12話 ガチャは回す前がいちばん楽しい


「いきます。スキル――『悪魔召喚デモンズガチャ


 キシュリーがぶ厚い古文書のうえにPプリュン硬貨をばら撒く。


 すると、大小さまざまなコインが、どういう理屈か古文書の中に吸い込まれていった。


 俺が固唾を飲んで見守っていると、ふいに古文書が光りだす。ページの隙間から漏れる光が、目を開けていられないくらいまぶしくなって――



 ――やがて、光がおさまる。


 俺が目を開けると、芝生の上に新たな影があった。


 それは、全身が真っ黒なカエルだった。体長は五十センチといったところか。リアル寄りというよりはどこかデフォルメされたような見た目で、ちらちらとのぞく舌がキモカワイイ。


 モンスター……なのだろうか。


 俺やジョージ神父、そして「シャイニング・マン」すらも空気を読んでそのカエルを見つめていると、キシュリーが口を開いた。


「ああ、爆死ですねこれは……」


 彼女が頭を抱えた、次の瞬間。



 ばちゅん! という音をたてて、そのカエルが内側から「爆散」した。


 びちゃびちゃと、墨のような色をした体液が辺りに飛び散る。


「うーん、もう一回!」


 キシュリーは気を取り直すように、もう一度コインを修道服のポケットから取り出す。


 俺はただ、茫然とそれを見つめていて……やがて我にかえる。


 ――いやいやいや⁉ いまのはなんだ⁉


「き……キシュリー⁉ わけがわからない、説明してくれ!」

「おや? 『悪魔召喚デモンズガチャ』をご存じないのですか?」


 キシュリーは不思議そうに首をかしげる。彼女の長い黒髪がふわりと揺れた。


「悪魔信仰の経典にお金を『喰わせる』ことによって、悪魔を召喚するスキルです。喰わせるお金の額が多いほど、上位の悪魔が召喚できます。といっても、こちらでコントロールできるのはそこまでで、どんな悪魔が出てくるかは『お楽しみ』なのですが」


 そう告げる間にも、彼女の手からPプリュン硬貨がどんどん古文書の中に吸い込まれていく。


「先ほど出てきたのは、下級悪魔『ゲロゲロゲロッビ』です。1000Pプリュンしか投入しなかったので、戦闘能力のない悪魔が出てきてしまいました。――弱い悪魔は、現世に召喚されたとき、『自分がここにいる意味はなんなのか』『自分である必要はあったのか』『自分はなぜ生まれ、どうして死んでいくのか』なんて哲学的なことを考えた結果、その体を爆散させて悪魔界に帰ってしまいます。それが俗に言う『爆死』です」


 え、あのカエルそんな悩みを抱えていたの⁉


 なんも考えてなさそうだったのに。


「悩みや痛みというものは、得てして外側からは見えにくいものなのですよ。だから、そっと見守ってあげることが重要なのです」

「なんかシスターっぽいこと言ってるけど、あんたさっき『爆死ですねこれは……』ってため息ついてただろ!」


 やっぱこいつ邪教徒だわ。


 助けるべきじゃなかったかもしれない。


「――なるほど。それがきみのスキルなのですね、キシュリー」


 そこで、ジョージ神官が白いひげを指でもてあそびながら言った。


「きみは、修道女としてのつとめのかたわら、町の外に出没する危険なモンスターを討伐する仕事もしていた。『戦うところを見られたくない』という理由で、いつも一人でモンスター討伐におもむいていたようだが……まさか悪魔モンスターを利用して怪物モンスターを退治していたとはね」

