プロゲーマーの彼と、わたしの夏

ミネムラコーヒー

本編

 世の中には2種類の人間がいる。表舞台で脚光を浴びる人間とその背中を支える人間だ。

 わたしのパートナーは前者といえるだろう。ろくに働きもせず日がな一日ゲームをしている彼は、以前は華々しいゲームクリエイターを際立たせるだけの存在でしかなかったが、不思議なことにいつのまにやらプロゲーマーという肩書を背負って表舞台に出るようになった。最近ではテレビにも出ることも増え、やたらと肌の露出の多い部屋着を着たグラビアアイドルと、自宅風のスタジオで一緒に和気あいあいとゲームをするなんてことすらあった。

 妬んだり僻んだりしているわけではない、ただちょっと不思議に思っているだけだ。それにメディアに出るということは、それだけ彼が重圧にさらされる立場になったということでもある。もともと彼はあまり緊張というものをせず、大きな大会の前後でも変わらず競技以外のゲームにも興じ続けているし、それは彼が幾多のタイトルを得てもあまり変わらなかった。ただ、今度ばかりはさすがの彼も緊張を隠せる状況ではなかった。


 義肢義手技術の発達により、あらたかの競技で成績・人気面ともにパラリンピックがオリンピックを凌駕していくのと時を同じくし、ゲームもまたe-スポーツという見栄えのいい名称を与えられ、オリンピックにおける伝統的競技の人気を凌ぐようになっていった。

 もっともそれはパラリンピック台頭に対する健常者の健気な抵抗という側面もあると言われている。パラリンピック出場者は、現在のところ先天・後天的は問わないが、意図せず身体の障害・欠損を持った選手によって行われる競技という建前をギリギリのところで守っており、それはつまり身体の障害のない人々にとって、与えられない機会と越えられない壁の存在を意味している。

 その点、e-スポーツは違う。かつてゲームベンダーやオリンピック・パラリンピック委員会、WHO、いくつかの宗教団体、かつては先進国と言われたがすっかり落ちぶれてしまい、いまとなっては2つの世界的ゲームプラットフォームを生み出したことをプライドの拠り所としているわたしたちが暮らす国の政府などが、選手の意見などおよそ聞きもせずに高度な政治的駆け引きを繰り広げた結果、e-スポーツは名目的にはオリンピックの範疇に収まりながら、例外的に障害者・健常者を問わず等しく参加できるということになった。これだけ技術が発達した時代に、片手や片足が失われているかそうでないかに人間がこだわる理由も不明なのだが、このことが一部の健常者と未だ呼ばれる人たちに「e-スポーツは我々の誇り」と言わしめる一因となっている。

 プロゲーマーと呼ばれる人種と暮らしているわたしに言わせれば、果たしてこの競技のトッププレーヤーがなんの欠損もない人間かといわれると即答しかねる部分があるのだが、そもそも欠損なんてものは相対的で、すべての人間にあまねくあるのだ。そばで暮らす立場として、わたしは彼の欠損に目がいっているだけなのだと思う。そのことは本題ではないし、彼の名誉のためにも触れないでおく。


 そして今年の夏のオリンピック、彼は国家の代表として選出されている。e-スポーツのオリンピック入り当初こそ、ゲームの国ともてはやされたこの国も、元は検索エンジンやパソコンを作っていた企業による新興ゲームプラットフォームの勃興で競技が多様化したことなどもうけ、いまでは団体・個人でなんとか1つずつのメダルを守り抜くのが精一杯となっている。まさに国の威信を背負っていると言っていい。

 普段の彼であればそんなことは気にもとめない。タイトルに執着せず、メディアの取材に対しても楽しめればそれで、のようなこざっぱりしたことを言い続けている。わたしの目から見てもそれは本心だ。だが今回は少し事情が違う。

 彼の人生にとって幸いなことにというべきか、あるいは不幸というべきか、彼の父親の職業は政治家だった。彼がゲームにのめり込んだのは物心ついてすぐのことだった。元々父親は子供の行動については寛容であり、彼が望めば気前よくゲームを買い与えてやっていたらしい。彼も当時は父親への感謝もあり、宿題も欠かさず成績優秀な子供としての振る舞いを忘れなかった。

 事情が変わったのは2020年の夏のことだった。子供のゲーム時間を制限する悪名高い条例が某県議会で可決されてから数ヶ月、テンプレで作られたような多数の賛成パブリックコメントの不審さや議会の強情さなどから世間の批判は収まらず、その矛先は流れ弾のような形で当該県から選出されている国会議員であるところの彼の父親に向くことになった。

