第4話 日常にあって―best friend?or………
◆
あの日、わたしたちの関係は終わった。
親友から、恋人へ。
関係性が大きく変わって、それに相応しい付き合いがあるのにわたしには良く解らない。
隣を歩む彼女が、わたしの良く知る彼女と変わらない訳で、距離感が掴みづらい。
彼女のふわふわした長髪、柔らかな肌、澄んだ声、どれもに慣れきっていて、
風化して感じることも無いはずなのに、
今さら知らないこともないはずなのに、
心が高鳴ってしまうのは―――
恋しているからなんだろうなぁと思った。
◆
「ねえ、この後どこかに遊びにいかない?」
わたしの親友であり最愛の恋人である水無月がわたしに話しかけてきた。
ホームルームも終わりかけの半ば放課後。
弛緩した雰囲気が薄く垂れ込める教室の中では、誰もわたしたちに見向きなんかしない。
「良いよ、とはいえ……どこに行く?」
それで次の言葉に詰まってしまうのが田舎の嫌なところだと思う。
わたしの記憶を必死で掘削しても、遊べる施設がとんと思いつかない。
どこを見たって傾いた住宅と自然しかないのだ。
「別の駅まで行く?」
「門限厳しいからなー家。あんまり遠出したくないんだけど……付き合ってあげる」
「何それ。でも、何か嬉しいかも」
ふんわりとした笑顔が陽光に照らされて眩しい。
その笑顔を見るためなら、わたしは何だってできる。
「行こうか」
「うん」
二人並んで、教室から出ていく。
また過ぎる一日を重ねる。
◆
教室を出た途端、残暑を感じた。
わたしという存在全部に熱気が覆い被さってきて、滅茶苦茶暑い。
少し気を抜けば大粒の汗が流れ落ちそうな具合だが、そこらへんは1人のレディとして
考えたくもないので思考から外す。
遠くから蝉の合唱が聞こえてくる。吹き付ける風はまだ熱を帯びている。
でこぼこした坂を下る、人通りの少ない路地には寂れた空気が漂う。
季節の移ろいを感じるままに、わたしたちは歩く。
当てもない、これと言って目的地も。
あと何回、この夏を触れるだろう。
「あっちーね」
「屋外に出たくないんすけど」
口では文句を言っても、わたしは決して不満に思っているとかそんなことはない。
だってデートだよ、デート。一緒に出かけるんだよ?
青春は今しか無いとか、失ったものは戻らないとか、人生を経験したような口振りで語る大人に、わたしたちは近づいている。
無限の時を生きているようでいて、この生活には終わりがある。
いつか訪れる青春の終わり。
その時が例え来たとしても−−−−−水無月はわたしの隣にいるだろうか。
「確か近くにお洒落な喫茶店があったよね」
「優雅にコーヒーカップ傾けるなんて柄じゃないね」
「もう少し先にはコンビニがあるよ」
「デートがコンビニってすごく悲しい」
わたしが何気なしにそう言うと、水無月は驚いたようにわたしの顔を覗き込む。
うわ、顔が近いよ。
もうとっくに見慣れたはずの大きい目がわたしだけを見つめていて、
形の良い耳はわたしの声だけを聞いている。
あー顔が綺麗だなー、羨ましいな。
頬が上気する。身体が火照る。奥底からやって来た熱がわたしを焦がす。
でも、これは別にどきどきしているとかそんなんじゃなく、
暑いだけだ。多分。
「デートかぁ。考えたこともなかった」
「え。わたしたち付き合っているんだよ、ね」
「そう。付き合ってる。でも、親友からスタートしたから実感湧かない」
「ひでえ」
口ではわたしもそう言ったけれど、内心じゃ同感だった。
ついこの間までは親友だったはずで、付き合う過程で友人関係が消え、代わりに恋人に。
もとから仲は良かった訳で、距離感みたいなものも皆無に等しい。
ゼロにゼロを足して引いてもゼロのままなように、距離感も変わらない。
外見だって変わらないし、仲の良さも変わらない。
じゃあ、何が変わったんだろう?