「私のスキルが『悪魔召喚』にもかかわらず教会の者たちから実力が評価されていたことについての説明台詞せつめいぜりふありがとうございます、ジョージ神官」


 そして、キシュリーの持つ古文書が、ふたたび強い光を放った。


 まばゆいばかりの、閃光。


 そして、その光がおさまったとき――



『モチャアアアアアアアアアアアアアアッ‼』


 そこにいたのは、全長五メートルはあろうかという、巨大なミミズだった。


 真っ黒な体に、ぬめりのある皮膚。長い体の端には、ギザギザの歯が並んだ赤い口があいている。どこからどう見ても、危険なモンスター……いや、悪魔だった。


「きました! 当たりです! 中級悪魔『ヌメヌメドン』です!」


 キシュリーが歓喜の声をあげる。やはり、こいつはそうとうに強力な悪魔らしい。


『キシュリーサン、キョウハドイツヲヌメヌメニシヤスカ?』

「そうですね、ここにいる全員で!」

『ガッテンショウチノスケ』


 キシュリーと会話した巨大ミミズが、その体を大きくくねらせる。



『イクゼエ、ヌメヌメスプラッシュ!』


 巨大ミミズの掛け声とともに、その口から噴水のように透明な液体が噴き出した。


 それは天高く上昇すると、ねばついた雨となって広場に降りそそぐ。


 すると――カシスを拘束していた「シャイニング・マン」の輪郭がくずれ、その体が溶けはじめた。


『うわっ、なんですかこれは!』

『ヌメヌメスプラッシュダ! マホウ・ブキ・ソウビヒンヲトカス、オレサマノワザダゼ』

『魔法・武器・装備品を溶かす……⁉ それでは私は対象内ということですね。魔法なので』

『ソウイウコトダゼ!』


 なんか「シャイニング・マン」と「ヌメヌメドン」が緊張感のない会話をしているが、俺はわざわざツッコむことはしなかった。


 俺の語彙力ごいりょくが状況についていかなかったからだ。


 そうしている間にも、ねばついた雨は絶え間なく降りそそぎ――ついに、「シャイニング・マン」の体が完全に溶けてしまった。


 拘束から外れたカシスが膝をつく。


「大丈夫か、カシス!」

「ぱ、パンイチ……!」


 彼女へと駆け寄った俺は、そこで信じられないものを目の当たりにする。


 ヌメヌメの雨に打たれたカシスの服が、「シャイニング・マン」と同様に溶けはじめていたのだ。まるで水に濡れたティッシュペーパーみたいに、麻の服がぼろぼろになっていく。


 ――魔法・武器・装備を溶かす。


 この雨の効果について、「ヌメヌメドン」はそう言っていた。ならば、装備品である服も、溶けてしまうということなのだろう。


 カシスは目を見開いて、必死に俺に訴えかけた。


「パンイチ……! パンイチ!」

「ああわかってる! くそっ、新しい服なんか持ってねぇぞ⁉」

「ちがう! そうじゃなくて……私のつまようじも溶けはじめているのだ! せっかく『ご自由にお取りください』って書いてあるところから大量に仕入れたのに……!」

「そっちかよ⁉ ってか調達方法そんなだったの⁉」


 どうやら服が溶けることには抵抗がないらしい。


 こいつ、邪教徒の素質あるんじゃねぇのか?


