第18話

 事件から数日経ったある日の、ギルドの地下にある留置場。俺はギルドマスターに無理を言って、アイシャに最後のお別れを告げるために面会を申し込んだ。

 ほどなく許可が下り、俺は個室でアイシャと再会する。

「……刹那、どうしてここに」

「決まっているだろ。お前に会いに来たんだ。……その首輪はどうしたんだ?」

 アイシャの細い首に、黒塗りの首輪がはまっている。


「これは奴隷の行動を制限するための首輪です」

「……あぁ、あれか。アイシャは、奴隷にされるのか?」

「まだ分かりません。ただ、私は戦闘力が高いので、それを封じるためだそうですよ」

「……そうか、また強くなっていたからな」

 エルフは人間の何倍も長生きだが、レベルアップに必要な経験値はかなり多い。この数十年、たゆまぬ努力を続けていたのだろう。


「刹那が戻ってきたとき、今度は私が護ろうって、そう思って頑張っていたんですよ?」

「そうか、頑張ったんだな。……ところで、座ったらどうだ?」

「いえ、私にそんな資格はありませんから」

「誰がそんなことを決めた。良いから座れ」

「えっと……それじゃ、はい」

 アイシャがおずおずとテーブルを挟んで向かいの席に座る。少し身体を縮めて座る姿は、なんだか小さく見える。

「色々聞いた。お前がやったのは緊急依頼のメンバーが集まらないように仕向けたことと、宿の襲撃だけ、らしいな」

「……そうです。でも、どちらも重罪です」

「そうだな」

 平民が貴族の子供を殺そうとするのは、それだけで許されざる罪となる。あの忌々しいアルノーよりもずっと重い罰が与えられるだろう。


「刹那、そんな顔をしないでください。すべては、私の弱さが招いた結果ですから」

「……そうだな」

 アイシャの言うとおりではある。

 だが、エルフとしてはまだまだ子供。そんなアイシャを一人ぼっちにしたのは俺だ。アイシャの弱さの責任が俺にないと、どうして言うことが出来る。


「なぁ……アイシャ。本当は、止めて欲しいと思ってたんじゃないのか?」

「刹那の思い違いです」

「そうは思えない」

 緊急依頼のとき、出撃の日を一日早めていれば蒼二や蒼依は死んでいたかもしれない。襲撃のとき、アイシャが得意な魔法を使っていれば結果は変わっていたかもしれない。

「私は……私は刹那が好きだった。だから、刹那の愛したローゼンベルクとの敵対に躊躇いがあった。ただ、それだけです」

「アイシャ、それは……」

「愛しています、刹那。ずっと言えなかったけど、私は貴方のことを、愛しています」

 アイシャがまっすぐに俺を見つめる。

 逃げることは許されないと、俺は視線を真正面から受け止めた。


「俺もアイシャを愛している。だが……それはたぶん、お前の愛とは違う」

 刹那にとって、アイシャは娘、もしくは歳の離れた妹のような存在だった。だから、刹那がアイシャに向けるのは、家族としての愛情。アイシャの望んでいる感情とは違う。

「すまない、アイシャ」

「いいえ、いいえ。私には、さきほどの言葉だけで十分です」

 アイシャはどこか幸せそうに微笑んで、深緑色の瞳からぽろぽろと涙をこぼした。

 そうして静かに席を立ち、アイシャは扉の前へと立った。その扉を出てしまえば、俺とアイシャはおそらく二度と会えない。

 俺は椅子を蹴立てて立ち上がる。

 だが、アイシャが止まらず、ゆっくりと扉を開け放った。

「……さようなら、刹那。もし生まれ変わることがあれば、きっと貴方に会いに行きます」

 決して叶わない約束を残して、アイシャは俺の前から姿を消した。




 あれからどれくらい経っただろう?

