エンド
球場全体が……もう外のことはあまり気にならなくなっていた。実に九回目。ここまで二十二球を試している。あこがれの選手に、これだけ投げられるなんてという思いもあるが、これ以上情けない姿を見たくないとも感じていた。
手ごたえはつかんでいた。距離もタイミングもかなり合ってきている。ただ、どうしてもバットに当たらない。絶妙にずれているものがあるのだ。ただ、対策は考えた。
市田さんの顔を見る。相変わらず目が潤んでいる。きっと、今シーズンが始まる時点ですでにボロボロだったのだろう。それでもチャレンジして、頑張ってきたのだろう。球団に慰留されたのかもしれない。家族に懇願されたのかもしれない。それでも確かに、今の市田さんは引退すべき人だ。俺はわがままだ。そんな人をかっこよく終わらせたいなんて。
俺が引退するときは、誰かがわざと空振りをするのだろうか。そうなる前に辞めるのが美しいだろうか。ボロボロになるまで投げたいと思うだろうか。
俺以外にとってはたった一打席の時間。でも俺にとっては、答えを見つけるまでの長い長い時間となっている。
打たせます。
心の中で呟いて、かなり大きく振りかぶった。ボールは真ん中高めへ。タイミングはほとんど合うようになっている。投球フォームを崩してまで合わせたのだ。それでも、軌道はどうしようもなかった。だから。
ホームベース手前で、ボールはすっと曲がった。吸い込まれるように、バットに当たっていく。
いわゆる、まっスラ。変化するストレートだ。市田さんを討ち取りたくて、入団当時から磨いてきた球。
その球が今、市田さんに打たれるために、曲がった。
力はまだまだ健在だった。フルスイングで打ち返された球は、こちらに飛んできた。グローブを出した時にはもう、白球は顔の右側を通り過ぎた後だった。
痛烈なピッチャー返し。そう、当たりさえすれば。
ファーストベースを見る。もう、市田さんは号泣していた。そしてその姿が、見る見るうちににじんでいく。
よかった。本当に良かった。
今まで生きてきた中で最も強く「時間よ戻るな」と願った。
エンドレスナインエンド 清水らくは @shimizurakuha
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