第11話 どうか憧れのままに

 学校を出て三人でファーストフード店で食事をした。

 微かに覚えている幼い頃の記憶を花谷部長に掘り起こされる。

 確かにお子様セットのおまけを譲ってもらってたなと、そこだけを切り取ればどちらかというと楽しい思い出で、思い出したくない記憶というわけじゃないけど、周りに聞かれたくはなかった。そう少し苛立ってしまったのは、彼女との過去の関わり合いの中で、彼女は優しいお姉ちゃんで、僕はかわいい弟みたいなものだというレッテルを何度も重ねて貼り付けられているような感覚に襲われたからだ。

 彼女に苛立つのはお角違いだとわかっていた。憧れのままに終わりたいと願っていたのに、彼女の隣に並び立ちたいと思ってしまう自分がいた。


 城山の想いが通じるかはわからない。別に城山でなくても良い。彼女が誰かを好きになって、誰かと付き合うことになったなら、この苛立つ感情も消えてくれるような気がした。僕が彼女に好きだと伝えたら、きっと彼女は満面の笑みを浮かべて、好きだと返してくれる。それは、かわいい弟みたいなものだからという理由で。


 彼女との距離は、恋をするには近すぎるような気がした。

 困らせたくもなかった。

 だから、憧れのままに終わりたいと願う。


 彼女はころころと表情を変えて楽しそうに笑う。少し変な行動を取ることもあるけど、まぁ昔からそういうことも多かったかなと懐かしくなる。今日という日もまた、いつか懐かしく思う日が来るんだろう。


 店を出てゲーセンに向かう。正直翠お姉ちゃんがそういうところに興味があるのかどうかはよくわからない。けども、UFOキャッチャーやプリクラみたいな女子が好きそうなやつもあるし、そこに城山と二人で置いておけばなんとなく仲良くなるんじゃないか? みたいな心づもりでゲーセンに入る。なぜか入る直前に、本当に入って大丈夫なのかとおろおろしていたが……。

 そそくさと自分は二階のフロアに向かった。中学の頃からハマってるゲームを探して、コインを入れる。別に上手いとかじゃないけど、時間さえ潰せれば良い。


 最初のステージがまだ終わらないうちに、いつの間にか手を振る彼女の姿が視界の隅に見えた。城山もその横にいた。二対二で戦う対戦ゲームだから協力プレイもできる。城山に教えてもらいながら翠お姉ちゃんが隣の椅子に座る。なんだか微妙に緊張してしまう。


 せいぜいすぐゲームオーバーにならないようにこっちが頑張らないと……と思ったのも束の間、様子がおかしい。

 自分ひとりでやるときよりスムーズにステージが進んでいく。彼女はほとんど被弾せず、歴戦のプレイヤーのように容易く敵を撃ち抜いていく。昔のことを思い出す。小学生の頃自分の家で割と一緒にゲームを遊んでいた。ほとんどのゲームで僕は彼女に勝てた試しがない。天性の才能……!?


 突如画面に乱入の通知が入る。筐体を挟んで向かいに誰かが入って来たのだろう。ここからは二体二の対戦だ。しかし負ける気がしない。

 予想どおりというか、中の中くらいの腕しかない僕と違って、彼女はほぼ被弾せず……三連勝してしまった。


「やったー!」


 満面の笑顔でそう言う彼女。こういうゲームを女子がしているのを見たことがなかったから楽しめてるのか不安だったけど、それは杞憂だったようだ。まぁ、テンションが最初から高かったので、あまり心配はしてなかったのが本音だけど。


「いや、強いって。このゲーム初めてだよね……」

「私強い? ……こういうのは得意だよ任せて!」


 今得意なことにしたな……。昔スマブラで延々と一方的に殺られた過去を思い出すものの、今は何よりも頼もしい。後ろで見ている城山に目線を向けると、唖然とした顔をしている。その横に少し離れて、見物客が二人増えていた。見間違えようもなく、その服はうちの学校の制服。もしかして対戦してた人たちだろうか。


