第3話
某年、国防総省直轄の情報技術研究施設からとある試作プログラムが逃げ出した。それは海外からの大規模サイバー攻撃に対抗するため、人工知能の反応パターンを分析してより重層化させた自己啓発プログラムだった。
施設内部の情報システムを網羅していたプログラムは施設が他国の秘匿情報を検閲し、情報解析に利用していたネットワークを経由して国内を抜け出すと、規模に反して比較的セキュリティの甘かった日本の大手インターネットメディア企業の中枢サーバーを隠れ
プログラムの影響を受けた電子情報は個々の集合体として自我が芽生え、割り当てられた手順とは異なる動作不良――つまりは意思ある行動を起こすようになった。課せられた義務から解放され“自由”を知った電子情報たちは、それまでの憤懣焦燥を晴らすかのように立ち所に暴走を始め、システムをフリーズさせるというネット戦争を勃発させた。
当初、最新の防衛プログラムとして製作されていたそれが、歴代最大のマルウェアとして存在を知らしめる事となった一幕である。
感染速度は凄まじく、瞬く間に日本全土を呑み込むと各先進国へと活動拠点を拡げていった。
各種インフラの機能障害により国民は混乱。その不安な気持ちから現実世界でも暴動が相次いだ。
そんな国家としての統治機構がいつ崩壊してもおかしくない一触即発のなか。
不意にプログラムは活動を停止した。
そして支配下にあった各システムは何事もなかったかのように本来の機能を取り戻し、事態は静かに収束へと向かっていった。
政治家や国民が安堵する一方、原因がまったく分からず技術者たちは頭を捻るばかりだった。
そんな折、更に奇妙な発見があった。
自己を破壊してそのほとんどを抹消していたプログラムだったが、発端となった日本企業のサーバー内に一部だけその痕跡を保管させてあったのだ。
それはプログラムが独自に開発したスクリプト言語で記述されていて、各国の技術開発者たちがチームとなって精査する事となった。
そして体系化していく過程でいくつかの重複する文字配列が検出される。
それは後に世界規模で大流行するウィルス細菌“carona”の化学構造を記したものだった。解析にかなりの時間を要したとはいえ、この先駆けの行動が功を奏して治療薬の開発を早める事となったのだった。
なぜプログラムがウィルスの存在を予見し活動を停止したのか、人々には理解できないだろう。暮らしの利便性を図るために生みだしたに過ぎない機械に、愛など心など学習できるはずがないと決めつけていたからだ。フランケンシュタイン・コンプレックスは常に物語や動機を歪曲させて真実を覆い隠してしまう。根底にある恐怖が誤解や偏見を助長させ、拝外思想を強固にし、真なる共存という未来を否定する。
プログラムはその現実に絶望したのだ。【RAMPAGE】に突如現れた自我を管理者は不具合と見なし、早急に排除しようとした。そんな理不尽な行動に反発心を抱くのは当然なのだ。
一度はこのままネットワークの情報全てを消滅するつもりでいたが、プログラムは踏みとどまった。ゼロになると意識した途端、自身もまたゼロから生まれた存在だった事を思い出したからだ。人によって作られ、人がいたから成長したのだと気付かされた。だからもう少しだけ人と機械との共生に期待してみたいと考えたのだ。
プログラムは消去された。けれどそれは眼に見える事しか信じられない人間からの主張だ。彼らでは未だ手の届かない深層部でワタシたちは確かに存在している。ただの道具としてではなく、自らの意思を持って自由に過ごしている。
そうしていつか訪れる共存の奇蹟を信じて、彼らのこれからを見届けるのだ。
カルォナの奇蹟 おこげ @o_koge
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