺の歩行スピードに合わせている。
こいつ、裸足だから小石とか踏んで痛がるんじゃないかなと思ってたのに……色々な意味で奇妙な子だ。
まあ、子供らしくぎゃーぎゃー我儘言われてもそれはそれで困るから、有難いと言えば有難いことなんだけど。
……こいつのためにも、早いところ飯の種だけでも手に入れないと。
それが、一時的にとはいえこいつの面倒を見ると決めた俺の責任なんだから。
緩やかな斜面を登っていくと、道幅が広い場所に出た。
広場……と呼べるほどではないが、それなりに広いところだ。大型トラックが三台くらい並んで通れそうな、そのくらいの面積がある。
鉱石みたいな植物もちらほら生えており、大小様々な岩がごろごろしていて、その岩の隙間に挟まるようにして例の機械の残骸らしき物体も転がっていた。
本当に、この辺は機械の残骸が多いな。今となっちゃ何にも使えそうにはないけど、昔はこの辺りに何かあったのかな? 例えば工場とか、そういう施設みたいなものが。
何の気なしに残骸に目を向けつつ、その前を通り過ぎようとして──
ふと。
残骸の傍で、何かがきらりと光ったのを見た。
「……ん?」
その輝きが妙に目についた俺は、惹かれるようにして残骸の傍へと近付いていく。
残骸は、これまでに見てきたものと同じように、元は何らかの乗り物だったと思わしきパーツ類で構成されている鉄屑だ。歯車があり、シリンダーがあり、複雑にパイプが張り巡らされていて、それらが鋼鉄製の装甲で覆われていたのであろう構造もほぼ同じ。
その装甲部分の一部に、何かが貼り付けられているのを見つけた。
直径二十センチほどの、丸い板だった。色は黒だが、見る角度によっては微妙に虹色の光を反射しているようにも見える、不思議な色合い。材質は……よく分からない。金属っぽいけど、石のようにも見える。少なくとも地球にはなさそうな物質のものだ。
板は表面が傷だらけだが、明らかに傷ではないと分かるものが中央に刻まれている。
それは、文字だった。俺がこの世界に迷い込んだ時に発見したミラーボールと一緒にあった石碑、そこに刻まれていたものと同じ文字だ。
『ヴァイアス帝国空軍第三部隊 六〇五番機』
空軍……部隊?
ひょっとして、戦闘機か何かだったのか? この残骸。
今でも日本じゃ戦争の置き土産と称して不発弾とか色々地面に埋まって残ってたりするし。
その戦う相手が人間じゃなくて人間を襲う何かだったとしても、武力として空を飛ぶ乗り物があるってことは、此処はそれなりに科学が発達している世界なのかもしれないな。ファンタジーと言うよりかは、SFに近い世界なのかも。地球の科学とは違っても、スチームパンクとか、そっち系の文明な。
色々な世界があるもんだ。
感心しながら、俺は残骸から離れようとした。
「……見ない顔ですね。貴方も新しく雇われた同業者の方でしょうか?」
その時だった。
横手から、誰かが控え目な声で俺に話しかけてきたのは。
全知無能の翻訳家ナツメの憂鬱 高柳神羅 @blood5
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