夜の中を走る

雨世界

1 今、走り出すとき。

 夜の中を走る


 プロローグ


 ……ねえ、あの噂。聞いた?


 本編


 今、走り出すとき。


 真野志帆(まのしほ)がポニーテールの髪の毛を揺らしながら、学院の廊下を急ぎ足で走っていると、「お待ちなさい」とシスターに声をかけられてしまった。

「はい。なんでしょうか? シスター」後ろを振り向いて、にっこりと笑って志帆は言う。

「真野さん。廊下を走ってはいけませんよ。どんなに急いでいても、規則は規則ですから。ちゃんと守らなくてはいけません」にっこりと笑って、シスターは言う。


 六十歳くらいの年齢をしているシスターの笑顔は、志帆のあらゆる言い訳を最初から封じ込めて、あるいは、無理に言ったとしても、そのすべてをはねのけてしまうような、そんな緩やかで、だけど威厳に満ちている、そんな強い力があった。

「すみませんでした。シスター」志帆は頭を下げて、そう言った。

「わかればいいのです。今度から気をつけてくださいね」にっこりと笑ってシスターは言う。(シスターの銀色の髪が、日の光で輝いて見えた)

 それからシスターは学園の廊下を歩いて志帆のいるところから、遠いところに行ってしまった。


 志帆はそれからゆっくりと廊下を歩いて、そして廊下の角を曲がったところで、また急ぎ足で走り始めて、そのままとんとんと言う気持ちの良い足音を立てながら、淡い太陽の光が差し込む、古い木製の階段を駆け上がって、三階にある、目的の部屋にまで移動をした。


 そこの木の扉には『生徒会室』の名札がついていた。


 志帆は身だしなみと、息を整えてから、一度にっこりと笑って、それからとんとんとその木の扉をノックした。


「はい」中から聞き慣れた声が聞こえてくる。

「失礼します」

 そう言って、志帆は扉を開けて生徒会室の中に入った。


 するとそこにはさっきの声の主である、志帆のよく知っている顔の人物がいた。生徒会室の生徒会長の席に座っている綺麗な顔をした女子生徒。

 その女子生徒の斜め横の席には、本を読んでいる、もう一人の、こちらも志帆のよく知っている顔の女子生徒がいた。


「志帆。どうかしたの?」

 生徒会室の中に入っていた真野志帆のことを見て、生徒会長の席に座っている女子生徒が言った。


「大変よ、大変。いや、これはもう事件よ、事件。大事件」にっこりと笑って、二人の座っている席の近くまで移動しながら志帆が言う。


「事件? 事件って、どんな?」生徒会長の席に座っている女子生徒が言う。(本を読んでいる女子生徒は、最初に志帆に目で挨拶をしてから、ずっと本を読んでいて、この会話には加わってくるつもりはないようだった)


「朝霞先輩が、恋の告白をされたんだって。ずっと、先輩が思っていた幼馴染の男子生徒から」志帆は言う。


「え? 朝霞先輩って、あの朝霞夕子(あさかゆうこ)先輩のこと?」驚いた顔をして、その生徒会長の席に座っている女子生徒は言った。(本を読んでいた女子生徒も、朝霞先輩の名前を聞いて、ちょっとだけ反応をした)

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