俺の可愛い可愛い幼馴染が魔王になってしまったんだが

宮ヶ谷

最終話 最後の戦い

「ふふ…勇者の御到着とあらば…この魔王も玉座から降りないわけにはいかないわねえ…」

「馬鹿な…お前は…まさか…っ!?」


魔族との決戦の地…魔王城。

その最奥で待ち受けていたのは…アリスだった。

かつて俺が村を出る時見送ってくれた幼馴染だ。

だがその身には禍々しい紫のビスチェと蝙蝠の被膜のようなマントを纏い、耳の上に羊のような、だがよりねじくれた角を生やし、全身から圧倒的な魔力を放っている。

なにより…その皮肉げに歪んだ唇は、かつての優しい彼女では絶対に見せないものだった。


「幻覚…? それとも変身魔法か!? だがそんなもので俺が惑わされるはず…!」

「フフ…≪真眼≫スキルを持つ貴方が見間違えるはずがないでしょう?」

「ぐ…っ!」


奴の言う通りだった。

俺の目が、脳が、そして全身が…祭壇の上、玉座の横に立つその存在をアリスだと、アリスそのものだと告げている。


「まあ聞きなさいな。私は人に化けさせた魔族どもから人間界の情報を集め、教会の連中に秘匿されていた勇者の存在を知ったわ。いつかこの世界に現れ私を魔王の座から引きずり降ろすと預言された人間……そう、貴方のことよ」


祭壇の上でこちらを見下ろし、得意げに微笑む魔王。

あスカートの中ちょっと見えそう。

ってなに考えてる俺!


「この強大な力を有する魔王を討つかもしれぬ存在……私は脅威を覚えて対策を練ったわ。あらゆる占術を試し勇者の出自や弱点を探った。そして貴方がかつて異世界に住み暮らしていた人間で、その後こちらの世界の赤子に生まれ変わった転生者であること、世界の運命を変える『運命改変者フェイトブレイカー』の素質を有していること、『案内人』とされる存在から強力なスキルを授かっていること、そして…転生前に持ちえなかった友人や仲間といった存在を、決して見捨てられぬ優しい心を持っていることを知ったわ」


そくり、と背中に悪寒が走る。

頼む、この嫌な予感よ…杞憂であってくれ…!


「まさか…お前、そのために…俺を殺すためにアリスの体を乗っ取ったのか…っ?!」


脳裏に浮かぶ数々の彼女との思い出。

異世界に来たばかり、それも幼い体で不安な俺をなにくれとなく世話してくれた隣家の幼馴染。


狼に襲われた彼女を助け、大怪我をしたこともあった。

大きくなったらフーロのお嫁さんになるー! って潤んだ瞳で告白されたこともあった。

俺が村を出る時…帰ったら伝えたいことがあると言ったら、いつまでも待ってますと恥ずかし気に微笑んで送り出してくれた。


そんな、彼女を。


まさか、この魔王は、その体に取り付き、魂を奪い、精神こころを操り、俺を討つための道具として利用したというのか…っ!


ギリ、と奥歯が砕けそうなほど噛み締める。

憤怒と憎悪だけで奴が殺せるなら、きっと百遍は殺しているに違いない…っ!


「それはそれで見物ではあるがな。憑依は高位の神聖魔術で引き剥がせるだろう? なにより人間の精神力は侮れん。愛の奇跡だのなんだので封じたはずの娘の記憶が甦り、この肉体の制御を奪って貴様との愛の力とやらで我を討つ、などという凡そありがちな逆転劇の目も皆無ではないからな。私はそのような愚かな轍は踏まぬよ」

「ぐ…っ!!」


自分がやろうとしていたことをすべて見透かされ、総身から汗が滲む。

今更ながらに己が対峙している相手が魔族たちの王であることを実感した。

いや女王か。


「貴様のことはすべて調べ上げたと言ったろう。当然貴様が転生した故郷の村も調べ上げたとも。もっともその頃貴様は野良魔族によって村を滅ぼされ、復讐を胸に誓い故郷を出立した後だったがな」

「? …ちょっと待て。俺の村は滅ぼされてなんか…」


なにかが、おかしい。

魔王の言葉と己の認識には、何か決定的な齟齬がある。


「それはそうさ。貴様のことを調べ上げたのは…

「なん、だと…!?」


信じられないような事実を、だが不敵で傲岸な笑みと共に俺に告げる。


「貴様が生まれる前の村を焼き払えれば一番楽だったのだがな。生憎とその頃の私はまだ復活もしていないただの悪意に満ちた淀んだ魔力に過ぎなかった。私が目覚めておらぬ以上瘴気も活性化しておらず、過去の魔族連中に託宣を下すことも難しかった。ゆえに…秘術を用い私自身が過去に遡ったのだ」

「過去…時を超えたというのか…っ!」


かつて共に戦った魔導士から時越えの魔術は人知の及ぶ範囲ではないと聞いていた。

だが神や魔王ほどの膨大な魔力があれば可能かもしれない、とも言っていた。

まさか魔王が本当に試みていいるとは思わなかったが。


「とは言っても肉体ごとは流石に無理があったのでな。この魂と精神だけを過去に送り込み、貴様の隣家の女の腹に宿ったのさ。そう…貴様が探し求める優しい幼馴染などいはしない! なぜならこれは憑依でもない! 魅了でも支配でもない! 貴様の隣にいた娘こそが! この私! 魔王そのものだったのだ!」

