第19話
数日後。朝からダンジョンで魔物を狩り続けた俺は、夕方になってギルドへと戻ってきた。
「お帰りなさい、セツナ」
受付に顔を出すと、笑顔の少女が俺を出迎えた。
少しぎこちない微笑みを浮かべるのは、最近新しく入った受付嬢。アイシャとアルノーが抜けた穴を埋めるため、急遽採用された新人受付嬢だそうだ。
「ドロップアイテムの換金を頼む」
「うわぁ。今日もたくさんありますね。それにこれ、五層ボスのドロップアイテムじゃないですか。先輩が、五層到達の新記録更新だって言ってましたよ?」
「……そうか」
クラウディアと約束しているのは、超一流に上り詰めるまでの記録。このレベル帯での記録に大した意味はないが……記録だと言われて悪い気はしない。
「あっと、ごめんなさい。換金をすませちゃいますね」
考え事をしていたのを無言の催促だと思ったのか、受付嬢は急いで換金を始めた。
その後、報酬を受け取った俺は酒場へとやってくる。
奥にある四人掛けのテーブル席。俺達の指定席となりつつある席でエールを頼んでいると、蒼依と蒼二がやってきた。
蒼依と蒼二はそれぞれウェイトレスに注文をして席に着く。
「こんばんは。今日は師匠の方が早かったですね」
「ああ。ようやく五層のボスを撃破してな。今日は早めに切り上げたんだ」
「さすが師匠、もう五層のボスを撃破したのか!」
「わぁ、おめでとうございます」
蒼依と蒼二がおめでとうと言ってくれる。更には近くの席で食事をしていた冒険者までもが、お祝いの言葉を投げかけてくれる。
生まれ変わる前では想像も出来なかったような光景だ。
「ありがとう、蒼依、蒼二。それに、クラウディア。いまの俺があるのはお前達のおかげだ」
あの日、蒼依や蒼二に転生のことを聞いていなければ、クラウディアに精霊の加護をもらっていなければ、俺はいまも報われない人生を送っていただろう。
「師匠……」
二人揃って泣きそうな表情を浮かべる。
「なんだよ。どうしてそんな顔をするんだ?」
「だって、私達のせいで師匠が殺されたって、そう思ってたから」
「それはお前達の勘違いだ」
「……でも、私達があの日、師匠を誘ったから……」
「だから、いまの俺がある。俺は、どれだけ努力しても報われない人生だった。それを変えてくれたのはお前達だ。そんなお前達を恨むはずがないだろ?」
沈んだ顔の二人に笑って欲しくて、ありのままの言葉を口にした。けれど、蒼依と蒼二はやっぱり、どこか思い詰めたような表情を浮かべたままだ。
「本当にどうかしたのか?」
「実は、その……師匠。私達、明日この町を出ます」
予想もしていなかった言葉で、俺はしばらくその意味を理解できなかった。だけど、何度もその言葉を反芻して、蒼依と蒼二が二人でこの町を離れようとしているのだと理解する。
「どうして、急にそんなことを?」
「一年ほどローゼンベルク直轄領にある学園に通うことになったんです」
「学園?」
「ええ。色々な技術や知識を教えてくれる学校です」
「そう、なのか……うん。良いことだと思うぞ。よし、今日の夕飯は俺のおごりだ。二人の門出を祝わせてくれ」
少し驚いたが、蒼依や蒼二にとってはプラスになるだろう。そう思って後押しをする。
「師匠は、喜んでくれるんですか?」
「もちろん。少し寂しくはなるが、一年したらまた会えるだろ」
「――セツナ。ジークとアイシャを立て続けに失ったいま、二人にまで離れられたら寂しいって、素直に言ったらどうですか?」
非実体化しているクラウディアが語りかけてくるが、俺は無言で首を横に振った。寂しいのは事実だが、弟子はいつか旅立つもの。
成長を祝って送り出すのが師匠の務めだ。
「……実は、旅立つ前に、師匠にプレゼントがあるんです」
「プレゼントだと?」
「今日はクルルのお祭りですから。去年は失敗しちゃったから、今年こそって。蒼二と二人で用意したんです」
「そうそう。俺と蒼ねぇ、二人で用意したんだぜ」
「……去年?」
「精霊の加護の話。あれがプレゼントのつもりだったんです」
「そういえば、あの日はククルのお祭りだったな」
蒼依と蒼二が現れ、精霊の加護を得られるかもしれないと会いに来た。俺にとっては数週間前の感覚だが、今日でちょうど一年経っているらしい。
しかし……そうか、あれはククルのお祭りのプレゼントだったのか。
「なら、去年は失敗なんてしてないぞ」
「でも……」
「言っただろ、感謝しているって」
「……そうですか。なら、今年もきっと喜んでもらえると思います」
蒼依が自信満々に言い放ち、蒼二がコクコクと頷く。そして二人揃って、俺の前に一枚の書類を差し出してきた。
その文章を見て、俺は思わず息を呑んだ。
その書類の見出しは嘆願書。
被害者の蒼二と蒼依による、加害者――アイシャの減刑を訴える書類だった。
「お前達……これは」
「ギルドマスターに言っただろ? 狙われたのは自分じゃなくて、蒼二や蒼依だって」
「だから、当事者である私達が訴えたんです。アイシャには罪を償う機会を与えるべきだって。だからきっと、アイシャは死罪を免れると思いますよ」
それはそうだろう。アイシャの罪が重いのは、相手が貴族の子供だからだ。その当人達が減刑を訴えたのだから、罪は相当に軽減される。
「だが……お前達はよかったのか?」
「アルノーみたいに自分勝手な相手なら許しませんけど、アイシャは騙されていただけで、正義をおこなおうとしていた。だから許します」
「それに俺達、アイシャにはなにもされてないからさ」
「たしかにそうだが……」
それはあくまで結果論。二人はアイシャに殺されていてもおかしくはなかった。なのに、そんな風に許して良いのだろうか?
