009 生きている価値はありますか
「はい、終わり。」
工場の敷地内にある施設のどこかで、
「ほい、さて行きますか」
作業を終えた火神は両手にスナイパーライフルを持ち、後ろを振り向いたそのとき、
「え」
全身真っ黒のスーツを着た人物が左腕に刃物を持って立っていた。彼は今回のターゲットである人物。交戦中に狙撃で仕留める予定だったが、ここで出くわしてしまう。
「やべっ」
火神はバックステップで後ろに下がり、彼にスナイパーライフルを向けて撃とうとするが、それよりも早く相手は左腕に装備したブレイドでスナイパーライフルを切断する。真っ二つになった銃身が床に落ちる。
「っ・・・」
これで銃が使えない。火神は拳銃などの他の武器を所持しておらず、相手の左腕の装備から銃口のようなものが見えた。素手による格闘戦でこの場を切り抜けようと考えたが、銃が使える相手にそれは流石にリスクが高い。
(あぁ、くっそ。やっちまった。というか)
「何でお前俺がここにいるのがわかった?」
火神はブレイドの刃先をこちらに向けている彼に問いかける。
「・・・」
返事は返ってこない。
「無視かよ・・・。はいはい、さて」
(どうするこの状況)
真っ二つになった銃を床に投げ捨て、両手を挙げている目の前の男性に
(前に自分がロボットを止めた場所に続けて、ロボットが現れた。これはただの偶然かもしれないけど、何か自分に関係のあることかもしれないとも思った。それなら、相手は何をしたいのか考えた。おびき出して偵察とか、最悪命を奪いに来たのか。だから、この工場内をくまなく探し回ったら、この人がいた)
男性が反抗しないよう、彼に向けて《エラビレラ・アニゼコ》の空気銃の銃口をチラつかせる。
(誰もいない工場で、ロボットのいるタイミングで銃を持ってここにいるってことは、絶対あのロボットの関係者だよな。とりあえず拘束して・・・)
そう思ったとき、紫夜は目の前の男性に話しかけられる。
「お前、装備からして警察じゃねぇよな。そんな装備見たことない。ひょっとして民間人か?」
「・・・」
紫夜はだんまりを決め込む。相手に情報は絶対に与えたくない。
「あー、教えてくんないの。あっそ」
紫夜は彼が話している間にベルトに付いているケースからワイヤーを取り出した。これで男性を拘束する。
(この人を
ワイヤーを手にした紫夜は男性に近づく。
「手錠じゃないってことはマジで民間人か。はぁ、お縄入りか。まぁ、やることやったしなぁ」
紫夜は男性の両手を掴むと、ワイヤーで括り付けていく。
「気になってたんだけど、なんでこんなことしてんだ? しかも無力化した個体の装備をパクって」
「・・・」
「まぁ、いいけど。俺の命もここで終わりかぁ。なんか死にたくねぇな」
紫夜は彼の命を奪うことまでは考えていない。だが、最後の言葉が頭に引っ掛かる。
(今までこの人はロボットを自爆させて、人を殺していたかもしれないのに、なんてことを勝手なことを言ってるんだ)
「人のために役立っていると錯覚しているただの手足どもと違って、目を覚まして自覚のある俺はまだ生きている価値あると思うんだよな。死んでいった警察よりも俺ってまだっていうか、ずっと生かしておく価値ない?」
紫夜は彼に怒りを覚える。
(人々を守るためにあの場に来て、ロボットと引き換えに命を失うことになってしまった人たちを何でこんな風に言えるんだ。それに自分をまるで価値のある人間のように!)