 面会用の個室で一人……いや、正確にはクラウディアも側にいてくれたが、彼女はなんら言葉を発することなく、静かに俺を見守っている。

 そんな訳で、気持ちの整理を付けた俺は部屋から退出する。一体いつからいたのか、そこにはギルドマスターが待ち受けていた。

「俺になにか用か?」

「セツナ、少し歩かないか?」

「そうだな。俺も少し外の空気を吸いたい気分だ」

 アンドリューと一緒にギルドの外へ、目的もなく歩き始める。

「既に耳にしているかもしれんが、アルノーが自らの罪を認めた」

「あいつは、なにをやったんだ?」

「次期ギルドマスターのアイシャを陥れるために虚偽の報告を上げたばかりか、偽名を使っていたジークを脅し、母親の治療を餌に蒼二を襲わせたそうだ。更に言えば、ジークの母親を殺したのも、アルノーの仕業だ」

「……そうか」

 俺からジークとアイシャ、大切な弟子を二人も奪った。殺してやりたいくらい憎い相手だが、俺が手を下さずとも相応の報いを受けるだろう。


「……やれやれだ。やっとギルドマスターを引退できると思ったんだがな」

「それは残念だったな」

「まったくだ。また、マスター候補を一から育て直しだ。本当に……世の中ままならないことばかりだな」

「そうだな。だが、努力でなんとか出来るうちは幸せだ。ただ運が悪いから。そんな理由だけで、努力ではどうしようもないことがたくさんあるからな」

 俺がぽつりと呟くと、アンドリューがマジマジと俺の顔を覗き込んできた。

「……なんだ?」

「いや、ずいぶんと苦労しているんだと思ってな。さすがは転生者といったところか」

「……アイシャから聞いたのか?」

「事情聴取の過程でな。わりと詳しいことまで聞いた」

「その件だが、誰にもいわない方が良い。噂を広めたら、国に介入されるぞ」

「分かっている。レベル60で転生できるなんてシステムが存在することが明るみに出たら、騒動になるのは目に見えているからな。アイシャも同じことを言っていた」

「話が早くて助かる」

 レベル60に達するのは、ごくごく一部の冒険者だけだ。

 だが、他人の手助けでレベルを上げることは可能だ。

 死を免れようとした金持ちが、どこかのダンジョンを支配。冒険者を奴隷のように戦わせ、自分が生まれ変わるための経験値を稼がせる。

 そんな悪夢のようなシナリオが現実にならないとも限らない。

 ゆえに、あの隠し部屋の存在は国によって伏せられている。蒼依や蒼二が文献を見つけたのは偶然だが、刹那が転生できたのはそれが理由だ。



 話しながら二人で歩いていると、近くの広場へとたどり着いた。おっさん二人。……いや、いまの俺は青年だが、二人並んでベンチに座る。

「……アイシャだが、領主によって直々に裁かれることになった」

「直々に、だと?」

 いくら領主の子供を殺そうとした重罪人とはいえ、非常に珍しいケースだ。

「彼女はエルフ族、先代族長の孫娘だったのだろう? それに加え、人間に陥れられたこともあり、処遇を決めるのに少し時間が掛かるだろうという見解だ」

「それは、罪を軽くするという話か?」

「いいや、アイシャの処遇に対して、エルフ族から理解を得るという話だ」

「そうか……」

 やはり、アイシャの運命は変わらないようだ。

 もっとも、本当ならとっくに首を撥(は)ねられていてもおかしくはない。そう考えれば、ずいぶんと優遇されていると言えるかもしれない。


「セツナ。アイシャの処遇について、なにか言いたいことはあるか?」

「どういう意味だ?」

「襲われた当人の訴えは、裁きの判断材料になるという意味だ」

「……そういう、ことか」

 俺は席を立ち、その場から去ろうとする。


「――セツナ! アイシャが処刑されても、お前はかまわないのか!?」

 俺は深いため息を振り返った。

「平気なはず、ないだろ」

「なら、なぜなにも言わないんだ。お前が口添えすれば、減刑できるかもしれないんだぞ!」

「アイシャは俺にとって弟子であり、歳の離れた妹のような存在だ。あいつが苦しんでいるなら、どんな手を使っても助けてやりたい」

 俺は平等主義じゃない。

 赤の他人よりも、蒼二や蒼依、アイシャの方が大切だ。アイシャを救うためなら、領主と取り引きも、すべての罪をアルノーに着せることもいとわない。

 だが――アイシャに肩入れすれば、蒼二や蒼依に理不尽を我慢させることになる。努力ではどうにもならない理不尽を、他ならぬ俺が蒼依や蒼二に押しつける。

 それだけは、絶対に出来ない。

「狙われたのは俺じゃない。蒼二と蒼依だ」

 俺はその言葉を残して、今度こそ広場から立ち去った。

 

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