三つのセクションによる組曲・Ⅱ(第三巻収録)


 下北沢の繁華街は、昼間でもなお雑多な雰囲気を放つ。買い物客や飲食店の店員、街をふらつく若者と、行き交う人間も様々だ。

 政治活動に勤しむ人間たちもいるが、彼らは日中の街中でも活動が許されている、正規の団体がほとんどだ。彼らが演説やチラシに用いる語句にも、過激派のような危険さはない。「造って送って撃つ」「どこかしらに陽が昇る」「明るい未来へデッパツ」といった、ありふれたものだ。

 陽が出ている時間帯は、居酒屋やナイトクラブには人の影もなく、ひっそりとしていた。「クラブ・無窮花」も普段はそうだが、今日は人の出入りがある。

 経営者であり政治団体「ムグンファ解放同盟」の代表でもあるポーロに案内され、清掃業者がぞろぞろと店内に入っていく。

「では、今日からよろしくお願いします。うちは接客業だけでなく、政治団体のベースも兼ねているので、皆さんに作業をしていただけると助かります」

「こっちこそ、仕事もらえてありがたいっすよ。俺らだって半分政治団体みたいなもんだし、ハザマさんの知り合いなら安心だ」

 清掃用具片手に、作業服姿の若者が準備に取りかかる。清掃作業にあたる人間は統一性のない外見で、力自慢の者から細身の者まで様々いる。彼らは、革新派で構成される派遣会社の社員だ。

 ポーロはかつて、同じ革新派であり派遣会社の社長であるハザマを、過激派の暴徒から救ったことがある。その縁から二人は協力関係となり、人手が必要な時は社員の派遣を依頼するようになった。社会に不満を抱く人間を集め、革新派の理想となる企業を目指したいハザマの会社と、ポーロ率いる同盟が結託した形だ。

 清掃を任された派遣社員たちは作業を始めていくが、慣れない手つきだ。しかし彼らは、ナイトクラブと政治団体の両面で、同盟に理解のある人間だ。ポーロにとっては、なまじプロの業者より信頼が置けるのだった。

「接客ホールより、裏方のほうが大変だと思います。うちの団体も、時には反乱分子の批判をするものですから。それに使った部屋が、だいぶ散らかっているんです。本来自分らでやるべきなのですが、ハザマさんが請け負うとおっしゃったので、お言葉に甘えます」

 批判という言葉は革新派にとって、粛正と同義である。ポーロ率いる同盟は、大々的かつ無差別な暴力を振るうような過激派ではない。それでも、自分たちに攻撃を仕掛ける勢力には断固として応戦する。捕らえた敵に革新派の恐ろしさを教え込むのも、ポーロにとっては決して珍しいことではなかった。

 そのための部屋の清掃など、民間の業者に任せられるはずもない。しかし、同じ革新派であるハザマの部下たちは、何の疑問も嫌悪もなく清掃を請け負ってくれる。

「ハザマさんから聞きましたよ、いつか俺らを襲ってきた過激派は、同盟の皆さんがバッチリやっつけてくれたって。……あれ、もしかして、身柄ガラもまだその部屋にあるんすか?」

 派遣社員のミツハシが話しかける。日に焼けた顔をピアスで飾り、特にいかつい見た目の男だ。それでもれっきとした会社員であり、ポーロと同じ革新派の人間だ。

「さすがに片づけました。安心してください」

「ならよかった。粛清された奴がどうなるかなんて、考えたくもねえや」

 ミツハシは冗談めかして笑った。するとその横から、青白い肌をした青年がおそるおそるポーロに訊く。

「それってもしかして……、妹さんもその場にいたんですか?」

「いや、ロジータはいませんでした。彼女も普段、ちょっとした批判の場にはいますが……。本式の批判を行うのは、私含め少数の同志だけです」

 それを聞いて、青年は胸をなでおろした。ポーロの妹であるロジータは同じく同盟に所属しているが、本当に血なまぐさい現場からはポーロが遠ざけている。あまりに彼女が若いので、兄としての配慮だった。

 すると、またミツハシが訊ねる。

「ところでその妹さん。今日はいませんね」

「今は、学校に行っています。飽きずに通っているみたいで、少し安心しているんです」

 ロジータはまだ学生だが、生活の糧を得るために自らクラブのステージに立ち、同盟の活動にも加わっている。それでも学業と両立させるために、ポーロが昼間だけ定時制高校に通わせているのだった。

