夏の日、Y公園にて
好村八也(よしむらはちや)
第1話
夏の日、Y公園にて
統計的にいうと、猛暑には犯罪件数が飛躍的に増えるらしい。
暑さが神経をいらつかせるからなのか、行き交う女性の露出が多くなってリビドーが高まるからなのか、理由ははっきりしていないらしい。しかし、私は体感的にこの統計的事実がしっくりくる。
私が罪を犯したのも、焼けるような猛暑の日だったからである。
焼けるような、というのは誇張でも何でも無く、路上で生活している人間にとっては、夏場のコンクリートの地面はまさに我が身の肉を焼く鉄板である。
それがたとえ本の一秒でも地面に皮膚を触れていることさえできない。多くの人は、コンクリートの地面を歩行したことしかないから知らないだろうが、一度ためしに、真夏日の正午過ぎに黒々とした車道に這いつくばってみるといい。私の言っていることが大げさでないことがわかるだろう。
私は幼いころから誇り高い人間だったし、嫌みに聞こえたら申し訳ないが、たいていのことは人並み以上にできた。小中学校では学級委員を任されるようなタイプで、掃除当番をサボったこともない。男女問わず尊敬を集め、下駄箱には大量のラブレターが集まった。両親ともに長身のバレーボール選手だったからか、体躯と身体能力に恵まれ、高校時代にはバドミントンの大会で全国のベスト16まで上り詰めたこともある。
大学卒業後に都市銀行の投資部門に配属されてから昼も夜もなく働きづめになり、理不尽な上司によるイジメに遭って神経をおかしくするまでは、私は誇り高く、有り体な言い方をすれば、順風満帆な人生を送ってきた。
路上生活に落ちてからというものも、人様の迷惑にはならないように生きてきた。
人通りが多い昼間は駅を離れて、公園にてひっそりと時を過ごし、夜中だけ雨露をしのげる駅のガード下を拝借して眠る。
つまり、ここで分かっていただきたいのは、私は元来、突発的に人をぶん殴るような人間では決してない、ということだ。残念ながら私は見ていないが、私の罪が報道にのって全国に流れた時にも、学生時代の級友たちはこぞって「信じられない」と口にし、学生時代の私の明朗快活ぶりを証言してくれたに違いない。
では、そんな私が、いかにして凶悪犯となりしか。
○
その日も、付近の街路樹に住み着いたクマゼミの鳴き声で目を覚ました。
路上で暮らすまでは気にも留めたことがなかったが、蝉は時間帯によって鳴いている種が違う。明け方にじーーーー――しゃわしゃわしゃわしゃわ――と鳴くのはクマゼミである。午前の遅い時間単位からは、クマゼミがアブラゼミにバトンタッチして、鳴き声が変わる。
前の晩は寝苦しい熱帯夜で、明け方からガード下はいつも以上に蒸していた。地面に敷いた段ボールも汗でぐっしょり濡れている。コンクリートの上に段ボールを二枚挟んだだけで一晩眠ると、身体のあちこちの筋肉が痛む。路上生活も四年目に入って、私が存在しないように振る舞う人々の態度や、自分の身体から放たれるイヤな臭いや、頭の痒みなど、たいがいのことには慣れたが、身体の痛みにだけはまだ慣れない。それどころか、これだけは、私が年齢を重ねてきたからなのか、年を追うごとにひどくなってきているように思われる。
痛む身体を引きずって、就寝用の段ボールを、ガード下の出口の喫煙所の脇に立てかけて、Y公園の方へと歩いて行った。公園の広場で行われる午前の炊き出しにはまだずいぶん時間があるが、早めに公園に向かうのは、日課としている早朝の水浴びと、ナワバリの確保のためである。
公園の水道で水浴びをするのは、苦しい夏の路上生活における唯一の楽しみと言ってもよかった。
N駅からY公園まで、国道を道なりに歩いておよそ三十分。まだ人気の無い公園にたどり着くころには、大粒の滴となって汗がしたたっていて、そこに一気に、冷えた水道水を頭からかぶる。それから顔を天に向けて、口を大きく開けて勢いよくがぶがぶ飲む。この瞬間がたまらない。眠気と倦怠感が一気に吹き飛ぶ。
