第17話
太陽が真上へと昇る少し前。
俺は冒険者ギルドの隣にある酒場で遅めの朝食を取っていた。ちなみに、蒼依や蒼二は朝からどこかへ行ったようで、いまはクラウディアと二人で食べている。
「というか、クラウディアが朝食を取るって珍しいよな」
「そうですね。あたしは食事による栄養を必要としませんから。娯楽として食べるときは、夕食がほとんどですね」
「なら、いまはどうして食べてるんだ?」
「セツナが、一人で食べていたら気が滅入るかなと思って」
「……感謝する」
俺はため息交じりに言い放ち、朝食のベーコンを口に運んだ。
「クラウディアは、こんなときはどうする?」
「こんなとき、とは?」
「思考が袋小路にはまってて、凄くモヤモヤしてるときだ」
「そうですねぇ……。まったく別のことを考えて問題を先送りに。世間話でもして気を紛らわすというのはどうですか?」
「……なるほど、それは名案だ」
皮肉交じりに言い放ち、だけどその通りだとも思う。
「なら質問だ、クラウディアは食事を取らないでも平気なのはどうしてだ?」
「それ、いま聞く話ですか?」
「おい、お前が世間話でもして、気を紛らわしたらどうかって言ったんだろうが」
「分かってますよ。でも、それに付き合うとは言ってませんし?」
「お前って奴は……」
こめかみをグリグリしてやろうかと思ったが食事中なので諦めて、代わりに半眼で睨む。
「まぁ……セツナがどうしても聞きたいって言うのなら良いですよ」
「マジか?」
「えぇ、それはもう」
「なら、どうしても、だ」
「分かりました。セツナの気が滅入るような話ですけど……」
「……はい?」
「セツナがどうしてもって言うなら仕方ありませんね」
クラウディアは肩をすくめる。
「いや待て、ちょっと待て。俺の気が滅入るような話ってなんだ?」
「聞けば分かると思いますよ?」
「聞いたら手遅れになるだろうが」
「なに当たり前のことを言っているんですか。聞きたいのなら話しますし、聞きたくないのなら話しません。さぁ……どうしますか」
イタズラっぽい微笑み。どうやらからかわれているらしい。
「分かった、教えてくれ」
「良いんですか?」
「ここまで言われたら気になるだろが」
「なら答えます。精霊は加護を与えた者が得た経験値の一部を得ることで、自身の糧とするんです。いわば、精霊信仰といったところですね」
精霊は人々に加護を与え、人々は精霊に経験値を奉納する、か。なるほど、信仰というのは得てして妙だな。そのうえで、俺の気が滅入るということは……
「負荷成長の加護を与える精霊は、最近経験値が不足してるって話か?」
「ええ、その通りです。最近は負荷成長の加護を得た者が、冒険者になることを諦めるケースが増えていますから。私と同じ加護を持つ精霊は衰退しています」
「じゃあ、クラウディアも?」
「いいえ、最古の精霊である私が加護を与えるのは一人だけ。セツナが頑張ってさえくれたら、私は元気です」
つまりは、クラウディアの盛衰は俺の肩に掛かっていて、クラウディアのお仲間の衰退は、負荷成長の加護を持つ俺の今後に掛かっている。
「……たしかに気が滅入ってきた」
「あら、あたしのために最強になってくれるって言いましたよね?」
「そんなこと言ったっけ?」
「セツナ!?」
「冗談だよ」
肩をすくめてみせるが、クラウディアは疑いの眼差しを向けてくる。
「最初に転生する前、約束しただろ」
刹那はかつて、クラウディアと共に最強を目指した。だけど呪いじみた病を患い、その夢は転生によって未来へと託された。
今世で精霊の加護を授けてもらった恩もあるし、約束を違えるつもりはない。
