第41話 『騎士と少女』

 あれほど激しかった雨は、朝になると嘘のように止んだ。そして村にも朝日が差し込む。

 だが昨日まで見ることができた当たり前の光景……朝飯を準備する家から出る煙突の煙も、畑に行く村人達の姿も……どこにも存在しない。


 レナの提案で、村人達の遺体と……なぜか帝国兵達の遺体をも西の丘に運んで墓を作る。

 黙々と、言葉を交わすこなく、ただただ作業に没頭して……日が暮れる頃には、やっとそれらしいものが出来上がる。


「……ティアン……村長……皆……ッ」


 収拾できる遺体を一堂に埋めて、その上に大きめの石を墓石代わりに置いただけの粗末な墓。

 その前で、レナは両膝をついて野山で摘んできた花を添える。

 ラルフは少し後ろの方でそれを見ていた。


「…………おじさん」


 しばらくの間、置かれた石を何も言わず見つめていたレナがラルフを呼ぶ。

 だがそれは返事を期待しての言葉ではなく、ほとんど独り語に近い類のものだった。


「私は……これから、どうすれば……」


 墓石代わりの石を手で撫でながら、レナは涙を流す。

 その頬を伝って流れた涙が、地面に半分埋めたその石の上に落ちる。


「どうすれば、いいのかな……わからないよ……ッ」


 まるで死んだ村の人達に語りかけているようなレナの言葉を聞き、ラルフの手が徐々に腰に差した剣に伸びていく。


 ……村の人達は全員死んだ。今ではあの場所で生きていくことはできない。

 ……他の町や都市では? 長く戦禍で苦しみ滅んだ国で、生きる術を持たぬ一人の少女が辿る末路は想像に難しくない。

 ……ならば自分が預かる? 帝国に狙われている滅びた国の騎士と一緒に行動すれば、一体どんな目に遭うか。

 ……ならばいっそ、今ここで全て終わらせてやる。それが彼女にとって、せめての救いになるんじゃないだろうか。

 そして、自分には出来る。何の苦しみもなく終わらせてやることが。 


「…………」


 ラルフの手が剣の柄に触れる、その時……一つの言葉がラルフの脳裏を過る。


 ――――生きろ。


 ラルフにとって、それはもはや呪いの言葉だった。そして唯一ラルフが守って貫くべき呪詛……それがラルフの心を揺らぐ。

 あの少女の生を、自分の勝手なエゴで裁断して良いのか? 

 どんなに苦しみもがこうとも、その生死を決めるのは本人の意思によって行われるべきではないのか?


「…………ッ」


 ラルフの手が剣の柄から離れていく。そして歩を進ませ、レナの隣に立った。


「おじさん……?」


 オレンジ色に染まった夕暮れの世界で、風にその髪をなびかせながら自分を見上げてくる少女に、ラルフはゆっくりと手を伸ばした。


「俺と一緒に来い」

「え……」


 戸惑いの表情で、差し出された手とラルフの顔を交互に見ていたレナは、やがて遠慮がちにその手を握ってきた。

 そして一人の騎士と一人の少女は、誰もいなくなった村を背にして旅立つ。

 その先に何が待っているのか、何一つ知らないまま…………。

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亡国の騎士とユリカゴの少女 冬野未明 @Hmimei

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