第4話 「女郎蜘蛛」

「アルカナ領域、出現しました。」

「座標A-12-34、場所は日本、池袋にある村を含んだ領域です。」

ディスプレイに囲まれた部屋の中にオペレーター数名が画面を見つめる。

「同期率は?」

車椅子に載った老女が座標が上空から映し出されたディスプレイを見つめながら尋ねる。


「同期率は更に上昇中。このままだと最高値で92%近くになります。」

かなり高い、その情報は室内を騒然とさせる。

「92%は16年前より高い数値です。」

「ただし、浸食領域の拡大は今のところ認めていません。」

老女の眉が一瞬ピクリと動くも、すぐに素面に戻る。


「領域の中にプレイヤーは?」 老女がオペレーターに尋ねた。

「います。戦闘中。合計で23人。国籍は日本人3人、米国人7人、ロシア人1人、フランス人1人、ドイツ人1人、中国人6人、メキシコ人4人。アルカナ領域は現時点で50%を超えているため、もうログアウトは…。」

老女は考え込むように一瞬沈黙すると、画面中に何かを見つけ「あのロシア人。」と呟いた。

「ズームします。」

オペレーターが顔面をズームすると、ライフルを携えた隻眼の女性の軍人が映し出された。


老女は「Евпраксияエヴプラクシヤ…。」と声を潜めて言った。

「偶然でしょうか?」

老女の横に立っていたスーツの女性が、いぶかしげな口調で老女に尋ねた。その女性は冒頭にてアルカナ世界の説明をしていた冒頭の女性であった。

「さあ、でも僥倖だわ。貴方はログインして、彼女に連絡を取りなさい。」

「分かりました。」

スーツの女性は老女に一礼し、コツコツとヒールの音を立てながらその場から去った。


16年ぶりね……老女の呟きは、現場の混乱にかき消されるほど小さな呟きだった。


◆ ◇ ◆


大爆発音と共に、家屋がまるで大地震のように震えた。

女郎蜘蛛のギルドマスターであるAlexiaの後ろからは囂々と大炎が上がっている。

「姐さん…奇跡が作動してねぇ。グレネードだ、焼け死んじまう。」

部下カスどもは右往左往しており、もはや思考能力は皆無に見える。


「お前ら! よく聞け、敵はかなりの手練れだ。闇雲に動くとあの世行きさ。まずはスキル【弾道予測】をONにしろ。指令系統は一つでいい。電脳で私の命令だけを聞きな。」

焼け朽ちていく家屋の中で、大きく、通るように、敢えて部下に「声」で伝えた。


「敵は少数だ、だから小細工に頼る。敵を恐れるな、逃亡したら後ろから私が刺す。」

「わ、分かった。電脳に切り替えるぜ。」

部下マヌケに考える能力がないなら、恐怖で縛って傀儡にすればいい、Alexiaはそう考えた。しかし、知能は小学生で膂力だけは発達しましたみたいな部下アホがある程度の数はいたはずだが、もう全滅近くまで減らされている現実がある。敵は手練れだ。


チッ……Alexiaから自然に舌打ちが零れた。


(姐さん、外の連中は狙撃で死んでる。でも……死んだ魔法使い連中が張っている【多重防壁】が何重にも作動しているはずだ。どういうことなんだ。)

狼狽する部下カスども。

(知るか! 障壁の中から陣取って打っているか、障壁をブチ破っているかどっちかだ。)

(障壁をぶち破るって‼)

(んなことはどうでもいい。狙撃を避けられるかどうかの問題だ。グレネードの発射位置から狙撃手が陣取ってる場所を予測しろ。ある程度わかったら【弾道予測】で問題ねえ。)

(りょ……了解!)


部下ゴミに指示を与える最中、Alexiaの額から冷たい汗が滴り落ちる。

だが、Alexiaは死線の最中にいながら、まだ冷静に思考を続けていた。


——前にパパが言っていた、ピンチの時こそ冷静になれと。まだ私は冷静だ。数重に張られた障壁は、おそらく魔法を含めた飛び道具も通さない。通ったとしてもワンショット・キルができるような威力は絶対にない。さっきから立て続けにブッ飛ばしている【熱源探知】【超音波探知】だと近くにいる異分子は1人だけ。狙撃手はおそらく陣内にはいない。となると奇跡を解除して狙撃を通していることになる。前にBBSで見たことがある。奇跡を分解するアイテムがある話。


(よもやま話だと思っていたが……このクソゲームには誰も見たことがないアイテムがごまんとありやがるから、本当だった可能性は否定できねえ。)

(ど、どうしたの姐さん!)

(黙れ、狙撃手は貧弱って相場が決まってる。異分子さえ片づけられれば、まだ勝機はある。焼け死ぬ前に出るぞ、狙撃に注意しろ。)


「姐さん! 後ろ!」 部下カスが電脳を介さず大声で叫ぶ。目線はAlexiaの後ろを見ていた。

「——ッッ!」 Alexiaが後ろを振りむくと、大鎌を振りかぶっている何者かが視界の隅に見えた。


◆ ◇ ◆


——んだ、こいつは……。さっき放った探知だと異分子は近くにいなかった。こいつも「何か」やってやがる。んなことはどうでもいい。重量武器だ、私の双剣じゃ防げない。

Alexiaは刹那で機知を判断すると、千砂の懐に敢えて進んだ。近接の間合いでは重量武器は振れない。獲ったとAlexiaが確信し、双剣を突き立てようとしたその瞬間、千砂は大鎌を振りかぶった反動で体を反転、強烈な後ろ回し蹴りを放った。


「姐さん‼」部下ゴミが叫ぶ。


グッ——腹に蹴りを食らったAlexiaは壁を突き破り、吐瀉物を吐きながら外に飛ばされた。炎に包まれた家屋の中では絶叫が響き、探知スキルは用いていなかったが、部下マヌケが全滅したことは直感的に感じていた。炎の中から現れたプレイヤーは、血に塗れた大鎌を携え、まるで死神のように雄々しく、そして美しいとさえ、Alexiaは感じた。


「お前…ネメシスの死神だろ。」

Alexiaの一言に、千砂の歩みが一瞬止まる。


「やっぱりな。BBSで良く噂になってる。ふかし、かと思ってたぜ。」

「……。」 Alexiaの問答に千砂は答えない。

「王様気取りで調子こいてたゴミギルドのネメシスを殲滅した死神さんだよな。おおかた、PKしたカス共の恨みをかって、か弱い私を虐めに来たんだろ。」


質問には何も答えず「——じゃあな。」と千砂が一瞥する。


——狙撃ッ! Alexiaは確信し、その瞬間にスキル【弾道予測】にひっかかった狙撃弾が額を狙い飛来したことを感じた。多重障壁はまるで機能していないと改めて確認し、冷静に双剣の腹で弾をはじき返すと、一つ大きく深呼吸をして大声で叫ぶ。


「つれねーじゃねえか、根暗の伝説さんよ! タイマンと行こうじゃねーか!」

叫びと同時にスキル【猛毒】を最大限に起動し、双剣に纏わりつかせる。そして装備している『女郎蜘蛛の鞣し皮』の特殊能力を全開放した。


「おら、ぼさぼさしてると喰っちまうぞぉぉぉぉ‼」

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