幸せになりましょう

兎舞

夕布子と武志

 レース、シルク、ジョーゼット。

 真っ白なものも、オフホワイトも。

 ふんわり広がったシルエットもあれば、大人っぽくスリムなマーメイドタイプまで。

 カタログを見てる時も目移りしたけど、実物はもっとだ。

 次々とプランナーが引っ張り出してくるドレスをかたっぱしから自分にあててみて、夕布子は悲鳴を上げる。


「どうしよう~!決められない~!」

 そんな花嫁(予定)の悩む姿はおなじみなのか、プランナーはにっこり笑って

「皆さんそうですよ。一生に一度のことですもの。たっぷり悩んで決めてください。」

 少し騒ぎすぎたかと思っていた夕布子は、プランナーの笑顔に安堵する。

 そして他人のように素知らぬ顔を決め込む武志を睨みつける。


「ちょっと、少しはなんか感想とかないの?」

 急に自分に話が振られて、武志は驚いたようにスマホ画面から顔を上げる。

「え?いや、だってお前が自分で決めるんだろ?」

「そうだけど!少しは似合ってるとか、あっちのほうがいいとか、なんかないの?」

 語気を荒げる夕布子に、武志は戸惑ったように苦笑いした。


『彼氏と一緒にドレス見に行かないほうがいいよー。何の役にも立たないから。』


 武志とドレスの下見に行くと話した先輩から言われたアドバイスを思い出した。

 夕布子も、本当は母と来る予定だったのだが、急な予定が入って来れなくなったのだ。

 まさか父や兄と来るのも変だし、そもそもこのことの一番の関係者は武志だ。

 だから渋る武志を土曜の昼に引っ張り出したのだ。


 しかし。

 やはり先輩の言う通りだ。本当についてきただけで何もしてくれない。

(こいつ~~~)

 ドレス決めなんてまだまだ序の口だ。

 式場の選定、招待状や飾りつけ、料理のメニュー、新婚旅行先、引き出物。

 決めることは山ほどあるのに、このままではすべて夕布子ひとりで決めなくてはいけなくなる。


 事なかれ主義の武志のことだ。夕布子が決めたことに異を唱えることはないのだろう。

 でも、それはやはり淋しい。

 さっきのプランナーの言葉ではないが、「一生に一度」のことだし、後から一緒に思い出して、ああだったこうだった、と話す相手は、やはり武志だけなのだ。

 少しは「自分のこと」として受け止めて欲しい。

 男性に、というより武志にそれを求めるのは酷なことだろうか。


 むー、と考え込む夕布子に、プランナーがそっと手招きした。

「旦那様を、ちょっとびっくりさせてみませんか?」

 優し気な微笑みに、ほんの少し黒い影が見えた。


◇◆◇


 白と金とピンクの洪水。

 夕布子に頼まれて一緒にウェディングドレスの下見に来たが、武志は来てみて改めて後悔した。

 自分の、なんとこの場にそぐわないことか。

 下見だといわれたから普段通りのシャツとジーンズで来たら、店内で浮くことこの上なし。

 それに、夕布子が。

 見たことないほど幸せそうな顔で、次々とドレスをとっかえひっかえしている。

 着る度にウェディングプランナーがカメラで写真を撮る。後で見比べるためらしい。

 純白の、裾の長いドレスに身を包んだ夕布子を見たとき、武志は驚きのあまり言葉を失った。

 この世で一番身近だと思っていた女性が、実は天使だったと知らされた気分だ。

 ドレスを身に着けただけで、髪形もメイクもいつも通りなのに、まるで別人に見える。

 何より夕布子の輝くような笑顔が眩しかった。


 しかし、夕布子が要求するような、ドレスの良し悪しなんて武志にはわからない。

 正直、(どれも一緒だろ)と言ってしまいそうだが、そんなことを言えば女性陣全てを敵に回してしまいそうだ。

 だからプランナーに任せて自分はスマホをいじっていたのだが、どうやらそれが夕布子の逆鱗に触れたらしい。

 駄々をこねることはあっても本気で怒ることはめったにない夕布子の言葉尻が、彼女のイラつきを如実に表していた。

 まずい。なんとかしないと。

 しかし普段から饒舌とは言い難い武志に、臨機応変にうまい言葉が出てくるはずもない。

 申し訳なさと打つ手のなさに情けない笑顔を返すと、さらに眉間の皺を増やした夕布子は、プランナーと一緒に試着室へ消えていった。


 それ以上詰め寄られなかったことにほっとして、武志はソファへ座りなおした。


◇◆◇


 数分後。

「武志ー、これに決めた!」

 嬉しそうな夕布子の声が聞こえたので顔を上げたら…。


 脚の付け根まで入った深いスリット。

 その隙間から除くガーターベルトとレースのストッキング。

 胸の谷間もあらわなビスチェ。

 色白な夕布子が真っ黒なドレスを着ると、こんなに悪魔的になるのかと愕然とする。


 武志は思わず手に持ったスマホをぼとっと落としてしまった。

「え、え?え?お前、それ…」

 言葉が出てこない武志に夕布子はにっこり微笑んで、

「似合う?」

 満足げに感想を求めてきた。


 に、似合う。似合うけど…。

「で、でも、あれ?ウェディングドレスだよね?」

「そうだよ?色々着てみたけど、これが一番素敵かな、って。」

 と、言いつつ。夕布子の眼はちっとも笑ってない。

 両手を腰に当て仁王立ちになり、口元だけ笑いながら武志を睨み返してくる。


「…ごめん、ちゃんと一緒に選ぶから、それだけはやめてください…。」

 がっくりと項垂れて頭を下げる武志に、夕布子は満足げに頷き返した。


 その後、数時間かけて夕布子のドレスと武志の燕尾服を決めた。

「じゃあ来週はお色直し用のドレス見に来ようね♡」

 この上なく嬉しそうに微笑んで武志の腕に両手を絡めてくる夕布子に、げんなりしながら武志は頷く。


 ただし、夕布子は知らない。

 お仕置きのつもりで身に着けたレースのストッキングとガーターベルトを、ひそかに武志がお買い上げしたこと、後で身に着けるよう迫られることを―。


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