第10話 翠さんは一緒に下校したい
一緒に帰りたいなと思って教室に向かったところ、どうやら陽太は城山くんとふたりでこれから遊びにいくらしい。一瞬とても残念に思ってしまったけれど、仕方ない。明日も明後日もあると身を引こうとしたとき、なんと陽太が三人で遊ぼうと誘ってくれたのです。
陽太と城山くんに混ざりたいなとは思っていたし、それに混ざったらカモフラージュになるなどと計算高い計画を瞬時に導き出した私は、即座にその提案に乗ることにした。途中、多少ハプニングはあったものの、これからのことを考えると本当に些細なことですと声を大にして叫びたい! 陽太のクラスメイト十数名からの視線も、この私に傷ひとつつけることはできません。例え『変な奴だ』と未来永劫彼らの胸に刻まれようと、陽太と楽しく過ごせればそんなのは、チャラってやつです。おつりに埋もれて窒息死してしまうほどです!
そうして今無事に、学校の門を潜り外へと出た。けれど、陽太は少し前のほうを歩いていて、私の隣には城山くんがいる。美術部って最初はどういうことするんですかとか、そういう話に受け答えをしながらここまできたわけだけど、陽太は一切こちらを振り向こうとしない。
未来のお嫁さんがあんな風に教室に入って大声をあげたら、幻滅しちゃうよね……。
他人のふりをしたくなっちゃうよね……。
全然チャラじゃないかもしれないどうしよう……。
「棟里、ちょっと歩くのはえーよ」
「あー、わかった」
陽太がげんなりとした声色でそう答えて、私たちのところに来る。もしかしてお邪魔だったのかな。二人きりで遊びたかったかな。でも同じ高校で同じ部活で、一緒に下校して遊ぶのはきっと普通なのでは! だからこのチャンスを逃したくない。ご近所で偶然を装ってちょっと挨拶するみたいな感じじゃ物足りない。でも迷惑かな。
城山くんの顔を見れば、いたって普通で楽しそうに見えるので、たぶんすごく迷惑というわけではないはず。そして陽太にこれ以上幻滅されないように気合いを入れなければ。
下校途中で遊ぶってどういう感じなんだろう。友達とあまりそういうことをしたことがない。ねこだまりスポットと美味しいラーメン屋さんくらいしか知らない。
「お二人は中学の時ってどういう感じで遊んでいたんですか?」
城山くんがいる手前、ボロを出してはいけない。仲の良い先輩的な立ち振る舞いまでは許される。仲の良い先輩的な立ち振る舞いまで許されるなんて……挨拶くらいしかできなかった昨日までとは違って素晴らしすぎます。
「え、うーん、放課後は校庭でサッカーとかバスケしたり、ゲーセン行ったり」
陽太の口から想像していなかった単語が飛び出す。そんなまさか、確か繁華街に行くのは校則で禁止されているはず。学校帰りにそんなところに寄ったりなんかして先生に見つかりでもしたら、きっと退学になってしまう……。ふ、不良になってしまったの? 私と離れていた間に心が荒んで不良になってしまったのね!
どうしようどうしようとオロオロしている間に駅に近くなってくる。高校最寄りの駅には結構大きめの繁華街が連なっていて、決して私のような学業に勤しむ学生が行ってはならないキラキラしたお店で溢れている。どうしようどうしよう。
「ご、ご飯食べてないよね!」
「あ、そういえば何食べるかで迷ってたんだ、先輩と棟里、何かあります?」
何を食べようかと少し話し合った中で、ハンバーガー推しの陽太の案が採用されてファーストフード店を選ぶ。カウンター前に三人で進んで陽太のほうを見れば、その後ろに玩具のおまけがついたお子様セットのでかでかとしたポスターが目に映った。
陽太が小学一年か二年くらいの頃だったろうか。良くその頃は陽太の家とうちとで買い物に行くこともあって、ファーストフード店でお昼に食事をすることもあった。お子様セットのおまけについてくる玩具欲しさに陽太はそれを選んでいた。私も玩具を陽太に横流しする目的でお子様セットを頼んでいた。あぁ、可愛かったなぁー! この可愛さを誰かと共有したい、語り合いたい!
ん、城山くん……!
「小さい頃棟里くん、お子様セットの玩具欲しがっててかわいかったんですよー」
今も可愛いけど。今も可愛いけど!