 彼女はかつて、自分も同盟の活動に加わると言い、中学校すら途中で通わなくなっていた。それをポーロが頼み込む形で、定時制高校へ入学させた過去がある。ロジータは多くを語らない性格のわりに、異様な芯の強さを持った少女だ。それだけに、本当に学校が嫌であればとうに辞めているはずだとポーロは思っている。

 そもそもロジータは、ポーロ以外の人間をあまり頼ろうとしない。それでも、彼女がそれなりに変わりつつある実感も、ポーロにはある。同年代の友人を作ってほしいと、第〇楽団の団員たちと引き合わせることもできた。

 ロジータも、ゆっくりといい方向へ進み出している。ポーロはそんな気がした。

 その時ふと、外がにわかに騒がしくなった。飲食店の客寄せや政治団体の演説にしては、妙にうるさい。

 窓から外の様子を見ると、原因はすぐにわかった。柄の悪い政治団体が、ギャングの特攻服めいた衣装で街を歩いている。手に持った拡声器で、やたらに大きな声を発しているらしい。

「こちらは政治団体・全国革新思想推進検討協議促進奨励会であるッ! 保守派と中立派は直ちに、演説・ビラ頒布等の行為をやめ、即刻立ち去れッ!」

 先頭に立つ団員が、あからさまに脅すような声色で周囲に威嚇する。暴力も辞さない過激派だ。服に刺繍された「総合的な判断」「精神衛生上良くない」の文字が、さらに恐怖をあおっている。町の人間は彼らを避け、みるみるうちに屋内に引きこもっていった。さらには、街角で活動していた善良な政治団体も、恐れをなして逃げていく。

 派遣社員たちも、その様子を窓からそっと様子を眺めていた。ミツハシはあからさまに疎んじて言う。

「いやな奴らだなあ……。ポーロさん、あんなまねされちゃ、ちゃんとした団体はたまったもんじゃないっすね。夜にやれって話だよ」

「おおかた、自分たちの存在を誇示したいんです。ああすれば、普通の人たちは委縮してしまいますから」

「誇示したからって、何になるんすかね? 警察に捕まって、解散させられるのがオチなのに」

「過激派にとって、それは何の脅しにもならないのが現状です。解散処分になっても、また新しい名前で始めるだけですよ」

「俺も昔はちょっとヤンチャなこともしたっすけど、あんなのはただの向こう見ずだってのはわかりますよ」

 政治団体が乱立するダイトーアは、その分問題を起こした団体をつぶしやすい国でもある。悪質な行為に及んだ政治団体に対し、警察や政府が即刻解散を命じられる。さらにその団体の人間は今後、新たな政治団体の設立認可も受けられない。

とはいえ、過激派がそれで大人しくなるはずもない。モグリの政治団体となって、何ら変わりなく市民を恐怖に陥れていた。

 過激派たちは拡声器を最大音量にして、いっそう威嚇する。

「我々は、保守派と中立派の殲滅へ向け、徹底的にやる! 喧嘩ゴロまくんだったら、一族郎党決死の覚悟で来るべしッ!」

 過激派であることを隠そうともしない、ギャング的スラングを用いた脅し方だ。彼らは人のいなくなった道を、我が物顔で独占してしまう。拡声器を持った先頭の団員に続いて、武器を持った者たちが広く幅をとって歩いていく。鈍器を持つ者もいれば、ヌンチャクやトンファーといった妙な武器を手にへらへら笑う軽率な者もいた。

 すると、彼らが歩いてきた反対側のほうから、数台のワゴン車が大きな音を立てて走ってくる。改造したマフラーの音に、ポーロたちはまたしても柄の悪い人間の登場を予感した。

 ワゴン車は、明らかに停まる気配のない速度で近づいてくる。そしてやはり、そのスピードのまま政治団体の列に突っ込んでいった。

「ウワッ……」

「危ねえッ……」

 これにはさすがの過激派も驚いたらしい。慌てた様子で横っ飛びして、なんとか車を避ける。自転車や立て看板をなぎ倒す音と、ワゴン車のブレーキ音がけたたましく響く。

 一瞬、通りがしんと静まりかえる。何が起きたのか、政治団体の団員たちもポーロたちも理解できず、何も言えなかった。間を置いて、「何かしらが一致する」と書かれた保守派の看板が、皮肉めいてバタンと倒れる。

