第4話(永遠に結びて)
ロタール殿下からプロポーズされた時はとても嬉しかった。
「文字通り永遠を生きよう。君に病める時など訪れさせない。もちろん君の意思こそが至上であるけれど、君が僕の唯一であるのは君がどんな選択をしようと変わらない」
とても嬉しく感動的な言葉であるが、妙におかしくなってしまって笑いをこらえてしまった。けれど思わず笑えてしまえるのと返事は別。答えはもちろん、
「はい。そのお言葉、何にもかえがたい喜びでございます。謹んで承りますわ、殿下」
『もちろん、あなた以外を私が選ぶわけないじゃない。これからも末永くよろしくね。そ、その、ロタール、ずっと、ずっと一緒にいようね』
『!! とうとう僕を呼び捨てで呼んでくれたね。もちろんさ、君が望むならこの星が終わるまで、いやこの世界が終わりを迎えるまで共に生きることを約束するよ』
『あ、愛が重い……。うん。夫婦になるならと思ってね。私もロタールと一緒にいられるよう精一杯努力するよ』
『あまり無理をするともたないよ、君は自然体で僕と一緒にいてくれればいい。さあ、大事な大事な誓いの口付けを』
表面上ひどくシリアスで謹厳なプロポーズとその承諾の裏、念話で小学生同士のカップルのような会話を交わしつつ私たちはくちづけを交わした。くちづけには彼の眷属になるための儀式という実質的な意味もあるのだ。
……幼い日にスライムにくちづけて従魔としたときは、あちらからくちづけがかえってくることはなかったけれど。今日この日に、愛する者とふたたび契約を結ぶ。
そういった意味を抜きにしても情熱的だった。
『さあ、これで君も僕と一緒に永遠を生きられる。もう逃げたくったって離しやしないよ』
『あなたになら捕まったって構わないわ』
人間は魔物を従魔として従えて魔力を与える。高位の魔物は自らの力と能力を共有する眷属を作り出せるが、既存の魔物を眷属として迎え入れることもできる。そして人間を眷属にできることも今日証明される。
人間と魔物は基本的には敵対関係だが、それだけではない関係をも築いてきた。今日の彼と私のプロポーズも、人間と魔物に纏わる歴史の一頁であるのかもしれない。
などと黄昏てみても、活力に満ち溢れたロタールは立ち止まりなどしないのだ。歴史が終わるときまで私と過ごす気満々のロタールはいくらでも時間があるというのに、いつでも「キラキラしたもの」を追い求めている。もちろん私がゆっくりしたいと願えば、快く一緒に休んでくれるのだが。
恐らくほとんど寝床にいることしかできなかった幼少期をとりもどすためでもあるのだろう。そんな彼のために私ははなにができるのだろうか。これから、時には目いっぱいそれを手伝い、時には力ずくでも休ませようと考えた。不老不死かつ不眠不休で動けるといっても、恐らく休息は彼にも必要だろうと思えたから。邪魔したくはないけれどね。
私の承諾の返事を聞いた彼の横顔は幸福感に満ち溢れている。まるで虹色の光を溢す満月のよう。その顔を見ているとなんだか私も幸せになってくるのだ。
ちなみに私が彼の眷属になったとて、彼自身の従魔契約――スライムからそのまま引き継がれたもの、は解除されていない。よって彼と私は文字通り互いが互いを所有しあう関係でもある。互いが互いの主となるなど、人間同士だとなかなか無い関係性ではないか?
