第10話 夏色

 雲が厚く、日差しは僕の体を照りつけて、暑さをしみじみと感じさせる。

 季節は夏になった。

 遠い空には入道雲が見える。

 こういう時期は外に出て、ボール遊びや追いかけっこなどをして遊ぶものだが、僕は活発じゃない。何より人が群がるから僕はこの季節が苦手だ。

 人は不思議なもので、くっつくと熱くなるのはわかっているはずなのに、暑い時期に活動して沢山群がる。

 虫や動物達も同様に活発になる。これが本能なのかもしれない。


 なるほど、考えより行動しているのが本能、か。

 僕は読んでいる本を閉じ、屋上から今日の景色を眺める。

 校庭では賑やかにサッカーやバスケをしている人達。下からは全員が全員ではないだろうが、騒がしく叫ぶ声。上は眩しい太陽とそれを覆えるほどの大きな雲。横には……今もくっついている図書委員。


「そろそろ離れてくれないか?熱い」

「私は丁度いいので嫌です」

「もしかして冷え症?」

「冷え症はありますけど、そうじゃないんです。心地よいって言うんですか」

「僕にはその意図が読めなくて心地悪いんだけど……まぁ、いいか」


 最近は自分でも不思議に思うのだが、隣に白石がいても不満がない。というより、抵抗が無くなった気がする。


「なんだかんだ言っても許してくれるんですね」

「なんというか別に嫌じゃないから」

「でも、離れて欲しいんですよね?」

「誰だって熱くなってきたら冷たいものに寄り添いたいだろ」

「それなら反対のこっちの腕にします?まだ冷えてます、冷え症なので」

「それならそっちの方がまだいい」

「了解です!」


 くっついていた腕から離れて、反対側の腕にまたくっついた。


「うっ、冷たっ」

「ひんやりして気持ちいいですか?」

「いや、これはちょっと冷たすぎる……さっきの感じを足して丁度くらい」

「それならこれで……」


 再びくっついた腕から離れて、何をするのかと思ったら腕がお腹の辺りに巻かれて、背中に顔の感触が伝わった。


「えっ、なにしてんの……」

「……どう、ですかこれで」

「いや丁度いいけどなんで抱かれてるんだ」

「足したら丁度いいって言ったから」


 確かに足したら丁度いいとは言ったが、抱いて欲しいわけじゃなかった。丁度いいと思っていたのに、顔には熱がこもってくる。


「ふふ、すごい心臓の音。ドキドキしてるんですか?」

「だって、こんなに近いと嫌でもするだろ」

「そうですね。私もドキドキしちゃいます」

「……お願いだ。離れてくれ、理性が限界」


 白石にギブアップを伝えると、ぱっとお腹から腕が離れていった。


「やりすぎは危ないと……」

「僕だって男だから。そんなにやられたら勘違いしかねないし、我慢出来なくなる」

「わかりました。気をつけ……」

「そうしといて、く、れ?」


 返事が途中で途切れたのを感じ、白石の方に向くと横にぐったりと倒れかけそうになっている。慌てて倒れる方に動いて支えになった。


「おい、大丈夫か!」

「ふひ、熱が回ってきちゃいました……」

「自分からやっておいてそれはないだろ……立てるか?」

「怪しいかも、しれません?視界がぐるぐる」

「無理すんな。肩貸すからそれで歩けるか試そう」

 僕は白石の身長に合わせて腰を低くして、肩を貸す。白石の腕を肩に回して動いてみる。


「なんとか動けそうです」

「なら、人目がつかなくて昼休みが終わる前だからまだ大丈夫なはず。一応保健室に行くぞ」


 ────


「うん、立ちくらみだね。もしかしたら、気温にやられたかもしれないからベットで一時間休むといいよ」

「ありがとうございます。そしてごめんなさい、こんな理由で」


 僕は包み隠さず、ここまでに至った経緯を話した。

 くだらない内容で、ベットまで使わせてもらう事になって申し訳なく思ったのだが、微笑まれた。


「ちゃんと話してくれただけいいよ。仮病よりは百倍マシ」

「でも……」

「でもちゃんと彼女を守ったんだからいいじゃないか」

「白石さんは彼女じゃないんですけど」

「えっ!?それにしては内容がイチャついた結果……なったみたいにしか聞こえないんだけど」

「その、特殊体質って知ってますか?」

「あ、確か遺伝するとかじゃなく突発的に起きた結果の体質だよね?」

「はい、白石さんはその特殊体質でして、僕もそうなんですけど。その特殊体質を抑える効果が僕にはあるらしくって、それで同行してる感じです」


 保健の先生は納得せず、腕を組み考えている。白黒はっきりしないからか、灰色が見える。


「もしかして今まで休んだり早退してたのはそういう事?」

「らしいです。僕は人の特殊体質がどうなるかはわかりません。けど、僕のおかげなのか今年は通える回数が増えたみたいで」

「ふーん、そっかぁ。それで同行を。いいなぁ、そんな合理的な理由で異性にくっつけられるなんて」

「いやいや、めんどくさいだけですよ。結果としてこうなってますし」

「でも放っておこうとはしなかった。将来が楽しみだ、今は無理でも」


 将来が楽しみとはどういう事だろうか。僕も腕を組んで考えるがわからない。

 考えている間にチャイムが廊下に鳴り響いた。


「用が済んだのでそろそろ戻ります。失礼しました」

「ちょっと待って秋月。君はここにいて」

「何故ですか?僕がここにいる意味は無いですし、それに授業だって──」

「その辺は私から説明するから気にしないで。それよりも、ここにいて欲しい。本当に抑える効果があるのか知りたい」

「わかり、ました」

「そこに椅子があるから持って行って白石の近くにいて欲しい」


 僕は言われた通り、近くにあった椅子を持って白石の近くで座った。

 白石の様子は特に変化はなく、安静な状態だった。


「白石さん、体調は大丈夫か?」

「……」

 返事がない。

「……なぁ」

「寝かせてください」

「わかった」


 か細い声が静かに耳に届き、それに従うことにした。


「すぅ……」


 寝息は聞かなかった事にした。


 ───


「驚いた。こんなに落ち着いている白石を見るのは初めて」

「そうなんですか。僕はもうこれが普通なので……」


 一時間が経ち、保健室の先生が入ってきた。


「そろそろ起こした方がいいですよね?」

「ええ、可哀想だけどルールだから」

「そろそろ時間だから起きてくれ」


 白石の体を布団越しから揺すり、起こしてみる。「んぇ……」と謎の寝言を出しながら、白石は起きた。


「おはよう。時間だから起こしたけど大丈夫か?」

「はい、大分良くなりました」


 顔色を見ても特に悪そうでもないし、雰囲気からもそれは伝わってくる。


「先生、ありがとうございました」

「次は気をつけてね。悪くなったらいつでもいらっしゃい」


 保健室の先生に笑顔で見送られ、僕達は保健室を後にした。

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