「だったら良いですけど……約束破ったら、もう力を貸しませんからね?」
「大丈夫だって」
二人で軽口をたたき合う。
そうして気を紛らわしていると、年配の男がやって来た。初老の域に達している男だが、よく鍛えている。油断のならない気配の持ち主だ。
「セツナだな」
「そうだが……あんたは?」
「俺はアンドリュー、この町のギルドマスターをしている。昨日の件で、少し話をさせてもらいたいんだが、かまわないか?」
「内容にもよるが……そこに座ってくれ」
クラウディアに正面を開けてもらい、俺はギルドマスターと向き合う。
ギルドのマスターが直接乗り込んでくる意図が読めなくて、俺は油断なくアンドリューを観察する。こちらを見る顔は険しいが、やはりその思惑は読み取れない。
「アイシャが色々と自白したよ。だから、まずは謝罪させてくれ」
「謝罪?」
「ああ。うちのアイシャが迷惑を掛けた。ギルドを代表して謝罪する」
「……いや、こちらも誤解を招くようなことをしたからな」
「そう言ってくれると助かる」
アンドリューは深いため息を吐く。
その顔が険しく見えたのは、疲労の色が浮かんでいるからだったようだ。
「……アイシャはどうなるんだ?」
「未遂とはいえ、領主の子供を殺そうとした。彼女は処刑されるだろうな」
「そう、か……」
予想していたことではある。師匠としてなんとかしてやりたいという思いはあるが、蒼依や蒼二を危険にさらしたのも事実だ。
「……まったく。彼女にマスターの座を引き継いで、さっさと引退しようとしていたって言うのに、まさかこんなことになるとはな」
アンドリューは再びため息をつく。
「アイシャはどうして、あんなにも蒼二や蒼依を敵視していたんだ? ローゼンベルク家のことだって、昔は恨んでいなかったはずだ」
「ふむ。最近になって、誰かに吹き込まれたのかもしれないな」
アンドリューが何気ない口調で言い放つ。俺の中で、まさかという思いが膨れあがった。
「アイシャが自白したと言ったよな。ジークの母親を殺したと言っていたか?」
「いや、そんなことは聞いていないが……彼女が殺したと?」
「なら、蒼二を殺すように、誰かに依頼したことは?」
「それも聞いていない。アイシャが自白したのは、緊急依頼で他の町への救援要請を遅らせたことと、昨日襲撃を掛けたことだけだ」
「……やっぱりか」
俺は大きな勘違いをしていた。
「おい、なにがやっぱりなんだ? どういうことか説明しろ。なぜそんなことを聞く。アイシャは、そんなことまでやらかしているのか?」
アンドリューが詰め寄ってくる。
「いや、アイシャじゃない」
「そうですね。アイシャはジークが殺された理由を誤解していましたから」
俺の否定に、クラウディアが賛同する。その内容を聞いた瞬間、俺の中でバラバラだったパーツが組み上がっていく。
「そうだ、クラウディアの言うとおりだ! もしジークを雇ったのがアイシャなら、あんな誤解はしない。ジークを雇ったのが第三者である証だ」
「ですが、無関係じゃないはずです」
「なのにアイシャは知らなかった。知ってるのは――相手の方か」
「ジークを雇って蒼二を襲わせた相手が、アイシャを騙して蒼二を襲わせたんですね!」
クラウディアと二人で、一気に推論を組み立てる。
だけど、動機と容疑者が絞れない。
アイシャに嘘を吹き込むことの出来る立場で、蒼二の命を狙う人物。
蒼依の命を狙う人物はいまのところ分からない。
ただ、嘘を吹き込めるという意味では、アンドリューが該当するが……ギルドマスターをアイシャに引き継ごうとしていたのが本当なら、アイシャを騙す理由がない。
それとも、実はアイシャにギルドマスターの座を譲りたくなかった?
