第9話 親友の恋は応援しよう


 城山健人は中学一年の時からの友人だ。好きな芸能人やゲーム、音楽、雑多な話題を話すことが多い中、今日の城山は朝から少しおかしい。

 原因は言うまでもなく、僕の幼馴染を見たせいだろう。確か中二の頃も同じようなことがあった。同じクラスに恋をしてしまった城山は、何かと言えばどうしようどうしようと悩んでいた。告白して付き合うか振られるかの二択しかないだろうとか、悩んでも仕方ないだろうとは思ったが、そんなことを言っても何かが解決するわけでもなく、城山は中二の秋に告白して振られた。


 勇気があるなと思った。きっと自分は、そんなことはできないと思ってしまった。その落ち込みようは激しかった。真剣だったのだろう。


 幼馴染の花谷翠は、今どんなことに興味があって、どんなことが好きなのだろう。家も近いし、昔は良く遊んでいたけど、今の彼女のことを知らない。美術部の、しかも部長になっているなんて思いもよらなかった。城山の邪な意気込みに押しきられてしまう形ではあったけど、文化部で緩く何かをしたいと思っていたので、そこまで不本意なことでもない。何より、友人としては城山の恋を手助けするのも、悪いことではないかと思い始めていた。僕のような憧れの、気の迷いとは違う。人を好きになるなんて気持ちが、僕にはまだわからない。


「棟里、めちゃくちゃ実は仲良い?」

「は? いや、俺が小学一年くらいからの付き合いだから……向こうからしたらたぶん弟みたいなもんなんじゃないかな。それに中学に上がってからはそんなに会ってないし」


 なぜか道端で良く会うから、一時は町の徘徊が趣味なのかと変な想像をしてしまうこともあったが、優しい人だとは思う。今朝のことを思い出せば突拍子もない行動を取ることもあるのかなと思ってしまうけど、良い悪いと一概には言えないし、とりあえずはこの友人を応援したい。この年代の女子は年下の男に絶対興味などないだろうという事実を鑑みれば、絶望的な戦いになるだろうけど。


「とりあえずまぁ、帰りに飯食ってゲーセンとか遊べそうなところ探そうぜ」


 城山の言葉に頷く。

 駄目だ。こんな陰キャの僕たちに恋ができるとは思えない。初日から中学時代と変わらない生活スタイルを貫こうとする友人にある意味尊敬の念を抱きながら教室に戻った。あとは自由に下校して良いという話だった。


「ちょっとトイレいってくる」


 そう残して教室を出る。昼飯何を食べようかと思いながら教室へ戻ると、ドアの前に翠お姉ちゃんの姿が見えた。城山と話している……?


 話を聞けば、一緒に帰らないかということだった。美術部部長の仕事はもうないんだろうか。一緒に登校した上で一緒に下校までするなんて、周囲の目が気になって仕方ない。城山の目も気になって仕方ない。こっちはもう小学生じゃないんだし、迷子にもならない。


 でも、城山にとっては都合が良いかもしれない。うまく応援できればと思っていたところもある。城山と三人でこれから遊ぶのはどうかと提案すると、城山がなぜかものすごく僕の顔を見てくる。わかってる。ファインプレイだろう? 任せとけよ親友の恋路のサポートくらい、してみせる。


 鞄を取ってくるからここにいてね、と執拗に念押しした彼女が走り去っていく。年上だし、見た目は大人っぽいけど、行動を見ていると小学生の時からあんまり変わっていないような気もしてきた。


「あの人走るんだな……」


 どんな感想だよと突っ込んだが、確かに外見からは……ご令嬢みたいな感じだもんな……。

 

 中学一年の、初登校の日をどうしても思い出してしまう。あの日も同じように、僕のいる教室まで来て一緒に帰ろうと彼女は言った。

 学校の外に出る途中で、彼女の友達に見つかり話しかけられた。


『その隣の男子、誰?』

『あ、この子は……近所の幼馴染で……弟みたいなものかな』


 それは事実だったから、そんな風に言われても別に気にならない。たぶん今でも、身長が高いわけでも体格が良いわけでもないから、並んで歩いたらそんな風に見えてしまいそうな気もする。別に、彼氏に間違えられたいわけじゃないからそれは好都合なんだけど……城山だったら僕より背が高いし、お似合いだったりするのかもしれない。いや、彼氏もういるかもしれないけど。


「むぅ……女子って昼飯は何を食べるんだ」


 スマホを見ながら唸る城山。きっと僕たちには難しすぎる問題だ。


「城山が食べたいのでいいよ」

「ラーメン!」

「よし、じゃあそれにしよう。ラーメン屋を探そう」

「おい、冗談だ」


 部長が帰ってきてからみんなで決めれば良いか……。それにしても何て呼べば良いかわからない。さっきは部長と呼んだけど、本人からは『翠ちゃん』希望の『翠』で納得してもらった。心の中では昔からの癖で翠お姉ちゃんと言ってしまう部分もあるけど、学校では花谷先輩とか、部長とか呼ぶのが一番抵抗感がなくて良い。というかその呼び方が普通だ。


「おまたせー!」


 ドアを突き破りそうな勢いで駆け込んでくる花谷部長。あぁ、可哀想に。部活紹介を見回った生徒がぼちぼち教室に戻ってきてるというのに……。十名前後の視線が彼女を射抜いた。城山に即座にアイコンタクトを送ると、僕は一目散に彼女の横を通り過ぎて教室を出た。


「……ぶ、部長、いきましょうか」

「はひ……」


 後ろから城山と翠お姉ちゃんの声が聞こえた。城山は優しい。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る