お前の含有情報量めっちゃ少ないのな

ちびまるフォイ

いつも見えているのに今はないもの

朝起きたときにはもう手遅れだった。


自分の手のひらが数字で見えている。

手ではなく、手の形に沿ったいくつもの数字だけが見える。


慌てて病院で診てもらおうかと思ったが、ケータイがわからない。


私の部屋だと思っていた場所はすでに風景が失われ数字だけで構成されている。

ベッドは数字が長方形に並んでいるものに見えるし、

床はフローリングではなく数字が敷き詰められているだけ。


「これ……かな」


スマホとおぼしき長方形の数字の塊を手に取る。

「26」と見える部分を押すと電源だったようで、長方形の数字が増える。


けれど画面に何が映っているかなんて見えない。

私に見えるのは数字だけだった。


「ダメか……もう自分でいくしかないかな……」


なんとか病院にたどり着き、人の形をした数字とすれ違いながらなんとか医者までたどり着く。

私の話をしっかり聞いたうえで医者は答えた。


「……嘘にしてはすごい症状ですね」


「嘘じゃないですよ! 今こうしている間も先生の顔ではなく

 いくつもの数字が寄り集まった丸い数字群にしか見えてないんです!」


「はぁ……僕は普通にあなたの姿が見えていますけどねぇ」


「そりゃそうでしょ! 私だけがこんな状態なんですから!!」


「しかし、そんな症状は聞いたことないですし……」


「なんとかならないんですか!?

 医者ならではのネットワークで助けてくれる人を探してください!

 このままじゃ、私は数字だけしかみえない世界で生きていくことになるんです!」


「探してはみますけど期待はしないでくださいね」


「なんですかその"行けたら行く"みたいな言い訳は」


しばらくして私のもとを訪れたのは医者ではなく鼻息荒い研究者だった。


「この世界がすべて数字で見えるって本当ですか!?」

「今、あなたには我々はただの数字群に見えているんですよね!?」

「数字の差は!? いったいいつからそうなっているんですか!」


「ちょっとこれなんですか!?」


「いやぁ、君の治療法を探しても見つからないから

 研究して治療法を確立しようと思いましてね」


「実験唐物じゃないですよ!?」

「でも治したいんでしょう」

「この人達治す気ないじゃないですか!!」


とはいえ、世界初の奇病らしき状態になった以上ため協力しないわけにはいかない。

人体実験をしないという条件をもとに様々なテストが行われた。


「どうかな? 君が覗いている顕微鏡ではなにが見える?」


「なにも……。水たまりみたいな数字しか見えません」


「数字の差は?」


「中央は大きい数になっています。輪郭線に向かうほど低い数字になっていますね」


「なるほど。君の数字視はどうやら構成されているものを数字に変換しているようだね」


「構成……? 変換……?」


「ただの水では10に見えるものが、ジュースにすると100になる。

 さらに言えば、どれだけ何が溶け込んでいるかの濃度差も数字で見えているということさ」


「それで先生の頭の上の部分の数字が人より少ないんですね」


「誰がハゲじゃい!! これは額が人より広いってだけじゃ!!!」


研究が進んだ頃には私もすっかり自分の数字視にはなれてしまった。

目が見えないわけではなく、数字で形作られただけなので不便はあまりない。

しいてあげれば、顔面は数字にしか見えないのでどんなイケメンだとしてもわからないことくらい。


「あなたが数字視のできる方ですか!

 我々はテレビ局のものです! ぜひ取材させてください!」


「え、ええ……」


取材とは名ばかりで実際にはただの霊視実験のようなものだった。


「さあ、ボールが入っている箱はどれでしょう!?」


「3番」


「お見事! すばらしい! どうしてボールの箱を当てられるのでしょうか!

 繰り返しますがこれはヤラセではありません!!」


「いや私から見れば丸見えですし……」


箱の形を作っている数字の内部に丸い球体の数字群。

ボールを箱で覆ったところで、数字に変動はないのですぐわかる。


テレビきっかけで研究者はますます集まるようになり、

能力を実験するよりも有効活用する方法を提案されるようになった。


「あ、がん細胞ここですね」


「どうしてわかったんだ!? す、すごい!」


「いや、この部分だけやたら数字の値が高くなっているんで」


普通の人には全く同じものでも、私は数字の大小の差が見えてしまう。

私自身もこの力が人のためになればと協力した。


「みなさん、この地平プレートの数字が増えています。

 近く大きな地震がくると思います。避難してください」


毎日数字に触れているとその変動にも敏感になり、

私の災害予測や天気予報は必ず的中すると評判になった。


あまりに外さない人外の力をふるい続けた結果。


「いたぞ! 魔女だ!!」


「いたっ!」


ゴツン、とこぶし大の数字をぶつけられた。

含有されている数字量から見て石だろう。


「お前、本当は自分で災害起こしてんだろ!」

「そうだ魔女め! 人間の敵だ!」

「ばあちゃんが体壊したのもお前が呪ったんだろ!」


「そんなわけ……痛っ! 痛い!」


貢献すればするほど称賛や感謝はされなくなった。

どんどん不気味に思われ、見に覚えのない中傷を受けるようになる。


外に出るのが怖くなって家にこもりがちになった。


「もう嫌……こんな能力なかったらいいのに……」


目をつむっても、まぶたは数字で変換されているので暗闇にはならない。

まぶたという数字群を突き抜けて、向こうの空間が見える。


なにもない空間には数字が見えていた。

手でつかもうとしても空を切るだけ。


「私……空気すらも数字に見えちゃってるの……?」


私の独り言も数字に変換される。

言葉に含有されている情報量が数字になった。


今までは目で見えるものが数字になって見えていただけだったのに、

数字視を捨てたいと思うほど、目で見えないものですら数字で見える。


空気も、言葉も、幽霊も数字となって見えてしまう。


私の視界にはいつも数字の海がどこまでも広がっていた。


「もう嫌! どうして! どうして私だけこんな……!」


強く自分の脳力を捨てたいと思ったそのときだった。

視線のはるか先に一瞬だけ「0」が見えた気がする。


1の位が0の数字はいくらでも見てきたのに、

「0」だけの数字は見たことがなかった。


0という"なにもない"が"ある"のが不思議だった。


「見間違いじゃない、よね……」


私はもう一度「0」を探すために外へ出た。

幽霊ですら0以上の意味のある数字で構成されているのに「0」とはなにか。


存在しているはずなのに、今はないもの。


「0って、いったいなんなの!?」


なにかの数字の1の位の部分がたまたま「0」だけに見えただけだと、

何度も見間違いだと自分を言い聞かせる理性は働いた。

それでも私は足を止めなかった。


0の正体をどうしても確かめたかった。


「0……0があった……!!」


飲まず食わずで何日も放浪した果てで、ついに0を見つけた。

数字しか見えない私にはどんなに遮蔽物があっても数字でしか見えないため透視される。

視線の先に「0」だけがあるのを見逃さなかった。


「ゼロ! ゼロがあった!!」


0にどんどん近づいてゆく。

見えているのに、今はないもの。

その正体をはやく確かめたかった。


脇目もふらず一心不乱になって0へと一直線。


これだけ探してついに見つけた「0」を逃したくない。

私は必死になって腕を伸ばした。


「0! 捕まえたぁ!!」


私はついに「0」を手に入れた。








『次のニュースです。

 数字視で知られる女性が昨日死亡しました。』

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