冷たい水をしばらく全身で味わったら、すっかり変色しているTシャツを脱いで、丹念にこすって洗い、その後、力を入れすぎずにやさしく絞る。強く絞りすぎると、Tシャツはすぐに破れてだめになってしまうので、力加減に気をつける。
そして、唯一の所帯道具であるビニール袋から破れてしまった先代のTシャツを取り出し、タオル代わりにして、全身をこすって垢を落とす。
元々、マンション暮らしの頃には、私はたいへんきれい好きで、朝晩二度は必ずシャワーを浴びないと気が済まず、休みの日など三、四度風呂に入って妻からあきれられたものであった。今では人に迷惑のかからない早朝に公園で一度水浴びをするきりだが、それでもやはり身体にこびりついたイヤな臭いが多少なりともマシになった気がするし、水浴びすらおこたる他の路上生活者たちに比べて、自分はまだ人間的にましだとも思うことが出来た。さすがの私も冬になると水浴びを諦めるが、秋がかなり深くなる頃までは、寒さを我慢して水浴びを続ける。
水浴びを終えると、次は、ナワバリの確保へ向かわなければならない。
日中のY公園には、普通の人には想像できないくらい多くの路上生活者がいて、それぞれいつも陣取る場所が決まっているのだが、稀に自分の定位置が他の者に占有されてしまっていることもある。それは、他所の公園から移ってきた路上生活者だったり、気まぐれに日光浴やピクニックに来た一般人だったりするのだが、いずれにせよ公園の場所取りは早い者勝ちがルールなので、自分の場所を確保したければ、早めにそこに座っておくしかない。
ナワバリに向かう途中、顔見知りの路上生活者の元に立ち寄った。
「やあ、クマさんおはよう、昨日のを一部頼むよ」
「あいよ、三十円な」
クマさんは、夜のうちに、路上や駅のゴミ箱に捨てられた前日の夕刊を拾い集め、公園で路上生活者に売るという商売をしている。聞けば、一日の売り上げは最大で千円に上ることもあるらしい。稼ぎのいい日のクマさんはコンビニ弁当を食べていることすらある。この界隈の路上生活者の中ではまれに見る贅沢である。
「しかし、さいきんどうしたんだい。シンさんが新聞読むなんて。このところ毎日じゃないか」
「へへ、実は、昔の知り合いが記事になってるんだ」
「へえ、だれだれ。有名人の友達でもいるのかい」
クマさんはそう言いながらも、大して興味はなさそうで、夕刊の陳列作業に戻った。
さもありなん、と私は思う。
路上生活者の中には、自分の過去の経歴や功績を、誇張したり、あること無いこと吹聴する者たちがたくさんいる。こちらに彼らの素性を調べる術もなければ、そんな気力も無いのをいいことに、路上生活者の中には元プロ野球選手や、大企業の社長なんかがごろごろしている。一年ほど前、自分は江口洋介だと言い張る路上生活者に出会ったこともある。確かに、長髪ではあった。彼が手に丸めて握りしめている女性向け週刊誌の表紙には、タキシードを着た江口洋介が載っていた。
クマさんは、私もそういった一人だと思ったのだろう。
まあ、人が自分を思うかなど、今更気にはしないのだが。
新聞の記事はその場で確かめず、おもちゃ屋で買ったおもちゃを開封せずに家に返る少年のような気持ちでナワバリへと向かった。
○
私のナワバリは、炊き出しが行われる広場から放射状に伸びる三つの道の一つを七、八十メートルほと南下したところにあるベンチの裏手の茂みにある。ベンチから植木を乗り越えて、二〇歩ほどの大きなケヤキの木の麓である。この高さ二十数メートルあるケヤキの木の下は、もはや私の家といってもいい。新緑の季節には害虫が大量に発生してうねうねしているので不快なところもあるが、毛虫はうねうねしているだけで実害はないので、慣れれば概ね快適である。人間、だいたいの不快は慣れて平気になると、路上生活で学んだ。