「ば、か、な…っ!」


がくり、と膝から崩れ落ちる。

それほどの衝撃だった。

それは…俺の人生の足場そのものが崩された瞬間だった。


「フハハハハハハハハ! ここまでよくたどり着いたな勇者フーロよ! だがその全てが無駄だった! 無駄足だった! 今の私は魔王としての膨大な魔力を取り込んだ完全体!! つまりこの身こそ魔王の本体よ! だが貴様はこの私を討てまい? 殺せまい? なあ! お優しい勇者様よ!! ハハハハハハハハハハハハハ!」


哄笑する魔王の前で、俺の心は完全に折れていた。

朦朧とする頭で、混乱する脳味噌で必死に考えるが何も思いつかない。


最初はわけもわからずこんな世界に飛ばされて、赤ん坊になって、本当に不安だったんだ。

怖かったんだ。寂しかったんだ。

ちゃんと生きていけるかわからなかったから。

また前の人生みたいに失敗するんじゃないかって。

友達も仲間も、家族も、すべて失ってしまうんじゃないかって。見捨てられてしまうんじゃないかって。


そんな俺がこの世界で頑張っていこうって思えたのも、この世界を守ろうって決めたのも、全部あいつのお陰だった。アリスのお陰だったんだ!


なのにあの時も、あの時も、全部、全部、全部コイツが…ッ!!





…………………





…………あれ?

それってつまりどいうことだ?


「…一応確認させてくれ。じゃあ狼に襲われたのもフリか」

「いやそれは…その、人間の体は脆弱でな? あの頃は幼かったから魔王の力も全然使えなくって、割と本気でピンチだったのだ。うん。だからあの時は助けてくれて、その、ホントに嬉しかったというか…アリガト」


…うん?

お前あの後確か大怪我した俺が治るまで甲斐甲斐しく看病してくれましたよね?


「ちょっと待て。ってことは大きくなったら俺と結婚するー! フーロのお嫁さんになるー! って言ってたのもお前か」

「きゃーっ! あ、あの時はその…っ! 感極まってつい口に出ちゃったっていうか! だって色々! 色々と助けてもらったし! あくまでそのお礼の気持ちって意味でそれにほらあの頃はまだ子供だったし別に好意とかそういうのは全然! 全然…なかったとは…言わない、です、けど」


なんか真っ赤になってゴニョゴニョ言い淀んでますよこの魔王。

あと髪の毛に人差し指巻き付けてくるくるーってするやつ。それお前が何か誤魔化すときの癖だよね?


「じゃあなんだ。村を出る時いつまでも待ってますって殊勝な顔で言ってくれたのも……お前なんです?」


ぼん! と魔王の顔から火が出て曲がりくねった角先を伝わり先端から迸った炎が城の天井を穿った。


「そ、それは! それは…その…ま、待ってくれって頼まれちゃったから! えっとほら一応約束だし? 単に待ってあげないと失礼かなってだけで…っ! べ、別にアンタが帰ってきて私に言いたいことがなんなのかなーとか気になったりとかそんなのじゃないんだからねっ!!」


…かわいくない?

俺の幼馴染可愛くない?

いや知ってたけど。前から知ってたけど。

ずーっと前から知ってましたけどなにか?


「つまりあれか。お前は魔王だが、俺の幼馴染でもあるってことか」

「ま、まあ…そう…そう…ね? そう、なる、かな?」


俺は我知らず玉座へと続く階段を登っていた。

本来俺を睥睨し、闇の雷でも叩きつけて俺を近寄らせまいとするべき魔王様は…


ずっと人差し指に自分の髪をくるくるっと巻き付けながら、視線を逸らし頬を染めて俯いていた。


「なら…それでよくね?」

「え? それ? それってどういう…」


どん、と魔王の横に勢いよく手を付いた。

壁がないから仕方ない。玉座ドンって奴だ。

魔王は…アリスはびくっと体を震わせ、少し怯えたような、だが同時に強く何かを期待したような潤んだ瞳で俺を見上げている。


「村に帰ったら言うつもりだった。順番がちょっと前後しちまうが…まあいいか。アリス、好きだ。俺と結婚してくれ」

「ふえっ!? で、でも、でも私魔王だし…っ!」

「でも俺の幼馴染だ。違うか?」

「そ、そうだけど…っ!」


アリスは耳の先まで真っ赤になって羞恥に悶えている。

けれどその体は子犬のように震えていて…



だから俺は、そんな彼女をそっと抱きしめた。



「四の五の抜かすな。俺と一緒になってくれ」


耳元でそう囁くと、うなじまで朱に染め上げたアリスがぽろ、と涙をこぼし…




小さく肯いて…俺の胸にしがみついた。




 ×        ×        ×




魔族の跳梁が鳴りを潜め、魔物たちは大人しくなった。

人々は魔王が消えうせたことを知り、凱歌と歓声を上げて平和の到来を祝った。

一方で魔王に挑んだとされる勇者の行方は杳として知れず、皆口々に魔王と相打ちになったのだと噂し、彼を悼んだという。



だが勇者は死んでいない。

魔王と呼ばれた娘も消えてなどいない。

けれどかつての預言は果たされた。





その勇者は確かに…彼の妻を魔王の座から引きずり降ろしたのだから。




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