第2話

「私が君くらいの年だったかな……。ちょうど二月にこうやって見知らぬ年寄りに話しかけられて酒をおごられ、話を聞かされたのだ」

 私は彼が勧めてくれた酒を飲みながら彼の話に相槌をうった。彼は誰もが語りそうな人生論や恋愛論をひとくさり私に話し、楽しそうにしていた。

 そんな色々な話の中、唯一はっきりと覚えている話がある。年中雪が降っている街、キサラギ町の話だ。


 キサラギ町は、山の奥深く、北の大地に位置する。恐ろしいことに、年に1度、或る月の3日には、オニと呼ばれる魔物が民家を訪れるそうだ。町の人々は、マメという薬玉をなげつけて鬼を退治するらしい。毎月3日には、マキモノと呼ばれる伝統料理を食し、また或月の14日には、女性が好意のある男性に菓子折を送る行事が行われる。

 なによりも特徴的なのは、年中雪が降り続いてることだ。シンシンと降り続ける雪を、橙の街灯が照らし、毎晩神秘的な夜が描かれている。プロポーズの名所でもあるみたいだ。

 キサラギという名前はある国の古語だと彼はいった。その国は暦の名前にこの言葉を使っていたみたいだ。


「いやいや、長い間つまらん親父の長話に付き合わせちゃったな。今日は俺が奢るぞ!」

 彼に話しかけられてから、数時間は経っただろうか。私の体は熱を帯びはじめ、頭は回らなくなっていた。

「ありがとうございます〜。たのしかったですよ〜」

 みたいなことを返した気がする。

「そりゃよかった!」

 彼はそう言った後、なにかを言ってたが……何を言ったか覚えてなかった。


 "俺は旅に出て、もうしばらく家に帰ってねぇんだ。奥さんと息子を置いてな……。若いもん、お前は家族に寂しい思いさせるなよ。"



 ‪翌朝‬、気づくと私は宿泊先のベッドで寝ていた。いつ帰ってきたのか、どうやって帰ってきたのか全く思い出せない頭を持ち上げ、洗面所にむかう。洗面所のカーテンを雑に開けるとまばゆい光がさしこんできて、私はそこでやっと、はっきり目を開けた。

 冷たい水で顔を洗った。タオルで水滴を拭っている際に、鏡の中のカンラン石の目が私を捉えた。


そうだ。あの人は。


次の旅先はキサラギ町にしよう。

今は亡き父が教えてくれたあの町に。


end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

February 搗鯨 或 @waku_toge

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