このプロポーズまでも魔王騒ぎやら異世界からの聖女やら色々、それはもう紆余曲折に多事多難、さまざまなことがあった。結局魔王はロタールが食べてしまったし……(淀んだ魔力的なものだったらしく、お腹壊さないのと聞いたら『問題無く食べられて普通においしい』という答えが返ってきた……)
異世界からの聖女、その実ただの迷い子はこれまた紆余曲折のあげくレオナルと恋人同士になって幸せそうにしている。レオナル自身は王佐希望だからそれは絶対に叶えてあげるとして。恐らく子ができないであろう私たちカップルの代わりに彼と彼女の子が王位に就くことになるだろう。譲位までの間外見は擬態でごまかし、なるべく王位が負担にならぬようにせねばならない。安定した状態を長く維持でき、しかも王に過大な責任がのしかからぬよう少しずつ改革を進めていくことにしよう。
まあ夫である天災(もはや単なる天才とは呼べない、色々な意味で)氏ならなんとかしてしまうだろう、きっと。レオナルも有能で守られる一方ではないし、一番か弱そうに見えた聖女女史本人も、この世界の人間ではまずありえない従魔六匹同時契約能力持ちだし。
まあ先のことは今考えていてもしょうがない。もはや私自身も睡眠が必要ではない身体であるが、プロポーズで緊張したこともあり眠くなってしまった。初夜は正式な結婚式後と同意が交わされたが、今互いに一緒に眠りたいという気持ちは念話ごしに一致している。
私たちは――私はかつてスライムを抱きしめて寝たときのように、ロタールを抱きしめて、抱きしめ合って眠った。彼の身体は昔と変わらずひんやりとしている。とても良い夢がみられた。
そして私はまた夢を見る。
数多の人から祝福されて、晴れ渡った空の下パレードをした結婚式。途中夕立が降るアクシデントもあったけれど、雨上がりには虹がでて、私たちを祝福しているようだった。彼のラムネ瓶の色の虹彩に虹が閉じ込められたようで、とても美しくなぜだか胸が締め付けられるようにせつなかったことを覚えている。
戴冠式の宝冠に、ロタールがこっそり自分の身体の一部を結晶させたものをつけていたのには驚いた。ラムネ瓶の色に虹がかかった綺麗な宝石。修復だと言っていたがバレたら今でも怒られる気がする。
死を偽装して譲位したが、どうやら皆元気でやっているらしい。未だ王国に残るロタールの分身たちの様子でそれがわかる。……どうやら宝冠に仕込んだアレコレは今のところばバレてはいないようだ。
少しずつ少しずつ時間をかけて、東奔西走、右往左往しながらも憲法と議会をつくりあげてきた。明治維新を考えれば一代でなんとかならないこともないのである。もちろんアレな末路はごめんなので外交含めて各所と調製を重ね、教育も普及させていった。幸いにして人類共通の敵として魔物がいるからか、各国ともに地球に比べればはるかに純朴で優しい、そのくせ頭の良い首脳陣だった。これからも末永くやっていけることと願う。
各所にもぐりこませたロタールの分身たちはおおっぴらな活躍はしない。あくまで社会は人間が主役なのだから、良くも悪くも。(人外も表舞台で活躍できる社会には近代どころか現代、ポストモダンをも超克する社会の成熟度が必要だろう)けれど職場の同僚たちの小さな喜び悲しみによりそい、全ての技術をそっとロタール間のクラウドネットワークに蓄えて、どうしようもなく困ったこと、あるいは時の流れに失われそうな技術があったら静かに手を差し伸べるのだ。多くの場所で半ば妖精のような扱いをうけ(定期的に代替わりはさせているはずなのだが)ひそやかに今日も情報を、否、人間としての喜怒哀楽を積み重ねている。
私とロタールが現在いるのは人跡未踏のカルデラ湖。破局噴火の危険性もあったがロタールが繊細なコントロールをもってエネルギーを吸収しているため当面心配はいらないだろう。
魔物としての位階を極めたロタールは、スライムとしての身体がとても大きく膨れ上がっている。もちろん人間態の分身はいくらでも出せるので、見た目人間のままの私と行動する際にもまったく問題は無いのだが。私自身もときどき分身を使っている。