 その後は乱入もなく、最後まで行けた。難易度設定結構高めに設定されてあったはずなんだが……情けないことに逃げ回っているうちに隣の天才のおかげで無事に最後まで行けた。


「終わり?」

「うん、全クリ……」

「やったー! というか久々に陽太と遊べて嬉しい」


 隣に座った凄腕のゲーマーがこっちを向いて二の腕を掴んでくる。身体をくっつけてくる。笑顔が近付いてくる。

 なんでこんなにめちゃくちゃ良い香りがするんだ。


「ちょ、離れて!」

「……はっ!」


 ぱっと離れて、辺りをキョロキョロと見渡す凄腕のゲーマーは、見物客の二人を見て固まった。


「……こほん、棟里くん、なかなかおもしろいゲームでしたね。城山くんも教えてくれてありがとうございます。それでは他のも見てみましょうか!」

「花谷さん? だよね……ゲーセンとか来るんだ。さっき乱入したけどめちゃくちゃ強くて焦った」


 見物客のうちのひとりが口を開く。


「ああ! 杉浦くん、田辺くん、こんなところで奇遇ですね」


『なんか花谷さんが……ヤバい……』という声が二人からボソボソと聞こえたが、聞こえなかったことにした。その外見がヤバいのか、ゲームの腕がヤバいのか、立ち振る舞いがヤバいのか、ヤバいって便利な言葉だな……。


「き、気分転換に! 今日美術部に入部届けを出したおふたりと、親交を深めようと思いまして!」


 凄腕ゲーマーにも聞こえたのか、今の状況を必死に説明しようとしている。とりあえずその表情から焦っているのはわかる。


「けっして、けっして悪いことをしてたわけじゃないんです。どうか先生には……あれ、おふたりも遊んで……?」

「「は?」」


 一同が彼女の言葉に疑問符を浮かべる。

 ゲーセンが不良の行くところだなんて時代錯誤も甚だしい彼女の勘違いを約十五分かけて訂正した。


「よ、よかった……。先生に知られても退学にはならないんですね……」


 そう言って心底ほっとした表情をしてひと呼吸置くと、『良かった』とこちらを見つめて微笑んでくる。勘違いされたら面倒なことになりそうだから、正直この距離感はやめてほしい。何より僕が、その表情に目を奪われてしまう。


 何か返さないとと紡いだ言葉は、ぶっきらぼうな突っ込みになってしまう。


「どんな覚悟で遊んでたんだ」

「……一緒に運命を共にする覚悟はできていました」


 あれ、もしかしなくても、なんかちょっと残念な頭……いやこれ以上言うのはやめておこう。対戦してた見物客の二人は、翠お姉ちゃんのクラスメイトらしい。この人、クラスでどう思われてるんだろう。本当に何かヤバいのかもしれない。


「こちらは棟里くんで、ええと、私の幼なじみで弟みたいなものです! それで、こちらが棟里くんの友達の城山くんで、美術にすごく興味があると伺っているので期待の新入部員さんです!」


 適当なことを言ったばかりに期待されている城山のことは置いておこう……。軽く自己紹介を済ませたあと杉浦先輩と田辺先輩は帰ったので、そのあとは三人で音ゲーやUFOキャッチャーを適当に遊んだ。遺憾なくゲームの腕を発揮する彼女は、捕獲したほのおタイプのポケモンのぬいぐるみを押し付けてきた。


 城山も楽しそうに遊んでいるし、翠お姉ちゃんとも自然に話していると思う。しかし、どうにかして城山と仲良くなってもらおうなんて作戦を考えるには、僕はまだ未熟過ぎたのかもしれない。


 憧れは憧れのままにと思えば思うほど、胸が苦しくなっていく。別の高校に行っていれば、こんな気持ちにはならなかったかもしれない。時折挨拶を交わす、昔馴染みの遠い人のままだったかもしれない。


 ただの気の迷いだ。どう転んだって『弟みたいなもの』なのに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼と交わした遠い日の約束 常夜 @mm-lab

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