踏み出す覚悟

わさび醤油

第1話

 多分これは夢だろう。そんな風に思えるその記憶。誰もいない公園。珍しく人もいないたった二人だけの空間。いつもあいつと夕方まで遊んでいたあの公園。そして、小さな子供が二人。男と女が一人ずつ。


「じゃあ、おおきくなったらわたしはね! ゆうくんのおよめさんになる!」


 少女の方が夢を語る。実際にはそんな事は思ってなかったのかもしれない。ただ勢いと子供の幻想に身を任せ発せられた言葉だと思う。それはいい。子供なんてみんなそんなものだろう。


「――――――」


   ああ。けれど、けれども僕は。あの時、あの場であの少女に。あの初恋の女の子に、一体なんて答えたのだろうか。








「――」


 声がする。よく聞こえないが、うるさい。どうせ周りの奴らがの声が大きいだけだろう。


「――ろ」


 また声がする。耳元で。誰だ一体。どうでもいい。俺は眠い。だから今だけは、どうかこの時だけは俺に構わないでくれ――!


「起きろ優! 次の時間移動!」


 移動?移動って……あっ! そういえば、次の授業は!


「やっと起きた! はよ準備しろ!」


  そう言ってこちらを急かす男。まだ眠くて、目をこすりながら教室の時計を確認する。時計は一時五分を指している。……やべっ。


「まじか。純。次って何?」

「数学! 早く教科書持って行くぞ!」


  さらに焦った様子でこちらを急かしてくる純。なんであんな聞いてるだけで寝れる授業のために移動しなきゃいけないのかいまだに納得がいかないが、それでも欠席にされるのも嫌なので机から教科書を取り出し、教室を出る。あの教師遅刻には厳しいので走った方がいいのだが、廊下で止められるのも面倒くさいので出来るだけ早く歩く。階段を一つ上がり、すぐそばの部屋に入る。


「――はあっ。間に合った」

「ぎりっぎりだな。ああーだりー」


 文句を言いながらも純は席に向かったので、俺も自分の指定された席に座る。前の方である純とは違い、後ろから二番目という絶好の眠り場所だ。さて、寝ようか。


「寝ちゃダメだよ優くん」

「……いいんだよ数学は」


 隣から声が掛けられる。誰かは分かっているので適当に返しながら、相手を見る。長い黒髪が印象的で顔も整っているその女性。幼馴染の月村雫が呆れた目でこちらを見ていた。


「そんなこと言ってたら、今度はテスト前に教えてあげないよ?」

「……分かった。分かったから」


 実質死の宣告に等しいその一言でやっと授業を受ける気になる。こんな暗号解読を自分一人でやっても赤点確実だろうに。

 うるさいチャイムが鳴り、授業が始まる。眠りに誘う教師の声に耐えながら板書するだけのこの作業が妙にだるい。ふと、隣を見てみる。さすがは優等生といった様子で真剣に授業に取り組む雫。横から見ても一つの作品の様なその可愛さについ目を奪われる。


「……どうしたの?」

「……なんでもない」


 小さな声で雫が声を掛けてくる。どうやら、自分も思っている以上に見ていたらしく、目が合った雫に声を掛けられる。ちょっと恥ずかしい。誤魔化す様に板書の作業に戻ろうとすると、うるさいチャイムが耳に響く。どうやらも授業が終わったらしい。


「――じゃあ」

「ああ」


 後はホームルームだけなので教室に戻ろうとする。俺と雫はクラスが違うので此処でしか会うことはない。此処以外で会っても喋ることはない関係。それが俺と雫の学校での関係。いつもこんな感じで終わってしまう。全く、嫌になる。