ケヤキの下にいれば、天に突き出した手のひらのように広がった葉が、焼け付くような日差しを遮断してくれる。また、地面の上に表出したケヤキの根っこに、ちょうど私が腰を下ろしたときに身体にフィットする箇所があり、たいへん座り心地がよい。そして、これが最も重要なことなのだが、少し離れたベンチには、時折誰かが座る。
私は、そのベンチに座る人々を「客人」と呼ぶ。
ある程度声量が大きい場合にはその会話がケヤキの下まで届いてくる。
これが私にとっては大事なことであった。
路上暮らしを始めて、初めてわかったことの一つが、人間の会話に対する根源的な欲求である。
社会にいる間は、一日中会話をしない日などほとんどなかったため思いもしなかったが、社会的生活を捨て、誰とも会話をしない日が何日も続くと、宇宙空間を行く当てもなく一人で漂っているような、言い表しようもないほど不安な気持ちになり、仕舞いには気が狂いそうになるのだ。
正気を保つために、私はここでベンチに立ち寄る人たちの話を盗み聞きして、会話を「補給」している。仕事だの、恋愛だの、そういう他愛もない、人間が平々凡々に営むべき行為の話を耳に入れることで、何とか自分が人間の世界につなぎ止められている気がしていた。
○
その日、ベンチを訪れた客人は二組であった。
一組目の客人は、午前の早い時間帯にやってきた初老の夫婦である。この夫婦は三組いるこのベンチの常連の一組であり、その中でも私が最も気に入っている二人であった。
彼らは何よりもまずたいへん仲が良い。
年の割には落ち着きがなく、いつも冗談を言い合ったり、小突きあったり、いまひとつルールが判然としない謎のゲームに興じたりしている。
自分が学校や銀行にいた頃には、他人の幸せなど自分の幸せを相対的に測るための物差しでしかなく、自分より幸福そうに見える人の自慢話など、忌むべき対象でしかなかったのに、自分が底辺に落ちてから、他人の幸福にやたら触れたくなるのはなぜだろうか。私は、彼らのやさしい会話に耳を澄まして、あたかも自分が幸せな夫婦生活を送って、幸せな老後を過ごしているような幻想に身を投げた。
○
私は結婚生活に失敗した人間である。妻との生活は、私の病気が発症するのを待つまでもなく破綻していた。結婚後、一年足らずで、我々は同じマンションに住んでいながら、各自がおのれの生活を営むために必要な事務的な連絡を除いて、全く言葉を交わすことをしなくなった。病気は、離婚のいいきっかけになったに過ぎない。
何が問題でそうなったのか、今振り返ってみてもよくわからない。
妙な話かもしれないが、私の目には恋人時代の妻や、結婚した直後の、まだ私に対してかすかにはにかむ様子を見せていた妻よりも、私との会話がなくなり、家では感情のない顔をして、自分のやるべき事にもくもくと打ち込む妻の方が好ましく映った。私の目に好ましく映ろうとする努力を放棄した妻の横顔は、女性の根源的な美しさと冷酷さと強さを湛えていた。
ただ、それと、生活を共にすることはまた別の話だ。
私の方は、殺人的に忙しい投資銀行の仕事を乗り切っていく上で、深夜に帰宅して妻との調整までこなさなければならないのは到底無理だと判断し、コミニュケーションを早々に放棄してしまった。同じ人間が毎日同じ居住空間にいることによって発生する調整コストは、婚前の私が想定していたより遙かに煩わしいものであった。そもそも、私は家庭を持つのに不向きな人間だったのかもしれない。
マンションは私の名義だったので、妻が地元に帰るというかたちで、我々は袂を分かつことになった。妻がマンションを引き払う前の晩、荷物をまとめる彼女を観察して、そこの悲しみの色があるかと探した。
ロボットのようにてきぱきと荷物の山を分類していく彼女は、二人の恋人時代の思い出の品を、次々にゴミ袋へと投じていった。
