11話 いちばん痛いのは良心


 俺、カシス、キシュリーの三人は、地上へと続く石造りの階段を駆け上がる。


 もともとはキシュリーがひとりで俺の見張り役を任されていた(というよりキシュリーが自分から申し出た)ために、ほかに人の姿はない。どうやら、この邪教徒はそうとう周りからの信頼が厚かったようだ。


 あの神父の魔法を防いだって言ってたけど、もしかしてこいつ、けっこう強いのだろうか?


「いくら人がいないとはいえ……さっき牢屋を破壊したときの音で、誰か集まってくるんじゃないのか⁉ ほら、あのジョージとかいう奴とか!」

「確かに、ほかの神父たちは出てくるかもしれませんが。ジョージ神官は、いつも夜中の一時から三時までは大聖堂から離れ、町のほうに出ています! おそらくいまは不在かと!」


 先頭を走るキシュリーが、首だけを後ろに回してそう言った。


 俺は違和感を覚えて、彼女へと尋ねる。


「そんな夜中の時間帯だけ外出してるって……怪しい気配がビンビンじゃねぇか!」

「パンツォロッソさま、もう一度!」

「へ?」

「いや、『怪しい気配が』のあとのセリフをもう一回お願いします!」

「誰が言うかよ思春期シスターッ‼」


 こいつはお盛んな男子中学生か。


 見た目的には大人の女性チックなのだが。


「……けど、あの大神官は怪しいと思ってたぜ! ゲームとかじゃ、偉い司祭とか神官は悪役って相場が決まってるからなぁ! とくに、周囲からの信頼が厚そうなやつはなおさらだ!」

「それが、ですね」


 そこで、キシュリーが申し訳なさそうに俺へと告げる。


「ジョージ神官が夜中に外出しているのは、夜遊びをしている非行少年に注意して回るためなのです」

「うわめちゃくちゃいい人だった‼ 汚れてたのは俺の心のほうでしたごめんなさいッ!」


 なんかすごく土下座したくなる気分になった。


 絶対しないけど。


 などと考えているうちに、石段が途切れ、地上の光が見えてきた。階段を二段飛ばしで駆けあがり、地上へと出る。


 そこは、「ヌドンド大聖堂」の前にある広場のような場所であった。広大な敷地には芝生が植えられ、ところどころに花壇が設置されている。


 辺りはしんとしていた。人の気配は、ない。


「よし、このまま逃げ――」

「待ちなさい」


 そこで、頭上から声がかけられる。


 俺が上を向くと、近くの建物の屋上に、ひとつの人影があった。


 満月を背景にしてたたずむその人影は、ひといきに三階建ての建物から飛び降りる。着地と同時に光の渦のようなものが「彼」を取り囲み、そのまま「彼」はなにごともなかったかのように俺たちのほうへと歩み寄ってきた。


「残念だ、キシュリー。きみが邪教徒だったことも……そのような男をかばって、今夜きみが死ぬことも」


 漆黒の修道服をまとった老人。


 大神官ジョージ・ゲオルグ。


 彼は悠然とした足取りでこちらへと向かってくる。


「ジョージ神官……まさか、わたしが昼間、あなたの魔法を相殺したことに気づいていたのですか⁉」

「もちろんだ。だからこうしていま、きみたちを逃すまいとしてここにいる。昼間は、周りの目もあったからね……過激な手段をとることができなかった。けれど、いまは違う。邪教徒であるきみを殺すため、魔法を――」

「先手必勝だァ! いくぜ、『すねかじり』‼」


 神父の言葉が終わるのを待たずに、俺はスキルを発動する。


 魔法を唱えられてからでは遅い。どうせ戦うなら、覚悟を決めて相手のふところに入るしかないのだ。


 ゴウンッ! と俺は砲弾みたいに飛び出し、ジョージ神官のすねをかじる。


「痛ああああああああああああああっ⁉」

「ふあふは、ひひはん!(すまんな、じいさん!)」


 俺の噛みつき攻撃が初老の体にクリティカルヒットする。


 めちゃくちゃ良心が痛んだ。このじいさん、俺たちを殺そうとしてくる以外はいい人なんだよな。


「ぐう、おおおおおおおおおおおおおおッ⁉」


 なんかめちゃくちゃ痛がってるんですけど。グリーンゴブリンに使ったときより攻撃力が高い気がする。


 と思った瞬間、俺の視界の隅に、光る文字列が表示された。


《スキル「すねかじり」は、対象がお金を持っていればいるほど効果が絶大になりマース!かじれるモンはどんどんかじっちゃいマショウ!》


 めっちゃ嫌なスキルだな⁉ いや、まさに名前の通りなんだけど!


