トーキョーで黒羊の鳳仙と暮らす「湯好き、風呂最高」こと柚木呂高さんが綴る、なんてことはない日常の一部を切り取った日記集。
ふらふらとコンビニでカップラーメンを買い、川沿いで食べながらたぬきにおむすびを差し入れされる。付喪神の権現を期待してせっせと廃木材置き場から古木を集めるも「これも動かなかった」とコロッケの衣にして食べてしまう。巨大な苔むした土管に挑むも歯が立たず、痴漢と蝮の戦闘に思いを馳せてとぼとぼ帰る。
こんな何気ない日常を書いているだけなのに、どうしてだか読んでしまう。柚木呂高さんに掛かると、つれづれなる日常も形容しがたい魅力を持って描き出される。
ぱらりとページをめくるたびに非日常へと没入していく不思議な感覚が堪らない。そして考える「はて、このトーキョーは私たちが知っている東京なのであろうか――」
想像力に富んだ発想と詩的に洒脱な語り口、振り切れた笑いのセンス、知識に裏打ちされた細部の妙…突如として現れた作家・柚木呂高の特長を挙げればキリはないのだが、その振り幅から、作品が増えるごとに彼のパーソナリティについての謎が深まっていくところも大きな魅力であろう。
そんな作家の日記と聞いて、彼に魅入られた身として好奇にかられるのは必然だったのだがしかし、蓋を開ければ現実と虚構がない混ぜになった一層不可思議な世界が横たわっていたのである…。
実体験と思しきくだりから、自然にするりと想像の世界へ引き込まれ、逆もまた然り。それが繰り返されるうち、いつしかそんな超然とした日常に憧れすら抱いてしまうのだから困ったものである。
ミクロな着眼点からの話の膨らみや、独特な間の取り方も良い。書籍化する際は是非、マージンをゆったりと使った風通しの良いレイアウトでお願いします。その前に彼の諸作の書籍化を、まず。何卒。