○
その日は、彼らはしりとりをしていた。
「原田マハ」
「ハヤシライス」
「――数学」
「クリント・イーストウッド」
「なつかしい!――ど、どはむずかしいね――ど、ドリフ」
「ふぐの唐揚げ」
「月光――ベートーヴェンの」
「よく知ってるわね、クラシックに興味ないくせに―うずらの卵」
「――何か、おれの方、食べ物ばかりじゃないか?・・・ご、うーん、ご――ゴッホ?」
「それは違うかなあ」
「えー、そうかい―五味太郎は?」
「それはセーフ」
私は彼らのやり取りからこのしりとりのルールを探ってみたが、最後まで判然としなかった。彼らはいつものように、一五分ほどベンチに滞在すると、広場の方へと歩き去った。
○
午前中の炊き出しが終わると、満を持して、私はケヤキの根っこに座ってクマさんから買った昨日の夕刊を開いた。
スポーツ欄開いた途端、探していた名前がでかでかと目に飛び込んできた。
そして、私は深く失望した。
「岸谷清四朗まさか!4回戦で若手に惨敗」
バドミントンプレイヤーの岸谷清四朗は、今回のオリンピックで、金メダルを期待されていた選手だった。前回のオリンピックでもベスト8に入っていた岸谷は、ここ一、二年で急激に調子を上げて、世界ランキング一位に君臨し、地元開催のオリンピックともあって、かなり高い確率で金メダルを獲るだろうと予想されていた。
その岸谷が、名前を聞いたこともない二十歳の若手を相手に敗退してしまった。
年齢的には、おそらく最後のオリンピックだろう。
私にバドミントンを諦めさせた男は、オリンピックのメダルに手をかけることなく、コートを去るこ とになる。
この岸谷は、私が高校の時にインターハイで戦った相手だ。
その試合のことは今でも、ほとんど全てのポイントの細部に至るまで鮮明に思い出すことができる。
高校生の中では才能がずば抜けていて、高2にして絶対王者だった岸谷をネットの向こうに回し、私は最後に敗れはしたが、1ゲームをもぎ取った。あの怪物から1ゲームを取った。
それは今でも私の誇りである。
しかし、ファイナルゲームで、明らかにギアを入れ替えてきた彼を前に、私は才能というものの残酷さをさんざん思い知らされた。
ものが違う、住む世界が違う、とはこういうことか、と一人納得した。
私が青春時代の全てを投げ打って、血のにじむようなトレーニングを積み重ねてようやく到達した高さを、彼は軽々と、何でも無いように、ひょいと超えていた。
自分が選ばれた人間ではないと言うことを思い知った。
あの岸谷が、オリンピックでメダルを獲ることもなく、現役を終えるのか。
なんで、世界ランク1位までいっといて、名前も知らない若手に負けるのか。
ちゃんと相手のこと研究したのか。
なめてたんじゃないのか。
なんでアイツはこんなに大舞台に弱いんだ。
プレッシャーに負けやがって。
ちくしょう。
なんで、おれがこんなに悔しいんだ。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう――
なんで、こんなにもうまくいかないんだ。
なんで、何もかもうまくいかないんだ。
なんで。なんで。なんで――。
○
その日、二組目の「客人」は、昼下がりの時間帯にやってきた。
白いワイシャツ姿で不機嫌な様子の男と、見ているだけでも暑苦しい、喪服のような黒い背広姿の男。
歩いてくる様子から、ワイシャツが背広の上司であろうことが推測できた。背広はワイシャツに対してなにやらペコペコしていた。
ベンチに座った後、背広は付近の自動販売機まで走り、缶コーヒーを二本買って戻ってきた。ベンチに座ってからも、ワイシャツの一方的な説教が続いていた。背広の声は小さすぎるのか、そもそもしゃべっていないのか、ケヤキの下までは聞こえてこなかった。