毎日何かは変わる。
気づく気づかないに関わらず、変化しないものはなく、わたしたちも例外ではない。
それでも、でも――
「でも、水無月はわたしが好き、なんでしょ」
「ちぇー。良く恥ずかしいこと言えるね。まあ、好きだよ?あんたのこと」
どちらからともなく指を絡める。
手のひらに生まれたわたしのものではない熱が、わたしを茹でる。
今はまだ、指を絡めるだけだけど、絡めるものも、変わったりするのかな。
そんな日が来ることを、小さく祈っておく。
◆
結論から言って、お外で遊ぼう計画は早々におじゃんになった。
暑くて限界だった。
そう水無月に言ったら、軟弱だと言われた。
結局わたしの家に来てるお前に、言われたくはないね。
両親は共働きで夜遅いので、ひとまずの心配はない。
いや何を心配するかと言われても上手く説明できないけど。
両親からすればわたしたちは親友で、よもや付き合ってると思いもしないだろう。
だけどどちらかが男だと簡単に家に連れてもこれない訳で、得だ。
「あっちーね」
「こうも暑いと何もしたくないね」
「何を言うか水無月くん」
「だらー」
そんな擬音を立て、わたしの部屋に寝転がる。制服にシワが寄るんだけど気づいてないな。
それにしてもどういう神経したら人の家でぐだぐだできるんだ。
慣れかな?そりゃあ何年も前から家で遊ぶ仲だけどさ。
「あー私は軟弱者のナメクジ人間さー」
「こらこら寛ぎすぎるな」
「いやだー私はここで堕落を極めるのさ」
「冷蔵庫にアイス入ってるから食べよー」
「それを速く言いなさい」
「この変わり身の速さよ」
「アイス寄越せー」
「人に物を頼むときの言葉は?」
「アイス下さい」
「よろしい」
ひとつ頷き、冷凍庫からアイスを取ってくる。
青色だからソーダ味かな?
「はい、どうぞ」
「わーありがとー」
二人して袋を破り、とても冷たいそれを口に含む。
冷たすぎて味が良くわからない。
「生き返るぅ」
「さっきまで死んでたの?」
「あんた意外と細かいのね」
「そういう水無月は意外とおおざっぱなんだね」
「あはは」
声を立てて笑った水無月が言う。
「友達じゃわからなかった面を知れるのも−−−付き合ってるからなのかもね?」
恋愛とはそういうものか。そういうことか。
今まで知らなかった面も、まとめて好きになること。
人間は本質的に他人を知っている訳じゃないから−−−−−−−−−−。
「つまり、いつまでもあなたを好きでいられるってことね」
やや面食らった表情の水無月の手を握る。
「ちょ……、ちょっと」
「そんなんで顔を赤くしてるの?そういうところが好きなんだけど」
「ふーん」
「じゃあ、私が顔を赤くしなくなったら、お前は私を好きじゃなくなるの?」
「そんな訳ないでしょ。人間知らないところがいっぱいあるのよ。
そこをまとめて好きになる」
「ずるいんだよなー。まあ、そこが好きなんだけど」
「じゃあわたしもずるくなくなったら?」
「ばーか。どんなに変わっても、私はお前を好きでいると思うよ」
「いつまでも一緒にいようね」
「当たり前でしょ」
変わらないもの―あなたを想う気持ち。
変わったこと、友達じゃ多分出来ないこと。
「キスしよっか」
「う……うん」
唇が触れる。
ソーダの香り、夏の香りがした。
秋になり、冬が過ぎて、春を迎え、また夏がやって来ても。
あなたの隣にいられたらいいな。
「大好きだよ、水無月」
今はまだ先のことはわからない。
それでも、せめて、だから、今だけは。
このままでいさせて。
あなたの隣にいるわたしのまま。
わたしの中で、陽炎が燃え上がる。
ああこりゃ我慢できそうにないな。でも、しょうがないでしょ?
夏なんだから。暑いんだもん。
幸せの日記帳 如月射千玉 @iyuta
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