ワイヤーを持つ手の力が不意に強くなる。男性は一瞬痛そうな表情を見せる。
「いたっ。なに? 今言ったことに動揺でもしてる? ふっ、まぁ、警察官っていうかほとんどのやつは生きてても死んでも別にどうでもいいだろ。大体の人間は死んでも、この世界にほとんど影響ないし、それ以前に別に生まれてこなくても誰かがそいつの代わりを努めてるだろうし。それにさ、誰かの死が生き残っている誰かの心の傷になっても、世界に何も影響もないんだよ。」
「・・・」
「それに人間って普段見えないだけで、ほとんどのやつ気持ち悪いぞ。なんでこいつ生きてるんだってレベルで。生きてる価値なんかねぇよ」
「・・・」
「お前、多分手口からしても死人出さないためにこんなことしてんだよな。なら、近いうち人間嫌いになって続けられなくなると思うぞ。その前に俺らにやられると思うけどな」
黙って男性の話を聞いていたが、もうこれ以上話を聞いていると自分がおかしくなりそうだった。腕を縛り終え、次は足を拘束しようとベルトのケースの中からワイヤーを取り出すために腰へ手を伸ばしたそのとき、ドォーンと外から大きな音が聞こえる。一度ではない。一定の間隔で何度も聞こえてくる。
「あー、あの装備止めなかったのか」
「?」
「あの槍みたいなのを内蔵した装備、バタリングラムっていうらしいんだけどさ。あれは大砲とか他の装備と違ってロボット本体から切り離されても、電源が内蔵されて動くようになってるの。今の感じからして、あの装備どっかぶっ壊したり、跳ね回ってるんじゃねぇのかな」
男性はどこか余裕な雰囲気を出しながす。
「あれを止めないと大変なことになっちまうぞ。もし爆発物にでも辺りでもしたら・・・。一刻も早く向かわなきゃいけないんじゃねぇの?」
外からまたドォーンと音が聞こえてくる。何かにぶつかったのか壊したのか警報が敷地内に鳴り響く。
(この人の言ってることは間違ってない。あの装備は見た目や機能からして、そんなことを起こしかねない。現にあんな大きな音がする。なら、そのバタリングラムとやらを早く止めなきゃいけない。じゃないと、ガス工場だ。大規模な爆発事故が起きかねない)
だが、紫夜には一つ不安があった。
(この人、拘束したとはいえ、ここから離れていいのか・・・)
男性は紫夜の方を見て、不気味な笑みを浮かべる。
(いや、バタリングラムが最優先だ。いつ大爆発が起きておかしくないんだ)
紫夜は目の前の男性をそのままにして、施設の外へ走る。そのバタリングラムとやらの音のする方へ。
工場の敷地内を駆けまわる紫夜。背部のレールガン《ピストラ》はパージしたままその場に置いてきており、背中が軽く、さきほどより軽快に敷地内を走ることが出来た。ドォーン、ドォーンという音が聞こえる。もう近くだ。
(あれか)
紫夜は先ほど男性が話していた槍のようなものが内蔵されている装備、バタリングラムが宙を舞っているのを目にする。エンジンのようなものから勢いよく先端が槍の形をしている巨大な
(どうする。着地するタイミングを狙って、あの装備の電源を破壊するか)
バタリングラムが宙を舞う。紫夜は着地地点を軌道から推測すると、《エラビレラ・アニゼコ》からブレイドを展開する。バタリングラムは勢いよく地面に着地し、瓦礫をまき散らし、煙をあげたが、それに臆せず、紫夜は着地地点に飛び込み、バタリングラムのエンジン部を抱え込むと、エンジン部にあった隙間に振動させたブレイドを差し込む。だが、電源は止まらない。
(これじゃダメか。なら、エンジン部のカバーを切り取って、電源を露出させて直接破壊する!)
そのままエンジン部を覆うカバーを切り取ろうとしたが、バタリングラムの槌が奥まで引っ込み、撃ちだされる。その衝撃で紫夜はバタリングラムから吹き飛ばされた。地面を転がる紫夜。上を見上げて、バタリングラムの軌道から次の着地点を予測する。
(ん? この軌道は。ちょっと待て!)
飛んでいく方向は近くにあったガスタンク。当たれば周囲は大惨事だ。紫夜は近くにある足場に乗ると、宙を舞うバタリングラムに向かってジャンプする。足場から飛び立った紫夜は空中でバタリングラムにぶつかり、その衝撃で近くの壁に吹っ飛ばされたが、バタリングラムは紫夜がぶつかった衝撃で軌道を変えて、何もないコンクリートの地面に勢いよく落ちた。
(あっぶねぇ。早く行かなきゃ)
全身を壁に強打した痛みを無視しながら、地面に落ちたバタリングラムのもとに向かう。到着した紫夜はカバーをブレイドで切り取っていく。切れ目から太いコードが見えた。
(これって構造的に主電源のコードか。これを切り離せば止まるか)
そうしているとまたバタリングラムは槌を引っ込める。
(あ、撃ちだされる!)
