第35話 失踪事件よん

歌舞伎町外れの5階建てのアパートに彼女は住んでいた。


彼女の本名は岡本鼎、25歳。


彼女は店の看板ではなかったが固定の客が多く、店の金を盗むほど困っているようには見えなかったらしい。


その実態とは裏腹に彼女の部屋には何もなかった。


辛うじて家具はあるもののドレスやプレゼントの類はほとんどない。


そして、買取店の領収書が大量にあった。


ほとんど売り払ってしまったみたいだ。


「彼女、本当にお金に困っていたみたいですね。」


「そうだね。」と言いながら九条はゴミ箱を漁っていた。


「九条さん、女性の部屋のゴミ箱漁っちゃ駄目ですよ。」


門叶が九条を嗜める。


そんな言葉には耳を貸さずに九条はゴミ箱をひっくり返した。


「あ、あった!」


九条は1つの紙切れを手にとっていた。


「…それなんですか?」


「お店の領収書。買取店の領収書とっておいてあるなら貰ってはいるかなって思ったんだけど。」


そう言ってその紙を門叶に渡した。


「店名書いてあるでしょ、住所も。」


確かに書いてあった。


「これでお店わかりますよ!」


門叶が感嘆の声を上げた。

九条はしたり顔で鼻を鳴らす。


「今から行きますか?」


月城が言う。


「とりあえず、本部戻って会議かな。」


そう言って九条は散らかしたゴミをゴミ箱に戻した。



「結構、愉快なことになっているね。」


唯月が興味深そうに言った。


「それどころじゃないですよ。唯月さん」


月城が困ったように言った。


「問題のホストを問い詰めてもしら切られるに決まっています。」


かなちゃんの部屋にあった領収書のホストクラブ『kid』のナンバー1の名前が翼であった。


「まあ、そうだろうね。」


「…どうにかして近づかないと。」


そう言う門叶の呟きに鼓が名案と机を叩いた。


「あんたらホストやんなさいよ。特にそこの二人。」


そう言って門叶と九条の方を指差した。


「あんたら『kid』にホストとして潜入しなさいよ。あんたらの顔なら余裕よ。特に九条。」


そう言いながら九条のおでこを人差し指でグリグリする。


「あんたの歯の浮く言葉が生きる時よ。」


九条は心外そうにわざとらしく悲しい顔を作った。


「昼間も柊平くんと天くんに『最低』って言われたんですよ?私、傷ついちゃいました。」


鼓が月城と門叶の方を見る。

月城は昼間の九条の態度を説明した。

それを聞くと鼓はドン引きした声で言った。


「うわぁ、最低。」


烏丸も笑いながら同調する。


「九条、最低!」


九条はわざとらしく困り顔をしてみせた。

そんな九条に鼓が言う。


「やっぱあんたにあってるわよ。やりなさいよ?上司命令よ。」


鼓が1係の係長の権力を全力で行使する。

九条は不満そうに唇を尖らせた。


「わかりましたよ。代わりに天くんも一緒だからね。」


そう言って天の腕をとった。


「君も一緒に最低男だからね。」


門叶のうで握る強さから絶対に離さない意思が伝わる。

門叶は大きなため息をついて「はい。」と返事をした。



ホストクラブ『kid』には二人の男が来ていた。

どちらも長身で、一人は色の薄い長髪を高めに結び、もう一人は耳にピアスがみえた。


「えっと、入店希望者でいいのかな?」


店長と名乗った男が二人に尋ねる。

二人が頷いた。


(…顔も申し分ない。)


「よし、採用。」


面接と呼んでいいのかわからないほどの短時間で雇用が決定された。


「二人とも入店経験は?」

彼らは「あります。」と答えた。

もちろん二人にはホストクラブで働いた経験などあるはずがない。

しかし、「経験者」としておけばその日から接客に入れる可能性が出てくるそうゆう作戦だろう。


「じゃあ、今日から入れるね。まず適当にヘルプいれるから上手くやってね。」


そう言って一人の男を呼んだ。


「翼、面倒みてやって。」


翼と呼ばれた彼は面倒くさそうにゆっくりと九条たちの前に立った。

そして見下したように見下ろし小さくため息をつく。


「俺がですか?」


そう言ってあたりを見回して言う。


「もっと暇そうな奴らいるでしょ。俺、忙しいんですけど。」


怠そうに店長に言う。

店長は「わかってるけど、教育係頼めそうな子今いないんだよー。」

翼の前に手を合わせて頼む仕草を見せた。

諦めた風に翼は舌打ちをして九条達に顎でついて来るように示した。

潜入成功である。

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