なんて思ったのだが、蒼依も蒼二も、無理をしているようには見えない。
「師匠が襲われたから、俺達は怒ってた。けど、師匠が気にしてない――って言うか」
「なんだか、アイシャのことを心配してたみたいだったので」
「だから、嘆願書を書いたんだ」
どうやら、俺の葛藤を感じ取って行動してくれたらしい。
「……まったく。最高のプレゼントだ。お前達は、よく出来た弟子だよ。ありがとう」
俺が心から礼を告げると、蒼依と蒼二は顔を見合わせてハイタッチをした。
「喜んでもらえてよかったです」
「だよな。母さんに口利きしてもらったから、効果は保証するぞ」
「――こら、蒼二っ」
蒼二の軽口を蒼依が遮る。
急にどうしたんだと考えた俺は、すぐにその意味を理解した。
「お前達、まさか学園に通うことになったのって……それが理由か?」
問いかけると、蒼二が蒼依に視線を向けた。俺も釣られて蒼依を見る。
視線を受けた蒼依は、ウェイトレスに視線を向ける。
「すみません、エールまだですか~」
「……蒼依」
「それと、おつまみもお願いします」
「……蒼依」
「あと、師匠とあたしの二人部屋も予約しておいてください~」
「……蒼依」
誤魔化し続ける蒼依の顔をじっと見つめ続ける。それでもそっぽを向いていた蒼依だが、やがて耐えきれなくなったのか、小さなため息をついた。
「交換条件に出されたのは事実です。でも、それだけじゃないですよ。エルフの里の件を聞いて、領主にも出来ないことがあるって学んだんです」
「そっぽを向いていたあいだに考えた言い訳にしてはよく出来ているな」
「嘘じゃないですよ。ねぇ、蒼二」
「ああ。それは本当だ。俺達は家を継ぐ訳じゃないから、いままでは関係ないって思ってたけど、家を継がない自分達だからこそ出来ることもあるのかなって思ったんだ」
「はぁ……なんか、急に大人びてきたな」
まだまだ子供だと思っていたのに、少し寂しく感じる。
「――なら、セツナも一緒に学園に通えば良いんじゃないですか?」
非実体化しているクラウディアがそんなことを言った。
なんだよ急に。俺にこの年で学生になれって言うのか?
「この年って、セツナは蒼依より一つ年上なだけですよ」
……なるほど。そういわれると、学生になっても何らおかしくない気はする。
だが……良いのか? 学園になんて行ったら、超一流になるまでの期間が延びる。お前との約束を果たすのが遅くなるぞ?
「そんなのまったく気にしません。セツナは間違いなく、超一流のレベルにまで最短で到達しますし、最高レベルの記録だって破るでしょう?」
それは、もちろんそうするつもりだが……
「だから……学園に通う傍ら――なんて枕詞を付けるのも、ありだと思いませんか?」
「――くくっ」
思わず声に出して笑ってしまった。
たしかにその通りだ。ただ単に記録を更新したなんて言うより、学園に通う傍ら記録を更新したという方が凄いに決まっている。
クラウディアはなかなか無茶を言うな。
「無茶、なんですか?」
ああ、無茶だ。だが無理じゃない。必ず、学園に通う傍らに記録を更新してやる。
心の中で、クラウディアとあらたな約束を交わす。
「……師匠、急に笑ったりして、どうかしたんですか?」
「いいや、なんでもない。二人とも、学園生活を頑張れよ」
いまはまだ秘密にして、入学してから驚かしてやる。
いままで報われない人生だったが、ようやく報われるようになった。せっかくのサードライフなんだ。思う存分、この人生を謳歌してやる!
おっさん冒険者のやり直し 三度目の人生で、可愛い弟子と充実した日々を送る 緋色の雨 @tsukigase_rain
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