  教室に戻ると、先に帰って来ていたのか俺の一個後ろの席の純が退屈そうにしている。


「なあ聞いたか? 月村さんまた振ったんだって! やっぱ本命がいんのかね?」

「……知らねーよ」


 純が楽しそうに話す。雫の恋愛事情。そういえば聞いたことがない。自分から聞いたことも無いし、雫も進んでそれを話すことも無いからだ。それに家が近くとも自分から会いに行くことも少ない。話しているうちに担任が来たらしく、ホームルームが始まる。まあ、特に重要なこともないし適当に流しながら聞いていると後ろから肩を叩かれる。


「今日暇? 帰りに美味しそうなパフェ見つけたんだよ。一緒に行こーぜ」

「悪りぃ。今月はもう金無いから無理。来月誘ってくれ」

「そっかー。残念」


 小声で純の誘いを断る。顔は見えないが、残念そうな表情をしているのが目に浮かぶ。お金はないと言ったがパフェ一皿ぐらいなら多分いける。けれど、純には悪いが今日はそんな気分じゃなかった。さっきから妙にもやもやとした気分なのだ。何だろう。


「じゃあーな」

「明日な」


 ホームルームも終わり、正門前で純と別れる。帰るために駅に向かおうと歩いていると、校庭で二人走っている姿が見えた。一人は誰かは知らないが、もう一人は雫だった。ならば恐らくは陸上部だろう。入っている部活ぐらいは聞いたことがある。


(頑張ってるなー)


 ふと思う。俺は部活には入っていない。何かをやりたいとは思わなかったし、この学校は部活が強制ではないからだ。


「はーっ。やっぱり水谷君速いなー!」

「ありがとう。でも、月村さんも流石だよ! これなら土曜の大会もいけそうだね!」


 聞こえてくる会話につい足を止め、耳を傾けてしまう。なんか悪いことをしている気分になる。実際いいことではないのだが。どうやら雫と話しているのは隣のクラスの水谷らしい。顔と性格の良さから学年でも有名なやつであり、絵面的には大変お似合いな二人である。……なんかむかむかする。何だろう。


「そうだ! 日曜日一緒に出かけないか? 映画のチケット当たったんだ! あのラブコメの!」


 少し大きな声で水谷が雫を映画に誘う。ラブコメというと最近話題のあの映画だろうか。なら、恐らくはデートの誘いだろう。あの映画の宣伝でよくカップルオススメの映画とあったし。雫は少し迷っているようだ。


「――――――」


 気づけばすでに足が動き始めていた。雫がなんて返したかは聞こえなかった。いや、聞きたくなかった。理由は分からない。けれども妙に不安な気持ちになる。さっきよりも少し大きなもやもやとした気持ちで家までの帰り道を行く。電車に乗り、降りて家まで歩く。家に着いてすぐに自室の布団に飛び込みそのまま目を閉じる。結局、このもやもやは眠りにつくまで消えることがなかった。







 目を開けて最初に目に入ったのは、窓からの空だった。帰ってきた時はまだ明るかったのにもう暗くなっていた。部屋にある小さな置き時計を見る。その時計の針は二つとも六を指していた。どうやらだいぶ寝ていたらしい。


「……コンビニ行こ」


 体を起こし部屋を出る。玄関まで行くと丁度帰ってきたのであろう姉が靴を脱いでいた。


「ん? どっか行くの?」

「……コンビニ」

「そっ。アイス買ってきて」


 姉はリビングへ向かいながらこちらに言う。正直姉のアイスに自分のお金を使うのは嫌なのだが、買わなきゃ買わないでうるさいだろう。というか自分で買ってこいし。

 家を出て五分くらい歩き、いつも使っているコンビニに入る。相変わらずの客の少なさにこの店が潰れないか心配になる。

 適当にお菓子を手に持ち、アイス売り場の方に向かう。……姉のアイスは一番安いのでいいか。


「……優くん?」


 アイスを取ろうとした時、何処からか声を掛けられる。声のした方を見るとすぐ隣に雫がいた。


「雫か。どうした?」

「アイス買いに来たの。部活終わって食べたくなっちゃって」


 雫は少し笑いながら答える。部活。その言葉でさっきのもやもやとした感情を思い出してしまう。何でこんな気持ちになるんだろう。


「なんか久しぶりだね! 一緒に帰るの」

「……そうだな」


 コンビニを出て、帰り道を歩いていると雫がそんなことを言ってくる。そういえば、そんな気がする。

 中学の時はまだ一緒に帰っていた気がするのに。俺も部活をやっていたらこんなことは思わなかったのだろうか。自分で入らないでおいてこんなふうに考えてしまうなんて、本当に都合のいい心だ。

