第36話 失踪事件ご
面接をしていた事務所らしき小部屋を出て細い通路をスタスタと翼が前を行く。
そして思い出したようにちらりと振り返ってまた歩き出した。
そしてキッチンを抜けて店のホールへと出た。
まだ開店前のホストクラブはガランとしていて重厚なソファーと夜にはつくであろうド派手なライトも今はついてなく、寂しい有り様だった。
数人のホストが店内を掃除している。
「ここがホール、今日はヘルプについてもらうから。お客様が来たらまずお手拭きお出しして…」
と翼がどんどん説明をする。
「ってな感じで、ヘマすんなよ。」
翼は感じの悪い最後で言葉を締める。
「後は店の掃除でもしとけ。」
そう言って店内を掃除している数名の方へ呼びかけた。
「今日からこいつら入るから掃除でもさせといて。」
それだけ言うと翼はズカズカと奥の方へ戻っていってしまった。
「…九条さんどうします?」
「掃除するしかないでしょ。」
そう言って柔和そうな笑顔を作り彼らの方へ近づいた。
「今日から入ります、晴海と天です。お願いします。」
九条に続いて門叶も頭を下げる。
一人の年長らしい男が二人に声をかけた。
「お前ら入店経験者か?」
「はい。」と九条が頷く。
「ならキッチンのグラス磨いといてくれ。」
そう言ってもと来た方を指す。
「洗い場につみあがっているから。」
二人は言われたとおりに洗い場へ向かった。
グラスを黙々と磨きながら門叶が九条に尋ねた。
「僕、ホストクラブ来たことないんですけど…結局何すればいいんですか?」
九条は笑いながら答えた。
「とりあえず、ヘルプっていうのは指名されたホストがいない間に場をつなぐ役割。普通にお酒作ってお話聞いてをしてればいいんだよ。」
それでも腑に落ちない顔の門叶を眺めて九条が言った。
「飲み会の烏丸さんとか空さんを相手にしていると思えばいいよ。お酒は強かったよね?」
「…まあ。そこそこですね。」
そう門叶は答えた後、彼の顔は疑いの表情に変わった。
「…九条なんでそんなに詳しいんですか?やっぱり前職ホストですか?」
その言葉をまるで聞こえていないかの様に腹の立つ笑みを浮かべて九条が言う。
「えー違うよー。」
先輩でなければ蹴り飛ばしたくなるような苛立ちを門叶は必死に抑えた。
「まあ、天は顔がいいんだし礼儀正しいしニコニコしてればお客さんに嫌われはしないと思うよ。」
日が傾いてポツポツとネオンがに明かりが灯り始める。
kidsには既に客で賑わっていた。
人間の喧騒とシャンパンのコールの声が店内に響いている。
九条と門叶は二人である女性客についていた。
「えーー?翼は???」
甲高い管を巻くような女性の声が二人に当てられた。
「申し訳ありません。」
門叶が答える。
「お酒どうぞ。」
と九条が女性にグラスを渡した。
女性は九条の顔と門叶の顔を凝視しして言う。
「よく見るとあんたらの顔いいわね。」
「よく言われます。」
と人当たりの良い顔で九条が微笑んだ。
その答えに女性は豪快に笑う。
「そりゃ、そうだわ。ホストなんかやってたら言われるわ。」
ひとしきり笑って酒の入ったグラスを揺らしながら女性は言った。
「あんたらそれ飲んでも良いわよ。あんたらのこと気に入ったわ。」
「頂きます。」
と門叶が二人分の酒を作ってそのうち一つを九条に渡した。
「あんたらルーキーだっわよね?中々肝座っているけど別の店で働いていたの?」
彼女は黒いドレスに包まれた足を組み換え、髪をかきあげた。
九条は遠くを見つめる様に視線をずらした。
そして微笑みながら「んーん。」と小さく答えた。
その笑みで赤面しない女性はいないのではないかと思うほどに儚く、美しく咲いていた。
(先輩が女性口説いているところを見たい後輩なんていないと思うんだよな…。)
と門叶は心の中で呟いた。
見慣れた門叶には作り物だとわかる顔でも彼女には随分の効果があったらしい。
九条の顔を紅潮させた面持ちで見入り、彼女の手からグラスが滑り落ちる。
「っあ!!」
そのグラスを九条がさっとキャッチした。
「セーフ。酔っ払っちゃいました?」
女性の顔を覗き込むように上目遣いで九条が尋ねる。
「っええ…。」
女性にはさっきまでのような余裕のある笑みは消えていた。
(…落ちたな。)
門叶は心の中で女性にお悔やみを言う。
なにせ、九条に恋をしてろくなことがあるわけないからだ。
そう思いながらも門叶はお冷を女性に渡した。
「お冷どうぞ。」
これも随分な援護射撃になったのであろう。
彼女は近くのボーイに二人を指名するから翼は来なくて良いと言っていた。
年々歳々 削り節 @nyaaaa2222
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