「そうなんすねー。棟里残念だな、もうお子様セット買えない年齢になっちゃったなぁ……」
はっ、もしかして、残念がってるのでは! うーん、ギリギリ小学生に……はもう見えないなどうしよう。
「いや、なんだこの地獄は……城山に変なこと言うなよ」
「じ、地獄……確かにアンハッピーだよね。こうなったら私がどうにか頑張って小学生のふりをして」
「やめてくれ、玩具は別にほしくないから!」
「そんなに強がらなくても大丈夫だよ、私わかってるから!」
後ろにひとつで結んでいる髪を解いて、あぁゴムがひとつしかない! サイドで結んだら幼く見えないだろうか……。両手でサイドを掴んで、城山くんと陽太を見る。
「私じゃ無理かな……」
「いや、全然無理じゃないっす」
「城山適当なこと言うのやめろ。アウトだアウト!」
アウトか……必死に何か手はないかと陽太を元気づけながら悩んでいると、カウンターから声がかかった。
「すみません、他のお客様のご迷惑になりますので」
私たちはおとなしく注文し、おとなしくハンバーガーを食べた。顔を真っ赤にしている陽太もまたかわいかったので、結果的にプラマイゼロ!
おとなしくとは言ったけど、ふたりのことを少しだけ聞くことができた。陽太と城山くんは中二で同じクラスになって、それから一緒に良く遊んでいるらしい。私の知らない陽太をたくさん知っているなんて……羨ましい。修学旅行とかも一緒に行ったんだろうなぁ……私もこっそりついていきたかったなぁ……。
城山くんに対して嫉妬してる場合じゃない! けど羨ましい! と悶々としながらお昼ご飯を食べて、外に出る。
「お、ゲーセンある!」
繁華街を歩いていると、城山くんが嬉しそうに声をあげる。えぇ、あるでしょうとも。ですが、そんなところに入ってはいけませんよ。学校初日から補導されたり退学になったら親御さんが泣いてしまいます。どうしようどうしようとオロオロが再発してしまう。
「……けど、棟里、部長ってゲームとかするのか? 部長もええと……」
厳選に厳選を重ね、陽太が大好きなほのおタイプポケモン軍団を作ってプレゼントした後、私がみずタイプで一掃した結果号泣された記憶があるけれど、その時は私も小学生だったのでもう時効にしてほしい。
「昔ポケモン一緒に遊んでました! ゲーム大好きです!」
父上母上申し訳ありません。一緒に遊びたいので今日から不良になります。例え何が起きようとも私はこの選択を後悔しない! 陽太と一緒にならなんでも大好きだと言いきれる!
「あぁ、UFOキャッチャー!」
これならばデパートでしたことがあります!
「やっていきます? っておい棟里ー!」
城山くんが立ち止まって私を振り返るものの、陽太はその向こう側へすたすたと歩いていく。
「俺二階行くから!」
「じゃあ私も二階に行きます!」
さっさと消えてしまう陽太。城山くんと顔を見合わせると、向こうも頷いてくれたので後を追う。エスカレーターを登ると、そこには真っ暗で危険そうなフロアが待ち構えていました。不良、ここに不良がいるんですね! 私も今日からなのでまだまだふつつかな不良ではございますが、よろしくお願いします!
城山くんについていきながらまわりをキョロキョロと眺める。人はまばらだけど、ものすごい形をしたよくわからないものが多い中、画面とボタンがついた機械が並ぶコーナーに辿り着くと、陽太が遊んでいた。画面の中ではロボットが動いている。
「これ協力でも遊べるんで、部長やってみます?」
「はい! ぜひ!」
陽太が座っている横に近付いて手を振ってみる。
「あれ、城山、来たのかよ」
「いや、部長とふたりきりにするなよ……部長もやってみるそうだから協力プレイ頑張れ」
こそこそと何かを話す二人。
丸いボールがついたのが移動で、ボタンが攻撃とジャンプと……と、城山くんが教えてくれてとりあえず予習はしたので座ってコインを入れる。たくさんのロボットからひとつを選ばないといけないらしい。うーん……。
「どのロボット選んだら良いかな」
「モビルスーツな!」
「……っ、モビルスーツ!」
陽太が訂正してきたので反射的にボタンを押してしまった。よし、協力プレイ頑張らなければ! みずタイプはすべて駆逐する!
勝利の栄光を私の未来の旦那様に!
「高コスト機体……だと……」
……? ……っ、もしかしてこれって、ふたりで初めての共同作業というものですか!?
なんだかすぐ死んでしまう未来しか想像できなかったけど、すいすいと勝ててしまう。もしかすると陽太がサポートしてくれてるのかな。後ろで見てくれているお師匠様の城山くんに尋ねる。
「城山くんこれちゃんと私できてます?」
「……」
「あれ、ちゃんとできてないかな……」
「いや、めちゃくちゃ上手いですね……引くくらい」
褒められた! 良かった! お世辞かもしれないけど! その瞬間、急に画面が切り替わった。何だろう、終わったのかな?
「あ、これ乱入されましたね。いや、たぶん大丈夫だろうけど」
「ら、らんにゅー?」
「対戦ってやつです。向こう側も座れるんで」
なるほど、スマブラみたいなシステムですね! 過去五十連勝して陽太をこれまた号泣させた過去が頭を過るものの、今回は協力プレイ! 全力でいかなくては!
「見える、私にも敵が見えるよ陽太!」
「なんでそんなにテンション高いんだ……」
陽太がぽつりとつぶやく。もう、わかってるくせに!
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