  雫の歩幅に合わせゆっくりと歩く。そういえば、こんなペースだったっけな。


「あっ! ねぇ、ちょっと寄っていかない?」

「……わかった」


 公園の前を通ろうとした時、雫がこちらに提案してくる。一応、姉に買ったアイスが有るがまあいいか。そもそも食べたきゃ自分で買えばいいと思うし。

 公園には既にみんな帰ったのか、あるいはここで遊ばれることもなくなったのか誰も居ない。


「なんだか懐かしいね!」

「……そうだな」


 雫がこちらに笑顔で言う。懐かしい。確かに、中学の時は二人で通ることもあったがここに来ることはもうだいぶ久しぶりだ。

 思えばここに来なくなった時期か。こいつと喋るのが少なくなった時は。

 別に、会えば普通に喋れていた。けれど学校で話すことは減っていた。クラスも増え皆が恋というものに興味を示すようになった。雫はみんなが認める人気者へ、俺は他とは変わらない凡人に。


「小さい頃はずっと二人で帰ってたよね。……うん。本当に」


 雫が懐かしむように言う。こいつからしてみれば今の方が楽しいだろうに。

 一つだけあるベンチに座る。そこまで大きくないので距離が妙に近く、心なしか気まずい。……こいつは、誰にでもこんなに無警戒なのか。


「……ねぇ。覚えてる? 小さい時、ここでした約束」


 唐突に雫がこちらに聞いてくる。約束? 小さい頃に何か言ったのだろうか。大層な夢でも語ったのか。思い出せない。


「……ごめん。忘れた」

「やっぱり? 優くんはそうだと思った。そこら辺、昔とおんなじ」


 俺が正直に答えると雫が笑いながら返す。何が面白かったのか。


「……あんまり喋らなくなって、寂しかったんだ」

「 ……そうなのか?」

「そうだよっ! 中学でだって話しかけてくれなかったし!」


 雫が若干強く言ってくる。こいつがそんな風に思っていたなんて知らなかった。だって、雫の周りにはいつだって。自分よりも優れ、魅力的に思える人がたくさんいたから。


「私はもっとおしゃべりしたかった! 昔のように、昔みたいに!」


 次第に強くなっていく雫の言葉が心に刺さる。それは向き合おうとしなかった負いなのか、それとも違う感情なのか。そんなのはわからない。


「……あのね。私はね。優くんのことが好きだよ」


 雫の振り絞るような一言。その一言はあまりにも衝撃的だった。だってありえない。こいつが、こんなにも優れた奴が俺なんかにそんなことを言うなんて。


「――ずっと優くんが好き。優くんの彼女になりたい。」


 雫が続ける。勘違いで終わらせる気はないと。この言葉が友情や小さい頃からの縁だけで言っているのではないとはっきりと宣言するように。


「……だめ、かな?」


 その言葉。その勇気を振り絞ったであろうその告白にどう返せばいいのか。俺も好きだ。これが言えればどれだけ楽か。どれだけ幸せか。

 けれど、言葉が口から出ることはない。出せない。出そうとすると思い出してしまう。さっきの校庭で見たあの青春を。俺よりも優れていると自分で理解できるほどには魅力的な奴に好かれているこの少女を。


