Ⅳ 二十歳 ~澄んだものは過たず色に染まる~

 あの後、私は霞がかかったような頭のまま家に帰った。

 母さんは私のことをこっぴどく叱りつけた……らしい。涙を流しながら上の空で謝る私を見て叱るのをやめ、その後は何かにつけ甘やかすようになった。躾が厳しすぎたか何かと勘違いしたのかも知れない。


 次の日、ずっと気になっていた山木君が告白してきたのには驚いた。

 文化祭で合唱を聞いて、一言二言話しただけなのに。「昨日から急に気になりだして、居ても立ってもいられなくなった」だって。私がぼーっとしてる内に何かが降りてきたのかも知れないな。


 付き合い始めた頃から、下校途中に商店街を通るのが日課になっていた。前はこんなに行かなかった筈なのに、気がつくと商店街へ足が向いている。おかげで商店街のことは誰よりも詳しくなってしまった。


(なんで?)


 山木君とは一年くらい付き合った。喧嘩とかはしなかったんだけど自然消滅って感じ。最後は「別れようか」「うん」みたいに肩書きがなくなった。

 後で友だちに聞いた話によると、「ソラが紫の紙切れを持ってフラフラと商店街に行くのが怖かった」だって。

 何それ、失礼なの。この紫のカードは、いつの間にか制服の胸ポケットに入っていて、それからずっと私の大切な宝物なんだから。


(なんで?)


 大学は、自宅から電車で一時間くらいの所に何とか入学できた。

 帰り道はやっぱり商店街を通ってしまう。そんな何でもない日々の繰り返し。


(なんで?)


 ふと手を見ると、いつの間にか薄紫のカードを掴んでいた。しわくちゃになったカードには何も書かれてはいない。


「なんで?」


 心に湧いた疑問を口にする。

 何かのスイッチが入ったかのように、目から涙が溢れ、頬を伝った。


「なんで? なんで? なんで⁉」


 壊れたレコードのように、同じ言葉を繰り返した。

 ぽたぽたっと、カードに涙が落ちる。

 じんわりと涙を吸うカードに、ゆらゆらと文字が浮かんだ。


『お幸せに』


 違う!

 私が本当に欲しかったのは――


 ふと顔を上げると、空き店舗のシャッターの前にぼやけた人影が。

 慌てて涙を拭って凝視する。

 いない。

 また涙があふれてくる。

 人影が水膜の向こうに揺らめく。

 紫と見紛う黒髪。黒いワンピース。

 私……あの人知ってる!

 突然、

 目をぎゅっと瞑り、人影に向かってダッシュする。多分道行く人が肩にぶつかり、背後から罵声が浴びせられる。でもそんなのどうでもいい。

 両手を広げてダイブ。

 シャッターに激突して大けがしてもかまわない。


 でも、そうはならなかった。


「わっ、とと……」


 私の身は、なぜか懐かしさを感じる声と、柔らかい感触に受け止められた。

 怖々目を開く。

 黒いワンピースの胸に優しく包まれていた。

 見上げれば、藤色の目を見開いた黒髪の女の人。

 知ってる。

 知ってる。

 知ってる――

 女の人が口を開く。


「ソラ……?」


 心を揺らすその声色を聞いた瞬間、忘れていた――いや、隠されていた思い出が、まるでドミノのように雪崩を打って脳内で光り輝き始めた。


「ユカリ、ユカリ、ユカリ!」

「あーあ。まさか、魔女の呪いを破っちゃうなんてね」


 困ったように微笑むユカリを凝視する。焼き付けるように。二度と消えないように。


「もう、離れないから! ずっと一緒に……ッ!」


 ユカリの指が、私の髪をく。


「こんなに私のこと追ってくれて、嬉しい」

 耳元に唇が寄せられるのがわかる。妖しい囁きが鼓膜に忍び込んでくる。


「ソラ……私とずっと一緒にいるってことがどういうことか、わかってるよね。それでも一緒にいてくれるの?」


 その問いの答えは、私にとって至極当然のこと。

 迷わず――

 それでいて決して間違えないよう慎重に――

 私は頷いた。





 その夜、二人の魔女が街から消えた。

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魔女は絶滅するさだめ 近藤銀竹 @-459fahrenheit

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