位階上昇を重ねほぼ無敵と思えるが、わざわざ騒ぎにすることはあるまい、とあちこち旅をしていた頃にみつけたここが安住の地。そもそも人類の生活圏自体から遠く離れている上に、人を拒む険しい山。その上美味しい綺麗な水、快いエネルギー源と揃っているなら移住しない理由が無い。
ひんやりとしたラムネ色の流体に頭の先から足の先まで包まれて、私は安らかな眠りをむさぼっている。時おりさわさわと、ロタールが私を撫でていく。
「ひやっ」という声の代わりに口から泡がこぼれる。
『くすぐったいよ』
と私は微笑む。陽光が翳り、また照り始め。ふと目を開く。湖の外に出した私の分身が虹をみつけた。人間様のロタールがとなりに立って空を指差している。
『綺麗ね』
『そうだね』
一呼吸おいて彼は続ける。
『君のおかげで僕は虹が好きになった。スライムを覗き込んだときに虹が見えると教えてくれて、その後も虹をつくったりしてくれて』
『懐かしいわね……でも昨日のことのようでもある。ああ、消えてしまう』
『また見よう、また一緒に』
虹は儚いものであるけれども、肩を抱きあう彼となら何度だって見られるのだろう。
そうしてまた平穏に戻り、時には人間態同士で連れ立って冒険をして。
とある辺境の村で。
「魔物退治ならこちらはそれなりにプロです。タダでは無理だが格安で引き受けましょう」
「大船に乗った気持ちでまかせておいてください」
「切り口がこんなに真っ直ぐ……」
「魔物が一瞬で丸焦げになったぞ」
「いや、まだまだ未熟な剣でお恥ずかしい」
「……あれを心底本気で言ってるから性質が悪いのよね。太刀だけに。……負傷者の方はこちらへお並びください、治療します!」
「後始末が終わったら料理の準備を引き受けよう」
「ありがとう、楽しみにしてるわ」
依存されるのはだめだけれど、彼が頼られるのが自分のことのように嬉しくて。
「すごくおいしい……、けど剣も魔法も料理もできるってお兄さんなにもの!?」
「全部一人でこなそうとおもって無理をしただけですよ、少々のズルもしてますしね」
「割と彼に関しては考えるだけ無駄よ」
「ひどいっ、僕がんばったのにちょっとその言い方は無いんじゃないっ」
彼がおどけてみせる。けが人もいたけれど、宴には明るい笑い声が弾けた。
「おじちゃん、ありがとう。バイバイ!」
「しっかり手をつないで、もう迷子になっちゃだめだぞ」
「待たせた?」
「いいや、こっちも今来たところだ」
「お互い人助けなんて難儀な性分ね」
久しぶりに入った人で満ち満ちた街、そこで互いに苦笑してみせて。
「違いない。でも悪い気持ちじゃないからな」
「そうね」
そしてまた想いは二人の間に還っていく。
『そういえば、こうなったとき、ロタールはともかくルカもアルマンもできすぎだな、なんて思ったわ』
『君の記憶の話だっけ? たしか君の前世や聖女の世界で、全ての生き物の祖先に仮定された名前に、原始生命体の生き残りかもしれない生命につけられた名前だったか』
『よく覚えていたわね、それそれ。今のあなた、たしか "アルケタイプ" というのではなかったかしら、その姿』
『 "全ての生き物の祖先" なんてしょってるよね、そんなたいそうなものになった気はしないんだけれど』
『どんな姿になってもあなたはあなただもんね』
『そうそう、どんな姿でも僕は僕』
静かな微笑が湛えられる。
本当に、彼はどれほど強大な力をもっていようがそれをむやみには振るわない。いつでも自然体にみえる。かといって難癖をつけて振るうべきときに力を振るわない冷淡な身勝手さもない。
今の彼は半ば神とも呼べそうである。けれど教義や信者に縛られることも無い。
王であった時は誠実、それらの柵から離れた後も、押しつけがましい過剰さ無く、ごく自然に他者に手を差し伸べられる人だと知っている。
そんな彼だからこそ愛した。私は彼の愛にすこしでも何かを返せただろうか?
『えーい、大好き!』
『僕もだよ!』
……難しいことを考えずとも、彼に飛びつけばいつだってひんやりした感触で受け止めてくれるのだ。
いままでも、これからも、いつまでも。ずっとずっと。
王子様がスライムと一体化したようです 有部理生 @peridot
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