 しかもこの感じ、あの女神が言ってるよね⁉ どちらかといえばこのじいさんのほうがあんたの味方のはずなんですけど⁉


「ぐう、悪魔ふぜいがぁ!」


 そこで、ジョージ神官が血眼ちまなこで俺を睨み、魔法を唱える。


『魔法の創槍そうそう、気分はsosoソーソー、やらかす粗相そそう、悪魔を葬送そうそう‼』


 すると、彼の手に巨大な「光の槍」が実体化する。


「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」における高レベルプレイヤー顔負けの気迫で、ジョージ神官は俺へと槍を振り下ろした。


「『裸の王様』!」


 しかし、その槍が俺の体をとらえることはない。

 振り下ろされたその切っ先は、芝生をえぐり、地面に突き刺さるにとどまった。


 ジョージ神官が目を見開く。


「馬鹿なっ⁉ 魔法が効かないだと⁉ 女神マドレーヌの作りし秩序を破壊する、外法げほうが……っ!」


 一応これ、そのマドレーヌから貰った能力なんだけどな。


 けどまぁ、「すねかじり」からの「裸の王様」のコンボはさすがに凶悪すぎると自分でも思う。


 ってか、けっこうなダメージを与えているはずだが、このじいさん死んだりしないだろうな? それだけが心配だ。


 などと余裕をこいていると、ジョージ神官がまた別の魔法を唱える。


『いでよひかりよ、神のいかりよ、天の使つかいよ、真のちかいよ』


 フィイン! という高い音が響いたかと思うと、周囲から光が集まり、人の形に収束していく。


 その「光の人」はやがて地面に着地すると、素早い動きでカシスの後ろに回り込み、彼女の首を後ろから絞めた。


「なっ……はひふ(カシス)!」

「ふはは! やれ、『シャイニング・マン』よ!」


 ジョージ神官が高らかにわらう。


 シャイニング・マン。それは「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」においても使用されていた、一種の分身魔法である。


 一定のMPを消費するかわりに、プレイヤーの分身を作り出し、身代わりやおとりに使うことができる。もちろん分身そのものにも戦闘力があるので、雑魚狩りは分身に任せ、メインのボスはプレイヤー自身が倒す、という戦法もよくとられていた。


「ぐううっ……!」


 カシスは首を絞められながらも、腰の袋からつまようじを取り出して「シャイニング・マン」へと突き刺す。


 しかし、あくまで光を実体化したにすぎない「シャイニング・マン」には、痛覚というものが存在しないらしく――鋭いつまようじで刺されても、ソレはひるみすらしなかった。


「悪魔よ! 仲間を殺されたくなければ、私のすねにかじりつくのをやめるのだ!」


 ジョージ神官が叫ぶ。


 どうやら、彼は本当にカシスを絞め殺そうとしているらしい。


 俺は一瞬だけ迷ったあと、ジョージ神官のすねをかじるのをやめた。そのまま「裸の王様」も解除して、体を実体化させる。


 そして。


 姿を現した俺を見て、ジョージ神官は野蛮な笑みを浮かべた。


「――やれ、『シャイニング・マン』!」

合点承知がってんしょうちすけ


 無機質な声が響いて、光の分身がカシスの首を絞める力を強めた。


 カシスが呻き声をあげる。その顔の色がどんどん青ざめていく。


 彼女には、もはや抵抗するだけの力は残されていなかった。


「なっ……攻撃をやめたらカシスを離してくれるって約束だったじゃねぇか!」

「そんな約束などしていない」

 

 野蛮な笑みを浮かべたまま、ジョージ神官が言った。


「悪魔と取引をするのは、邪教徒だけだ。私は敬虔けいけんな三角教徒……悪魔とは約束事のひとつもしたことがない。そうだろう? 『シャイニング・マン』!」

『俺もそう思います』


 感情のこもっていない機械的な声で、光の分身がジョージ神官に同調する。


 くそっ、こうなったら、この神官にもう一度「すねかじり」を食らわせるか⁉ いや、まずは「シャイニング・マン」のほうを倒して、カシスを助けたほうが――


「そこまでです」


 そのとき、迷う俺の背後から、凛とした声が響いた。


 俺が声のしたほうを向くと、そこには、古文書めいたぶ厚い本を抱えた修道女シスターの姿があった。


 キシュリー。


 悪魔パンツォロッソを信仰する邪教徒。


「パンツォロッソさまと、その眷属にあだなす者は……ジョージ神官、たとえあなたであっても、わたしが成敗いたします」


 彼女はその瞳に決然とした意志をたたえ、闇夜に響く声で言い放つ。



「いきます。スキル――『悪魔召喚デモンズガチャ

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