奥様は最凶

達見ゆう

奥様は最凶

 リョウタは帰り道を急いでいた。


「ユウさん、もしや…… 」


 彼はいつものようにコンビニで何か必要かとLINEする。

 いつもなら「じゃあ、ついでにスーパーで特売の醤油と卵を買ってこい」「今日は花月堂の桜餅買ってこい。いいか、道明寺粉の方だ。それ以外は許さん」など即返事があるのに、今日は全く無い。


 そういえば最近、家の周辺に不審者が出ると聞いた。専業主婦など女性一人の時を狙って侵入するという厄介なタイプだ。中にはターゲットの行動パターンを観察して女性一人だと踏んで犯行に及ぶとも聞いた。


「最悪の事態になって無ければいいけど、あ、でも念の為、コンビニスイーツだけは急いで買おう」


 リョウタは慌ただしく棚から生クリームどら焼きを二個、晩酌用のチキンと惣菜も買うと自転車に乗って、スピードを上げ始めた。買わないと彼女に怒られるのだ。事態は一刻も早く家に向かわなくてはいけないのに、買い物はきっちりするのは悲しい習性とも言うべきか。


「無事だといいのだけど……」


 アパートの駐輪場に着いた。彼女の自転車はある。灯りも点いている。


 慌てて階段を登って部屋の前まで行くと明らかに様子がおかしい。何か散らばっているし、血痕もある。詳しく確認するのも時間が惜しい。真っ先にドアノブをつかむと異常なほど冷たい。文字通り凍りつくような冷たさだが気にしていられない。急いで解錠して部屋に飛び込んだ。


「ユウさんっ!!」


「おう、おかえり。リョウタ」


「あ、リョウタさん。お邪魔してます。初めまして、優花ちゃんの友達の美優と言います」


「しばらく泊めることになった。よろしくな」


「ええ、ハワイから帰ってきたら、住んでたアパートが浸水しちゃってて。そこで何故か見知らぬ人の溺死体が出てきたから住めなくなっちゃって。なるべく早く新しいアパート見つけるまでしばらくお世話になります」


「は、はあ」


 美優の挨拶の意味が飲み込めないまま、リョウタは軽く会釈する。

 ユウは友人とのんびりとお茶をしていたようだ。ほっとして、改めて玄関を見渡す。ドアノブ付近が凍っていたのか水滴が多い。廊下は改めてよく見ると、何か滑ったような跡、血痕以外に散らばっているのはモデルガン、割れたサングラス、それと白い小さな粒。屈んでよく見ると。


「BB弾とこれは歯……?」


 リョウタは冷たすぎるドアノブをハンカチで押さえて締めながらユウに尋ねた。


「ユウさん、ドアノブが凍っているのと廊下にいろいろ散らばっているのは何か関係ある?」


「ん? ああ、美優とだべってたら、ドアがガチャガチャいって開いてな。手が伸びてきたからリョウタかと思ってフロンガスを吹き付けた」


「フロンガス?? ……ってなんでそんなもの持ってるの?!」


「エアガンマニアの先輩から一式もらってな。で、フロンガスはその発射するための充填のやつ。エアガンはまだフロンガスが現役なんだよ」


「は、はあ」


「でな、そのガスは冷却媒体にも使われてたから、吹き付けるとすっごく冷たくて凍るんだよ。それで、その伸びてきた手を凍らせようと思って。簡易火炎放射器でも良かったけど火事になるから」


「ツッコミどころ満載なんだけど、簡易火炎放射器ってどうやるのさ」


「ん? ああ、簡単さ。噴射中の制汗スプレーに火を近づけるとLPガスだから引火して火炎放射器になる。コツがいるが」


「ほうほう、それから?」


 リョウタはツッコミを入れたい気持ちを抑えつつ、ユウの話を聞き続けた。


「叫び声から、人違いとわかったけど、不審者なら情け容赦ないとそのままフロンガスを吹き続けてな。だいぶドアノブが凍った所に美優が援護射撃してくれて」


「すっごいですね。優花ちゃんの先輩って。このエアガン、素人目にもわかるくらい威力強ーい。サングラス狙ってみたらあっという間に割れてたし、口を狙って当てたら、すごい音がして口を押さえながら逃げちゃった」


 美優はうっとりとエアガンを抱えて眺めている。


「……遅かったか。犯人にちょっとだけ同情する。訴えられないかな」


「ん? あっちも犯罪しようとしてたから警察にはいかないだろ」


「あ、いや、世の中には過剰防衛という言葉があって……」


 リョウタがもごもご言っている間に、ユウは彼の手からコンビニ袋を素早くかっさらって中身を見た。



「おう、今日は生クリームどら焼きにチキンか。まあ、いいや。二個ずつあるから美優にあげるよ」


 ユウはさっとリョウタの手から袋を取って中を確かめると、美優に生クリームどら焼きを手渡す。


「わーい、ありがとうございます。リョウタさん」


「え、いや、それ、俺の分……」


「リョウタ、君が隠していた人間ドックの結果は見させて貰った」


 二トーンくらい低い声のユウにリョウタは固まった。しっかり隠していたはずなのに何故バレてしまったのだろう。


「コレステロール値にガンマGTPがC判定、体重十キロ増し。腹囲100センチ。どこをどう見ても不健康の極みだ。よってチキンとお菓子、それからストックしていたストロングゼロも没収させてもらう」


「う……」


「ちなみに夕飯は豆腐サラダと焼き魚を用意してある。しかし、その前に準備体操としてのラジオ体操十回、腕立てふせは初回だから三十回で許してやる」


「そ、そんなむちゃな」


「ほほう、ならば四十肩マッサージの刑がいいか?」


「……やります」


「じゃ、私達はピザを取ろうか」


「わーい。『久しぶりに友達と宅飲み!』ってインスタにあげようっと。映えるのはやっぱりマルゲリータかな」


(よく考えるとユウさんは俺を凍らせようとしてたってことだよな。俺って一体……)


 女性二人が盛り上がるのを後目に黙々と腕立て伏せをするリョウタであった。


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奥様は最凶 達見ゆう @tatsumi-12

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