槌が撃ちだされる前に紫夜はバタリングラムから離れた。槌が撃ちだされ、バタリングラムは空を飛ぶ。紫夜は軌道からすぐに着地点を予測し、その場所に目を向ける。
「あれ何だ?」
目を向けた先には懐中電灯を持った紺色の制服を纏った人物がいて、宙を舞うバタリングラムを見ている。見た目と持ち物からして恐らく警備員。警報が作動したことでここに来たのだろうか。紫夜はそんな警備員のいる場所と予測したバタリングラムの軌道を照らし合わせた
(あの人のところに落ちる!)
紫夜は全力疾走で警備員の方へ向かって走った。このままいけば、彼を着地点から引き離せる。だが、
(大体の人間は死んでも、この世界にほとんど影響ないし、それ以前に別に生まれてこなくても誰かがそいつの代わりを努めてるだろうし。それにさ、誰かの死が生き残っている誰かの心の傷になっても、世界に何も影響もないんだよ)
先ほど男性の言ったことが頭によぎり、それで紫夜の足が一瞬止まる。
(なに思い出してるんだ‼ あの人最悪死ぬのに何足止めてるんだ‼)
紫夜は止めていた足を再び動かして走り出す。一瞬止まっていたせいで、これでは警備員のもとにたどり着くのはギリギリだ。
「ん? え、あぁ・・・!」
視力が悪いのか、自分のかなり近くまで来たタイミングでバタリングラムが自分に落ちてくるのに警備員はようやく気付いたようだ。
(間に合え‼)
紫夜は警備員の近くまで来ると、彼に向かって飛び込んでいく。飛び込んだ先にいた警備員紫夜はを両手で突き飛ばした。突き飛ばされた警備員は地面に転がり、その場から離される。そして、落ちてくるバタリングラムのエンジン部が紫夜の右肩を掠める。当たったのは一瞬かつ一部だが、空中から勢いよく落ちてきた何十キロの物体が与えた衝撃は恐ろしかった。
「ぐあ‼」
思わず声が出る。イクスザラの右肩のアーマーが粉々に砕け散り、紫夜の右肩には激しい痛みを走った。飛び込んで、地面に叩きつけられた紫夜はあまりの痛みに右肩を左手で抑える。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い)
紫夜は突き飛ばした警備員の方を見た。彼はただ
(よかった。無事だった。それより)
「早く逃げて‼ こいつは危険だから‼」
紫夜は彼に向けて叫ぶ。警備員は我に返ったようにハッとすると、その場から走り出して、どこかへ行った。
(よかった。逃げてくれた)
(早く。今のうちに。もうどこを切ればいいのかはわかってる‼)
紫夜は右肩を抑えながら、バタリングラムに近づいて抱え込むと、《エラビレラ・アニゼコ》からブレイドを展開・振動させ、先ほど作った切れ目にブレイドを差し込む。
(ここだよな? 届くか)
さっき見た主電源のコードを切り裂こうとするが、上手く届かない。これを切れば恐らく止まる。だが、次の瞬間、バタリングラムの槌が引っ込む。
(くそっ、もう撃つのか。一旦離れて仕切り直して・・・)
紫夜はバタリングラムから離れようと周囲を見渡したとき、あることに気づく。
(周り、今まで以上にガスタンクだらけじゃないか)
今いる場所はガスタンクがたくさんあり、もはや
(こんなの、どの方向に飛んで行っても爆発するじゃないか。ダメだ! ここで今すぐ止めなきゃ‼)
紫夜はバタリングラムから離れず、そのまま切れ目にブレイドを差し込み続けた。あと少しで主電源のコードに届きそうだ。
(もう少し! 切れろ!)