 安定した当選と三代受け継いだ人脈で父親は内閣要職に抜擢されており、その定例記者会見でのことだった。地元で成立したゲーム規制条例について新聞記者から意見を求められた父親は、個人的な考えでは馬鹿馬鹿しいことだと考えていたようだが、支持基盤でもある地方議会を足蹴にするわけにもいかず、条例について曖昧ながらも肯定的な立場でコメントをした。それだけであればことは平和に終わったかもしれないが、ここでインターネットメディアに主に寄稿しているフリーのジャーナリストがその後2週間に渡ってワイドショーを騒がせることになる追い打ちの質問を仕掛けた。曰く「地元であれば規制対象である大臣の中学生のお子さんは大変ゲームがお上手で大会での入賞もされているようですが、そのお子さんに対してもゲームの時間を条例のように制限されていらっしゃるのでしょうか」。

 ペーパーの読み上げ答弁が目立つ内閣においては、自分の言葉で流暢な会見を行うことで定評のあった父親だが、このときばかりは動揺を見せ曖昧な答弁に終止した。会見後も追求は止まず父親は家庭のプライバシーということばでこの問題をかわそうと試みたが、トドメを指したのは不幸にも味方であるはずの官房長官であった。「地元議会の条例は選出議員の家庭にも適用されるべきだ」という発言は、「そもそも何を言っているのかわからない」という批判を浴びたが、党内のパワーバランスを考慮した父親に「息子に対しても条例のように適切なゲーム時間の指導をすべきと考えております」とコメントをせざるを得なくなる結果となった。

 もちろん実際には父親は家庭内で直接的にゲームをするなというようなことは言わなかったのだが、この発言以来、彼の学校の友人達は彼がログインしているのをみると彼をからかうようになり、挙句の果てに彼が深夜にログインしている画面のキャプチャが週刊誌に掲載されてしまった。人間不信に陥った彼は、次第に学校にはいかなくなり、ゲームのアカウントを作り直した。彼はそれまで一切の人間関係を切り捨てることになったのだが、インターネット上での匿名の交友関係がメインになったことから、現在もチームメイトやライバルとして戦うプレーヤーたちとの交友が生まれ、それによって更にゲームの腕が磨かれたことは皮肉なことである。それはともかく、このゲーム規制条例の一件以来、親子関係には深刻な亀裂が生じていたのだった。

 そういった親子の確執がもはや空気のようなものになりはてた20年後の今になって、運命の悪戯と言うべきか、二人の人生は今回のオリンピックに置いて、息子はe-スポーツ競技の選手として、父親は政治家としての第一線を退き名誉職としてのこの国のオリンピック委員会の会長として密接に交わることになった。父親は本人の気持ちなのか、メディアに駆り立てられてのポーズなのかは定かではないが、彼がゲームにのめり込み学校を休むようになった中学校以来、はじめて息子に対して期待の眼差しを向けるようになった。

 そのことを彼がどう受け止めているのか、本人が直接語ることはない。ただわたしの見る限り、まったくもって不快ということもなければ素直に嬉しいというわけでもない、要するに複雑な感情というものを抱いているようだ。その複雑な感情の帰結として、彼はこの大会に尋常ならぬ緊張を見せており、普段はプレイ内容と関係ないようなくだらない冗談を言い合っている仲間のゲームプレイヤーとのビデオチャットでも、最近はチームプレイに必要な会話以外はまるで発せず、周囲を不安がらせている。


 もちろんわたしにはその重圧を直接理解することはできない。わたしは目立つのが嫌いだし目立ったことなどない。世の中には2種類の人間がいる。表舞台で脚光を浴びる人間とその背中を支える人間で、わたしは積極的に背中を支える側の人間だ。

 しかしだからこそ、彼の重圧を彼の背中を通して誰よりも強く感じている。彼の肌の奥の筋肉、声のトーン、眠る様子、全てから緊張が伝わってくる。最も顕著なのは体重で、練習中に明らかにお菓子を食べすぎている。これを言うのは恥ずかしいのだが、わたしの上になった彼の重みを最近は少しつらく感じている。


 普段の大会にもわたしは見送るだけで、会場についていくことはなかった。もっぱら家で待ち、そして祈るだけだった。しかし今回、彼は初めてわたしに会場についてきて、そばで支えて欲しいと言う。意外、おどろき、戸惑い、無感情が取り柄のわたしにも複雑な感情が渦巻いたが、彼とともに舞台に立つのも悪くないのかもしれない。そう初めて思うことができた。


 そして大会当日の舞台、前日は格闘技に使われていた会場の中央で、彼はわたしの横に立ち、満員の観客に向かって大きく手を振っていく。途中父親を見つけて一瞬彼が固まったことには気づかなかったことにしておいてあげよう。


 満場の拍手の中、対戦相手の選手と固い握手をし、彼はわたしに腰掛けた。

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