この暑さからか、周囲に人気が無いから気が大きくなっているのか、ワイシャツの怒りのボルテージは加速度的に上がっていって、殆ど怒声に近くなっていった。
お前さ、そうやって小さくなって、不幸づらして、自分が被害者だと思ってない?お前みたいな無能と組まされるおれの方が被害者なんだよ?そこんとこわかってる?おれがお前を捨てたら、誰かがお前みたいなクズを拾わなきゃなんないから、会社のためを思って、おれがお荷物抱えて頑張ってるの。これで、なんで、おれとお前の給料が数万しか違わねえんだよ。お前が会社になんの利益をもたらしてんだよ。言ってみろよ。さっきの商談だって、お前なんのつもりだよ。おれが困ってるとでも思ったのか?勝手に話に入って来やがって。困ってねえし、万が一、おれが困っているとしても、おれが困るレベルの問題にお前が首突っ込んで手助けできるとでも思ってんのか。うぬぼれんなタコ。頼むから黙っててくれよ。おれのためにも、会社のためにも、お前はとにかく黙って、存在を消してろ。なんなら本当に存在を消せ。ああ、腹立つ――。
ワイシャツは煙草に火をつけた。
背広はただ小さくなっている。
その肩が小刻みに震えているようにも見えた。
その後の二人の会話は、ワイシャツがトーンダウンしたのと、強くなってきた生暖かい風がケヤキの葉を揺らし、しゃらしゃらと音を立て始めたため、途切れ途切れにしか聞こえなくなった。
傾きかけた日が濃い緑の芝を照らしている。
遠くに、はるか遠くに、犬を散歩している人影が見える他には、この開けた視界に見えるのは、ワイシャツと背広の背中二つだけである。
ふと、風がやみ、一時の静寂の中に、ワイシャツの声がそこだけ妙にはっきりと耳に飛び込んできた。
「・・・・・・そう、あいつ、なんだっけ、岸谷か。バドミントンの。ああいうのが、マケイヌになるヤツの典型パターンな。勝負どころで力が出せないタイプ。しょうもない。勝負どころに出ない力なんて、つけても意味ねえんだよ。勝負も商談も勝たなきゃ意味ねえんだから。お前らみたいなマケイヌメンタルのやつはずっとそうやって負け続けてりゃいいんだ――」
ああ。
これは天啓だ、と私は思った。
数十秒後、私は二人の背後に立っていた。
ケヤキの木の近くに落ちていたこぶし大よりやや大きい石を右手に持って。
私の気配に気づいた背広が、後ろを降り返ってぎょっとした表情を見せた。
青白いその顔は、まだ二十歳そこそこの青年だった。
背広の様子から、背後に何かがあると察したワイシャツが後ろをを振り向こうとしたとき、私は持っていた石を後頭部めがけて思い切り振り下ろした。
ゴッ、と鈍い音がして、ワイシャツはうめき声とともにベンチの下に倒れた。
人間の頭蓋骨は想像していたより柔らかい感触だった。
骨を殴ったというよりは、ぐしゃっと卵を潰したようだった。
ワイシャツの頭がそうだっただけかもしれない。
ワイシャツはベンチの下でうめき声をあげ、飛散した血を浴びた背広が、一拍遅れて、ひぃ、と後ろにのけぞった。
私はベンチの下で丸くなったワイシャツを仰向けにして、馬乗りになった。
こちらは、私より一回りほど年上だろうか。浅黒い顔に鮮血がながれていた。
痛みと恐怖にゆがむ顔をめがけて、私は二撃目を振り下ろした。今度はまともに返り血が顔に飛んできて、顔に温かい感触が広がった。
それから、立て続けに、何度か石を打ち付けると、次第にワイシャツはうめき声さえ漏らさなくなった。
風の音と、石と骨とがぶつかる低い衝突音だけが響いていた。
私は、もはや顔のかたちをしていない赤黒いものに向かって、石を振り下ろし続けた。
彼は何のために生まれたのだろうか、
私は何のために生まれたのだろうか、と考えながら。
―了
夏の日、Y公園にて 好村八也(よしむらはちや) @hiraishin1129
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