刃先がコードに触れた。後は切り裂くだけ。振動した刃が少しずつ太さのあるコードを切り裂いていく。
(これで止まる‼)
ブチッ
主電源のコードを完全に切断した。これでバタリングラムは止まると紫夜が信じたそのとき、バタリングラムから槌が撃ちだされる。
(え、いや、飛ばすか‼)
紫夜は反射的に抱え込んでいるバタリングラムに全体重をかけた。槌が撃ちだされたバタリングラムは地面を蹴る。だが、空中に飛んで行かなかった。コンクリートの地面を削りながら思い切り滑っていく。上から体重をかけられたこと、槌を撃ちだす直前に電源が
(今の撃ちだされたパワーの感じからして、電源を絶たれたはず。もうこれで大丈夫)
紫夜は右肩を抑えながらバタリングラムを見つめる。
(この装備は今まで見たことなかった。これを解析すればまた何かわかるか)
彼はベルトのケースからワイヤーを取り出すと、動かなくなったバタリングラムに巻き付けた。紫夜はワイヤーを引っ張り、バタリングラムを引きずりながら、歩き出す。敷地内を未だ警報が鳴り響く。
(そうだ、あの人のところにいかないと。ここからまぁ近いか)
紫夜は男性がいた建物にバタリングラムを引きずりながら向かう。
(予想はしてたけど、いない)
名も知らぬ男性を拘束した部屋に着いた紫夜。だが、男性はその部屋にいなかった。
(腕しか拘束してなかったら、逃げられるよな・・・。仕方ないとはいえ、最悪だ。大きなミスだ)
自分を責めた紫夜はその部屋を後にする。
(まだ敷地内にいるか。いや、いてくれ)
建物を出た紫夜は、男性を探しつつ、戦闘中にパージして放置していたレールガン《ピストラ》を回収しに、ロボット二体と交戦していた場所に来ていた。《ピストラ》は放置したときと変わりはない。それを確認した紫夜はワイヤーを駆使して、地面に転がっている《ピストラ》を背中に再び取り付ける。
(回収完了。さて、あの人はどこにいる・・・)
そう思い、頭に敷地の全体図を頭の中に浮かべたとき、
「おい‼ 多分こっちだ‼」
聞いたことのない男性の大きな声が聞こえた。その後、複数の人の声が聞こえてくる。咄嗟に陰に隠れた紫夜は声がする方向を見た。制服姿の男性が複数見える。その中には先ほどバタリングラムの落下から助けた人もいる。
「このあたりか?」
「わからないけど、変な機械と怪しいやつがここをウロチョロしてるみたいで。しかも、こんなにここを壊してくれて」
恐らくここの警備員が集まったのだろう。見つかるわけにいかない。紫夜はバタリングラムを引きずりながら全力で走って、工場を後にする。全力で走り、一歩踏み出すごとに右肩に強い痛みが走る。
(痛い痛い痛い痛い。帰るまで耐えるんだ‼)
紫夜は誰にも見つからず、工場の敷地を出ると、工場からかなり離れた場所に停めておいた大型バイクに、ワイヤーでここまで引きずってきたバタリングラムを括り付ける。
(これで取りあえず落ちないよね)
バイクに跨り、走り出そうとしたとき、
「あいつだ‼ あいつが工場を壊したやつだ‼」
後ろから男性の声が聞こえた。チラリと後ろを向くと、複数の警備員が近づいてきていた。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい)
紫夜はバイクのエンジンを思い切り吹かして、その場を後にする。警備員たちは走って紫夜を捕らえようとするが、人間の足とバイクだ。彼らは追いつけない。
「逃げるな‼」
「派手にぶっ壊してふざけるな‼」
「俺を殺しかけるようなことしやがって、くたばれ‼」
警備員の人たちから紫夜に向けて、叫び声が放たれる。だが、紫夜はそれを無視してバイクでとにかく逃げた。
イクスザラの装備を隠している防空壕に各種装備や
(痛い痛い。これ最悪骨までいってるか・・・)
バタリングラムが当たった右肩が、とにかく痛い。こうして運転しているのがやっとだ。
(ヤバい。でも、とりあえず部屋に着くまで我慢だ)
しばらく原付を走らせてアパートの駐輪場に到着した。原付を停めると、右肩を抑えながらアパートの自室に向かう。そのとき、ふといくつかの言葉が頭によぎる。
(人間って普段見えないだけで、ほとんどのやつ気持ち悪いぞ。なんでこいつ生きてるんだってレベルで。生きてる価値なんかねぇよ)
(俺を殺しかけるようなことしやがって、くたばれ‼)
工場で会った二人の男性の放った言葉。心がモヤモヤとする。
(そうだ。助けたんだ・・・。あんなこと言われたけど、あの人は死んでいい人なんかじゃないよ。そもそも死んでいい人なんて)
そう考えていた紫夜の意識が消えていく。
次の日の朝、紫夜の部屋の隣に住む
(山海君、昨日の夜おとなしかったな。今朝も何も聞こえないし、どこかに泊ってるのかな?)
部屋を後にした優莉はしばらく歩いて、アパートの駐輪場の近くを通り過ぎようとしたとき、
「え、山海君⁉」
駐輪場のすぐそばで紫夜が倒れていた。優莉は紫夜のもとに駆け寄り、声を掛ける。
「え、え、大丈夫⁉ 起きて‼ 山海君、起きて‼」
ピアレスセイバー イクスザラ 櫻井 蓮 @sakurai_ren
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