「――っ」

「――そっか。ごめんね急に」


 そう言い残し走ってその場を離れる雫。止められなかった。あの泣きそうな顔を止める勇気すらなかった。

 手に力が入る。そんなことに意味はないのに。そんなことをしても何も変わらないのに。

 今何も答えられなかった自分があまりにも情けない。

 しばらく動けなかった。もうアイスも溶けているだろう。けれど、動こうとすら思えなかった。





 家の扉を開ける。帰り道の記憶がない。そんなどうでもいいことを気にする余裕すらなかった。

 取り敢えず何か飲もうとリビングへ向かう。


「遅い。アイスはって……どうした?」


 ソファに寝転んでいる姉に声を掛けられる。今の気持ちが相当出ていたのだろう。姉が心配する程度には。


「……なあ姉貴。釣り合わないほどすごい人から好きって言われたら。それを自分がどう思ってるかよく分からなかったらどう返す?」

「はあっ? ……ああなるほど。どんな悩みかと思えば、恋か。」

「……悪いかよ」

「いや全く。ふーん。お前が恋愛ねー。っぷ」


 姉はさぞ面白いものを見たかのように笑っている。やっぱりこいつに聞いたのが間違いだった。


「あー待ちな。悪かったって。んで何だっけ? 釣り合わない人に告られたって?」

「……まあ」

「なら付き合えよ。嫌いでもないんだろ? 学生の恋愛でそんなこと考えてちゃ何もできねーぞ」


 姉が淡々とこちらに言う。結構シビアなその言葉は結構刺さってくる。


「……良いのかよ。そんな適当で」

「良いんだよ。どんなに綺麗な過去があったって、結局合わなきゃ別れんだ。釣り合いがどうだとかは結婚の時に考える問題で、付き合う時は踏み込む覚悟だけが重要だと私は思うよ」


 そうあっけらかんと言う姉。随分極論だと思う。けど、何でか説得力があるのは何でだろうか。


「それに、どうせ雫ちゃんだろ? あんな良い娘と付き合えるのなんて最後だぞ、多分。お前いなきゃ私がもう口説いてるしな!」

「……この両性愛者め」

「どっちも好きだしな!」


 姉は笑って答える。正直あんまり参考にはならなかった。けど、その言葉で少し楽になった。


「まあ、やりたいようにやんな! そうすりゃ十年後に笑って語れるさ!」


 そう言って俺が持っていた袋から、お菓子を取り出してリビングを出る姉。……アイスはいいのかよ。

 風呂に入り、そのまま布団に入る。寝る間際もまだ心はざわついている。けれど、先程までの不快感とはどうにも違うざわざわとしたものであった。






 次の日。机で雫になんて言おうか悩む。何か言わなくてはいけない。けど、怖い。授業なんて耳に入らず、それでも時間は過ぎていった。


「なあなあ。どうした優? 今日元気ねーじゃん。振られたん?」


 純が後ろから話し掛けてくる。そういえば、今日は全然話してなかった。


「……何でもねーよ」

「そか? ……恋愛といえば月村さんに隣の水谷が告るかもって話題だぜ。あの爽やかイケメンなら落とせるんじゃねーかってな!」


 純が言った言葉。なんてことのないその言葉は今の俺にはぐさりとくる。あの水谷が告る。なら雫も頷いてしまうかもしれない。

 ふと二人が手を繋いで歩いているのを想像して嫌になる。なんて身勝手。昨日何も言えなかったのにそんな嫉妬をしてしまえる自分がさらに嫌になる。


「――なあどした? すっごい顔してんぞ?」

「……なあ純。聞いてもいいか?」

「?? いいぞ?」

「俺が月村に告白するのって、やっぱ身の程知らずか?」


 自分で聞いといて嫌になってくる。純に聞いても何も変わらないだろうに。


「――いや、そんなことねーと思うぞ。月村さんとお前仲良いじゃねーか」

「……はあっ?」


 予想もしてなかった純の一言に思わず声が出る。俺と雫の仲がいいって? 学校では殆ど話してないのに?