「おいおい、今度は俺の顔をじっと見てだんまりか? 話をするつもりがないのなら、ギルドに戻らせてもらうぞ? アイシャがいなくなったから、代わりの奴を選出しなきゃならん」
アンドリューがため息交じりに言い放つ。それを聞いた瞬間、俺とクラウディアは思わず顔を見合わせた。
「「標的は――蒼二じゃない!」」
ギルドの会議室に俺とギルドマスターは並んで席に着き、ある男が来るのを待っていた。
ほどなく扉がノックされて、その男――アルノーが姿を現す。
「お呼びだと聞きました。もしかして、ギルドマスター引き継ぎの件でしょうか?」
「その前に少し話があってな。ひとまずそこに座れ」
「ええ、それでは失礼して」
アルノーは俺達の向かいの席に腰を下ろす。アンドリューの隣に俺がいることに気付いてなにか言いたげな顔をしたが、結局はなにも口にしなかった。
「アルノー、アイシャのことは聞いているか?」
「ええ、もちろん。朝からギルドは噂で持ちきりですよ。まさか、彼女があんな大それたことをするなんて……本当に残念です」
「あぁ、俺もとても残念だ。まさか、お前がアイシャを唆していた、なんてな」
「……は? え? な、なにを言うんですか?」
バッと顔を上げたアルノーは、信じられないと目を見開く。
「俺も不思議だったんだ。なぜ優秀なアイシャが、蒼二や蒼依、それにローゼンベルク家のことだけ、あんなデマを信じ込んでいたのか――ってな。お前が吹き込んだんだろう?」
「な、なにを言うんですか。私はそんなことをしていません」
アルノーは心外だとばかりに目を見開く。
「なら、一昨日の夜はどこでなにをしていた?」
「一昨日の夜なら、遅くまでギルドで仕事をしていました」
「嘘をつくな。お前が途中で外出するのを見た者がいる」
アンドリューが身を乗り出し、アルノーの顔を覗き込んだ。その視線から逃れるようにアルノーは視線を彷徨わせ……やがてこくりと頷く。
「……ええ、白状します。実は買い物に出かけました」
「なぜ嘘を吐いた」
「それは……仕事中に抜け出して買い物に行ったなんて言いたくなかったからです」
「嘘だな。本当はジェイクの家に行き、母親を殺したんじゃないか? 殺人現場から立ち去る、赤いローブを着た男を見たという証言があったぞ。お前のことだろう?」
「そんなまさか、他人ですよ。なぜ私がそんなことをしなくてはいけないんですか」
「それはこっちが聞きたい。なぜジェイクの母親を殺した? ジェイクが蒼二を襲撃したのと、なにか関係があるのか?」
「なんのことか解りかねます」
人を食ったような笑みを浮かべる。完全に惚けているようだ。
「……そうか、ひとまずはそういうことにしてやろう。だが、虚実を吹き込んだな? アイシャ本人から確認した。蒼二達の件はお前から聞いた、と」
「私はそんなことを言っていません。……似たようなことは言ったかもしれませんが、彼女が曲解しただけでしょう。というか、もしそうだとして、なんの問題が?」
「たしかに、偽情報を掴ませたくらいでは罪にならないな」
アンドリューが静かな口調で答える。
その瞬間、アルノーの顔に安堵の上々が浮かんだ。
「――だが、お前は次期ギルドマスターの候補に入っていない」
「なぜですか!?」
油断したところへの一撃。アルノーの顔が真っ赤に染まった。
「お前には冷静さが足りない。だから、ギルドマスターになる資格はない」
「冷静さが足りないだと!? だったら、アイシャはどうなる! あいつは偽情報に踊らされ、犯罪を犯した。そもそも、人間ですらないではないか!」
アルノーは机に手をついて怒鳴り散らす。
「彼女はエルフだが、優秀な職員だ」
「優秀? 男にちやほやされているだけだ!」
「つまり、お前の方が仕事が出来ると?」
「そうだっ!」
「外見だけで優遇される、人間ですらない彼女が許せない?」
「そうだっ!」
「だから陥れた?」
「そうだっ!」
「……ほう?」
「あぁいや、いまのは、その……」
「――拘束しろ」
外で待機していたギルド職員が部屋になだれ込んできて、アルノーを拘束する。
「は、放せ! お前達なにをする! 私は次期マスターのアルノーだぞっ!?」
「くっ、暴れるなっ、大人しくしろっ!」
「えぇいっ、やめろ! マ、マスターっ、お聞きください! 私はなにも間違ったことなんてしてません! ただ、無能なアイシャを排除しただけで、私は悪くない!」
「連れて行け」
「ぐっ、この無能っ。私がどれだけ優秀かお前は分かってない! 後悔させてやる! お前も、アイシャのように、必ず後悔させてやる!」
アルノーはギルド中に響くような声で喚き散らしながら、どこかへと連行されていく。
俺は現実から目をそらし、小さな窓の外に広がる光景を見上げる。大小様々な雲に覆われた空の隙間から、穏やかな光が降り注いでいる。
わずかに滲み始めた空を、俺は無言で見上げ続けた。
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