その時、ワゴン車の中から一斉に男たちが飛び出してくる。彼らは政治団体と同様、得物を手に武装していた。人数も政治団体より多く、二十人はいる。

「よし、やれッ」

 リーダー格のような男が叫ぶと、彼らは狙い澄ましたように過激派たちに襲いかかり、待ったなしで武器を振るっていく。不意打ちを食らう形になった過激派は、反撃ができないでいた。武器を構えて応戦しようにも、その前に攻撃を受けてしまう。

「うわ、すげえな。勇気あるぜあいつら……」

 ミツハシは感心した顔で眺めている。しかしポーロは、妙な違和感を覚えた。

「ですが、彼らは何者なんでしょう?」

 誰も知らないとは思いつつ、ポーロは訊ねてみる。いくら過激派が相手だとしても、車で突っ込んでいくあたり、少なくとも警察のするではない。

「そりゃあ、革新派とやりあってんだから、保守か中立でしょうよ。あいつらも、同じ過激派かもな……」

「ですが、政治団体にしても、服装がらしくないというか」

 ポーロは、過激派を襲う男たちの服を良く見てみる。パーカーやジャージといったラフな格好で、色も黒であったり金色の刺繍が入っていたりと、街の不良じみた風体だ。

「言われてみりゃ、その辺の不良どもと変わりませんね。昔の俺みてえだな。……でも、だからって政治団体と関係ないとは限らないっすよ」

 不良風の男たちはなおも暴れている。武器の扱いに長けているようではないが、喧嘩慣していると思わせる素早い動きだった。一人また一人と倒されるたびに、過激派たちは不利な人数で闘う羽目になり、余計に早く制圧されていく。ついには全員が倒されてしまった。

 そしてリーダー格の男は、拡声器を持った団員の首根っこを掴んで言う。

「団長はお前か」

「グッ……、なんだ貴様らッ」

 拡声器の男は抵抗するも、追い打ちのように頭を地面に押しつけられた。それでもじたばたともがいていたが、リーダー格の男に詰問される。

「質問に答えろッ 団長はお前か!」

「そうだが、だから何だ! どこの団体だッ」

「関係ねえよ、バカがッ。……お前らみてえな過激派がいるから、世の中荒れてんだッ。俺らが修正してやる!」

 拡声器の団員は、そのままワゴン車に引きずり込まれてしまった。後の団員は、倒れたまま捨て置かれている。

 不良風の男たちが再びワゴン車で引き上げようとする中、隠れていた善良な政治団体の人間がおずおずと通りに戻ってくる。その中から一人の女が、不良風の男たちへそっと頭を下げた。

「あの……、ありがとうございました」

 ごく普通に政治活動を行っていた団体からすれば、迷惑な存在を倒してくれた人間だ。不良風の男たちは少し顔を見合わせたが、無視してワゴン車に乗り込み、どこかへ去っていった。

 街の市民たちはぽかんとした表情で、何が起こったのか理解できていない様子だった。一部始終を見ていたポーロにも、どうも釈然としないものがある。

迷惑行為を働いた過激派が制圧されるのは、ダイトーアでは日常茶飯事だ。しかしそれは、警察や過激派団体と闘って制圧されるということだ。今のように不良風の集団が過激派を退治するというのは、見たためしがない。しかも彼らは、「修正」をうたっていた。

修正。ダイトーアでは、政治団体が不逞行為を正すために使う言葉ではあるが、不良には似つかわしくない。

 ――それとも不良らしいだけで、本当に政治団体なのだろうか――。ポーロがそう思ったところに、青白い肌の青年がアッと声を上げる。

「そういえば、なんか噂で聞きました。最近、柄の悪い奴らが政治団体を襲ってるって。それかもしれないですね」

 ポーロにとって、その噂は初耳だった。すぐに訊ねる。

「そうなんですか? その情報、ニュースや新聞では見ていませんが」

「人の噂で聞いただけなんで、俺もテレビで見たわけじゃないんです。それに、過激派が暴れただけのニュースなんて、別にどこにでもあるでしょうし……」

「しかし……。ギャングや不良があくどい政治団体と手を組むことはあっても、その逆、襲うというのは珍しいですね」


(ここまでで約10ページです。続きは本編で!)

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ダイトーアの歌 ジンボー・キンジ @jingboeqing

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