「数学始まる前とかお前と月村さんがほんとに楽しそうに話してるの見たことあるし」


 純の言葉に内心驚く。数学の時。確かに話すのはそれぐらいだ。けど、そんなに楽しそうだったのか。そう見えていたのか。


「……なー優。大事なのはお前がどう思っているかだぞ」


 大事なのは俺がどう思っているか。

 雫について考える。黒い髪の少女。小さい頃からの知り合い。幼馴染。――好きな女。


「――ありがと純。……俺、ちょっと頑張ってみるよ」

「そっか。――振られたらパフェ奢ってやるよ!」


 席を立つ。今日は陸上部は休み。まだ教室にいるはずだ。

 急いで雫の教室に向かう。昨日言えなかったんだ。もう間に合わないのかもしれない。それはしょうがないのかもしれない。けど、言わなくちゃいけない。あの少女の真剣な告白に返さなくてはいけない。

 教室前に着く。中を覗くと、雫はいた。何人かと楽しそうに雑談をしている。

 中へ入ろうとして足が固まる。行っていいのか。あの楽しそうな場に割って入ってしまってもいいのか。今更行ってもさらに泣かせてしまうかもしれない。

 ……いや。ここで行かなくては何も変わらない。このまま終わってしまう。それは嫌だ。やっと、やっと分かったのだ。自分の気持ちに。この恋心に。

 ならば、勇気を出さなくては。昨日の雫のように。今度は俺が。

 足に力が戻る。もう迷いはない。足取りは決して軽くない。けど、確かに踏み出した。


「……雫。話がある」


 声を出す。雫の名を出した時、雫と話していた人達がこっちを向く。その視線も確かに怖い。けど今は。今はそれよりも大事なものがある。


「――えっ。優くん? ……うん。分かった」


 雫が話していた人に帰りを告げ、こちらに付いてくる。

 帰りの道を無言で歩く。いつ言おうか。そんなことを考えて、気づけば電車に乗り家までの道に入ってしまっていた。


「……優くん?」

「……昨日の公園で」

「う、うん」


 雫の不安そうな問いに公園でと返す。最早、歩く速度のよく分からずにいつのまにか、昨日の公園にたどり着いていた。

 昨日と何も変わらず人のいない公園。物悲しさを感じさせるその場所も、今は都合がいい。


「――昨日。言えなかったことがある」

「――っ」


 俺の言葉に悲しそうな顔になる雫。――わかってる。そんな顔をさせているのは俺だと。けど、もう引けない。昨日言えなかった言葉を。俺の気持ちを。


「昔の約束なんて、覚えてない。将来の夢かもしれない。……結婚の約束かもしれない。子供の頃の適当な口約束なんて、あんまり覚えてない」


 そうだ。約束は忘れた。その約束がどんなものだったなんてわからない。けど、だからこそ。


「だから、この気持ちは、今の俺が思ってる物。この想いは、絶対思い出なんかじゃない今の本音だ」


 必死で言葉を繋ぐ。情けなく見えるだろう。言い訳がましく感じるだろう。けど、言葉を紡ぐ。昨日の、彼女の勇気に応える為に。今の気持ちを全て伝える為に。


「――好きだ。お前が好きだ。付き合ってください」


 ようやく、長ったらしい言葉の後だがようやく言えた。ようやく、まともに返すことができた。


「――――――」


 雫の顔に涙が浮かぶ。やっぱり泣かせてしまった。それはなんの涙だろうか。悲しみか。怒りか。哀れみか。

 雫がこちらに飛び込んでくる。あまりに遅い返事に叩かれたりするのだろうか。まあしょうがな――。

 刹那、唇に何かが触れる。そしてすぐ、雫が離れる。今のはまさか――。


「――うん。うん! 大好きだよ! 優くんっ」


 雫が言う。泣きそうで、嬉しそうな、そんな笑顔だった。そんな初めて見る表情だった。

 はじめてのキスは少しだけ、ほんのり甘い水の味であった。

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