第11話 雨音

 放課後、僕は早速に昇降口に向かう。

 お昼休みに空を見た時、奥には黒い雲が見え、これから雨が降りそうという予感をさせられていた。

 上履きを乱雑に下駄箱に突っ込み、靴を履いて足はやに出ようとした瞬間「トザーッ」と土砂降りの雨が降り出した。

 全く間に合わなかった。

 今日の天気予報には、雨が降る予報がなく天気雨だろうと思って、降ってもそのまま駆け出そうとしたが、現実は上手くいかない。

 傘を持ち合わせていないので、仕方なく、図書室の方に引き返した。


「やっぱり間に合いませんでしたか」


 のうのうと本を読んでいた白石がいた。


「やっぱりって……ちょっと濡れるのを我慢していける程度だと思ったんだが……そんな事はなかった」

「人の色は見えても空の色は見分けられないんですね」

「うっせ。僕は天気予報士じゃないんだからわからない」

「確かにそうですね」


 図書室の窓を開けて外の様子を見る。

 突然の雨で騒ぎ出す人や、それを予知していたかのように傘を持っているのを自慢する人、そんなのをお構いなしに覚悟を決めて走っている人等いろいろだった。


「もしかして、今帰らなかった理由って……」

「はい、その様子になると思っていたのでここに留まれば大丈夫かと思いました。識音くんは帰っちゃったので」

「なぁ、傘は持ってるのか?」

「一応教室に一本置いてきてあります」

「無理を承知で頼む。その傘に入れてくれないか」


 図書室で周りには誰もいないとはいえ、小声でお願いした。誰かに聞かれたくはないからだ。


「いいですよ。識音くん自らお願いしてくれて嬉しいですし」

「本当にごめん。けど助かる」

「どういたしまして。それでも、出るとしたらもう少し後でお願いします」

「なんで?」


 僕は呆けたような顔で聞いたら、白石の頬は少し赤みを帯びていた。


「だって、あれ見られてもいいんですか」

「……いや、よくない。わかった、もう少し待とう」

「口にしなくても理解してもらえて良かったです」


 傘一本に対して、人は二人、つまり、これは相合傘になる条件に合致している事だ。

 その姿を他の誰かに見られたら不味いと踏んだのだろう。

 良くも悪くも、異性が相合傘していたら嫌でも目に入れたくなり、そして学校の噂になるはず。


 ────


 僕は一冊の本を図書室の本棚から取り出し、軽く読み直していた。

 時間がかかる新しいものより、直ぐに出られるようにする為に読み直しにした。


「そろそろ行きませんか?」


 白石の声に反応して、僕は再び図書室の窓から昇降口を見る。

 人が見えないのを確認して、僕は頷いた。


「教室から傘を持ってくるので先に昇降口に行っててください」

「わかった」


 僕は言われた通り、先に昇降口に向かう。

 忘れ物はないか、鞄の中を覗くとそこには見慣れた折りたたみ傘が仕舞われていた。

 これを使えば、相合傘をしなくて済む。

 けれど、それは正しい事なのかわからなかった。

 階段からカタンカタンと上履きの音が聞こえ、急いで鞄の口を閉じた。


「お待たせしました、行きましょう」

「あ、ああ……」

「どうしたんですか?少し汗をかいてます」

「そりゃ、こんだけ蒸してるんだ。汗だってかく」


 そんな嘘をついていても、これは冷や汗でその事は多分白石にはばれている。


「そうですね、それなら早く帰りましょうか」


 あっさりと水に流された。


 白石が傘を開き、手で招かれたのでそこに入ってみたものの、傘のサイズがギリギリだった。

 どうするか考えようとする前に白石が歩き出したので、置いてかれないように僕も歩き出した。


「ちょっとキツくないか?」

「……やっぱり?」

「傘、貸して」


 僕は白石が傘を持っている手から傘を取り、白石寄りに傘を持った。


「よし、これなら濡れないかな」

「私は。でも、識音くんの肩が……」

「僕はいい。入れさせてもらってる身だし」

「こう、くっつけばどっちも濡れないのでは?」

「傘が邪魔でしにくいからやめとけ」

「なら、二人で持てば問題ないです」


 ぐっと引き寄せるように白石も傘を持つが、今度は白石の肩が濡れる。


「結局濡れてるじゃん……僕はいいからさっきのままでさせて風邪引いたことないし」

「納得いきませんがわかりました」


 ───


 しばらくして、そろそろ白石と別れるところまで来た。


「ここまでだな。ありがとう、あとは走って帰るよ」

「えっ、でもまだ雨が」

「ここからなら走って十分ぐらいだから大丈夫」

「そんなに雨に濡れたら風邪引きます……あっ」

「あっ、って何?」

「私を私の家まで送ってください」

「はい?どうして?」

「とりあえず送ってください。そうすればわかります」


 僕は白石がやろうとしている事が全くわからなかった。

 このまま走って帰れば、別に問題ないと思うのに、白石が家まで送って欲しいという意味がわからない。


「ここが、白石の家」

「と言ってもただの一軒家なので大したことないですよ」

「それで、送ったけど……?」

「はい、ありがとうございます。そして、これを貸します」


 さっきまで相合傘に使っていたベージュ色の傘を僕の手に渡される。


「これを使って帰れば濡れない、と?」

「そうです。これなら風邪は引きません」

「まぁ、そうかもしれないけどさ」

「もしかしてご不満が何か」

「いや、そうじゃない。この提案はありがたいと思ってる、けどこれが家に置かれてるのか……」


 自宅に異性の傘が置かれている事を想像して、僕は少し照れくさくなった。


「私は気にしないので大丈夫ですよ?」

「なんで嬉しそうなんだよ」

「いえ、私でもそれくらいの魅力はあるんだなと」

「美少女が何言ってるんだよ……これは秘密にしとけよ。変な噂が立ちかねないから」


 にこにこしながら頷くので、本当にわかってくれたのか心配になるが、帰り道に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キミの音色はなんですか? 常朔 @kainz_299

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