 ――まぁでも、この雨が人間そのものに害を与えるようなものじゃなくてよかった。


「こしゃくな、悪魔めが……‼」


 ジョージ神官が、怒りの声をあげる。彼は降りしきるヌメヌメの雨を「光の盾」とでも呼べるようなもので防御していた。


 しかし、その「光の盾」も、ヌメヌメの雨の効果を受けて徐々に溶けていく。


 ――チャンスだ。


 そう確信した俺は、「裸の王様」を発動し、息をひそめて神父へと近づいた。彼は雨を防御することに気をとられるあまり、俺の姿が消えたことに気づいていない。


 この状況なら、好きに神父を攻撃することができた。だが、やはりどうしても「すねかじり」などの強力なスキルでこのじいさんにダメージを与えるのは躊躇ちゅうちょされる。


 俺は三秒ほど考えたあと、ジョージ神官の背後にまわりこんだ。


 ――そうだ。べつに俺たちには、このじいさんを倒す必要はない。いまのこの状況を利用すれば、じいさんをなるべく傷つけずに事を終わらせられるはず。


 俺は深呼吸すると、自分のひざを使って、ジョージ神官の膝の裏へぶつける。


 奥義――ひざカックン。


「うおおおおおっ⁉」


 俺の攻撃を受けて、ジョージ神官の体勢が崩れる。


 彼は「光の盾」を放りだして、地面に手をついた。


 ……その上に降りそそぐ、ヌメヌメの雨。


「ああああああああああああああああっ⁉」


 ジョージ神官の漆黒の修道服が、みるみるうちに溶けていく。―—それだけではない。ヌメヌメの雨は、彼が修道服の下に着込んでいた白い服までも消し去っていく。


「馬鹿な……こんな、ことがぁぁぁっ⁉」


 彼は天をあおぎ、魔法を唱えようとするが、その口の中にヌメヌメの雨が入り、激しくせきこむ。


 そして一分後――そこに倒れていたのは、教会の大神官などという威厳ある人間ではなく。



 パンツ一丁でヌメヌメの雨に打たれる、ただのじいさんであった。



   *



「私は……負けたのか」


 「大聖堂」の前の広場で仰向けに倒れるジョージ神官は、夜空を見上げてぽつりとつぶやく。


 服を溶かされたと同時に、彼の戦意もなくなってしまったらしい。


 俺が「すねかじり」をした以外、体にダメージはないはずなので、もう少し抵抗してくるかと思っていたが――以外にも、このじいさんが魔法を唱えるような気配はなかった。


 まぁ、無理もないか。いまのじいさんはパンツ一丁。あれほど毛嫌いしていた異教徒と同じ格好をしているのだ。精神的ダメージが大きくても仕方がない。


 俺は「裸の王様」を解除すると、倒れるジョージ神官の顔をのぞきこんで、言った。


「あんたが負けたからといって、悪魔が正しいとは限らないさ。いや、むしろ、平和な町をかき乱しちまって申し訳ないと思ってるくらいだ」

「パンツォロッソ……」


 うん、俺はパンツォロッソじゃないんだけど、もう面倒だし訂正しなくていいか。


「……悪魔にそんなことを言われるとは、屈辱この上ないな……」


 その言葉に反して、じいさんはどこか清々しい笑みを浮かべていた。


「私は、七十年前、この『ヌドンドの町』で生まれた。その頃、この町は治安が悪くてね……誰も、女神の教えなど信じてはいなかった。私は町に道徳を取り戻すため――」

「あっ」


 なにやらジョージ神官が回想パートに入りつつあったが、そのとき、騒ぎを聞きつけたほかの神父たちがこちらへ走ってくるのが俺の目にうつった。


 じいさんの昔話を聞いてやる義理もなかったため、俺はカシスとキシュリーのほうを向いて、叫ぶ。


「おい、ほかの神父に見つかったぞ! 捕まったら面倒なことになる!」


 スキル「穀潰し」で地下のダンジョンに逃げることもできるが、昼間の「感染」状態異常の件を考えると、できるだけその手段はとりたくなかった。


 すると、キシュリーが巨大ミミズ――「ヌメヌメドン」を見上げて、言った。


「ご心配なく! 逃亡は、このヌメヌメドンに任せましょう!」

『アレヲツカウンデスネ、キシュリーサン!』


 気持ちのいい返事をした巨大ミミズは、体をくねらせると、その体表から二対の「つばさ」を生やした。


 蝙蝠こうもりのようなその翼は、まさしく「悪魔の羽」である。


 ――いや、なんかすげぇなおい。ミミズから羽生えちゃったよ。


 さすがは「当たり」のモンスターだな……なんて考えていると、すでにカシスの体を抱えてヌメヌメドンの背中に乗ったキシュリーが、俺へと手招きをする。


「パンツォロッソさま、はやく!」

「お……おう!」


 俺もまた、急いで巨大ミミズの背中に乗る。


 すると、ヌメヌメドンの背中から生える羽が力強くはばたきはじめた。、五メートルはあろうかという巨体が徐々に宙へと浮いていく。


 こちらに駆け寄る神父たちを眼下へと置き去りにして、巨大ミミズが高度を上げていく。不思議と揺れは少なく、高さのわりに恐怖心は生まれなかった。


「……逃げきれた、みたいだな」


 小さくなっていく「ヌドンドの町」を見下ろして、俺はため息をつく。


 この町に入ってからというもの、まったく休まる時間がなかったのだ。ようやく身の安全を確保できて、俺の手足から力が抜ける。



「そうだ、パンイチ」


 そのとき、カシスがなにかを思いだしたように俺の名前を呼んだ。


 彼女の服はヌメヌメの雨によって半分ほど溶けていたので、俺はその体を直視しないように視線だけを微妙に動かして彼女を見る。


 次の瞬間――彼女が手にする「それ」を見て、俺は驚愕の声をあげた。


「そ……それは……⁉」

「教会の治療室を抜け出すときに、置いてあったものを奪ってきた。着るか?」


 それは、教会の神父が身にまとうような修道服だった。その服そのものは、なんの変哲もない、ただの衣装である。



「……まじかよ」



 だが、それは――俺にとっては、宝の山よりも価値があるものだ。


 なんせ、俺がこの世界に来てから、あれほど探し回った――「裸を隠すアイテム」なのだから。


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勢いで初期装備の服すら売り払った俺は、パンツ一丁で異世界を生き抜くようです。 比良坂わらび @wabisabiwarabi

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