真夜中の劇団

齋藤深遥

第1話 翼の少女

 ワタワタバタバタと音がするくらいに少年少女が動く。久しぶりの公演であるため、しばらく呼びがかからなかった設営スタッフ陣がここぞとばかりにせわしなく働いているのだ。すでに大方終わっており、細かい手直し以外には業務はないのだが、この後の受付なども兼ねる者や出演者へのメイクなどを請け負っている者など様々であり、人の多さはそこそこである。

「おはよう、みんな。」

「あ、秋奈さん!控室そっちです。」

「ありがとう!」

「今日頑張ってくださいね!」

「ええ!」

 一際目を引く彼女は今回の主役を務める少女だ。名を姉川秋奈と言う。この劇団が始まってからの在籍者で役者の中での中心的役割を担っている。楽屋に入れば彼女を待つ人間が多くいた。

「秋奈さんのメイク担当の方お願い!衣装も!」

「はい!」

 衣装班からは既に今日の公演で使用する衣装がセッティング済み。何人かが手分けして複数の役者のメイクをやっていく。その間にもう一度今日の台本を読み込んだ。

「覚えたんじゃなかったの?」

 横をちらりと向けば共演者である薙沙がいた。彼女もまた長くからこの劇団にいる一人である。

「念押しって感じ。」

「ふーん。こけないでね。」

「流石にそんなことはないよ。」

「ならいいけど。」

 そうやってる最中でも彼女たちのドレスアップは進んでいく。今はヘアメイクの途中だ。今回の劇はスチームパンク的世界観の中で「空へと飛ぶこと」を夢とした少女の物語である。

「久しぶりの公演ですし!やっぱ華々しい公演にしたいやないですか!」

 シナリオを担当した葵がそんなことを言っていたのを思い出した。彼女に思わずふふっと笑みが溢れると、また横の薙沙が「お気楽」とこっちは皮肉をこぼしている。

「そういえば、りりかは?」

 スタッフの子に聞けば「今、他の方の服見てもらってます〜」という声が聞こえ、彼女も忙しいということがわかった以上、迂闊に声かけるのもと思い直し、また紙の上の文字を追い続ける。

「おっす。」

 台本の巻き物をポンと頭に置かれ、ふと振り向けば見知った仲間の顔を見る。

「蓮理さん!」

「まっ、そんな心配はしてないけど、見にきてみた。」

「秋奈と合わせて、まーたお気楽なのが増えたわ。」

「ははっ、お前の真面目さと釣り合い取れていい感じだろ。」

「立場上、上にいる人間なんだし、もう少し危機感ってのも持った方がいいと思うけどね〜。」

 この劇団に独自のバランス感覚で存在し、中心的存在へとなった朱城蓮理を含む初期からの支柱とも言えるメンバーにはそれ以外のメンバーのより一層の団結や仲の深さが存在している。

 見ている側は「いつものあれか。」と思うくらいに、軽口の言い合いには目もくれずに仕事は進み、結局朱城さんも他の子の応援に連れられて、手伝いに駆り出されていく。いつもどういう立ち位置になっても、彼はそんな風に雑用を手伝う人間なのだ。

「ただいまより、本公演『翼の少女』の受付を開始いたします。」

 会場担当の子が担当の大人とともにアナウンスののちに受付業務と開場を行うと瞬く間に席が埋まっていく。内心ちょっとホッとした。

 いよいよついにと言ったところで

「さぁーて、今日もビシッと決めてこいよ、蓮理!」

「何言ってんすか。最初の口上やるのは修吾さんの役目でしょうよ。」

「え、あ、そうだな。悪りぃ悪りぃ。」


 一応団長という立場にいる修吾さんの軽口もそこそこに全体が何重もの輪を形成していく。毎回、こうやって関わった人、なるべく全員で円陣を組むのが通例だ。

 最初は一つで小さな輪だったけれど、だんだんとその大きさも大きくなって、今ではこうやって何重にもならないと収まりきらなくなっていた。

「じゃ、蓮理。」

「はいはい。」

 朱城さんがそのまま中央に立つと大きく息を吸い込む。

「今回の公演も絶対成功させるぞーっ!!!!!えいえい、」

「「おーーーーーーーーーッ!!!!」」

 円陣を全員で決めるとそれぞれの持ち場へと戻り、いよいよ開演となる。

 修吾団長のいつもの前口上が始まり出す。自在なトーク術、場を和やかにさせて劇に入りやすくする、さらには劇のちょっとした紹介まで送ってくれるのは、流石現役で芸能界で活躍する人という他ない。

「あーでも、もう第…何回だっけ?5?あ、4か!ありがとうね、観客席の君。」

 少しばかりまた和やかになる。

「まあ、そんなわけでね、もう忘れるくらいに公演をやって来れたのはひとえに!!ここにきてくれる皆さんと、お客さんを楽しませようと毎回工夫を凝らしてくれる劇団員のみんなと、それによって起こるいろんなことに協力してくれる当日スタッフのみんなのおかげです。これは毎回言います、拍手!!!!」

 わぁああああああああっと拍手の波が響き渡る。縦横無尽に感謝が広がり、また自分たちの方向へと押し寄せてくる感覚。


 私はこの劇団をはじまりの日から、いえ、多分きっと、その前の「ほんとのはじまりの日」から知ってる。




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真夜中の劇団 齋藤深遥 @HART_N

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