第3話 「死屍累々」
後ろを振り向くと漆黒の森。現代の池袋とはほど遠い大森林だが、アルカナ世界では日本は森林地帯で珍しくはない。
スキル【千里眼】を発動し、目を凝らすと目下には小さな村が見えた。千砂が横を見ると、隣にいた未礼、千鶴も同じように【千里眼】を発動して視診をしているのが確認出来た。
(どうだ?)直接会話はせずに電脳で意思疎通をする。
(——見張りが12人、中に44人、——併せて56人。)
(【熱源探知】では、44人は6か所に固まっている。見張りの12人は4人杖を使っていて奇跡を使いそうだね。杖は「中級魔法士の魔法杖」を持っている奴が2人。そこそこのレベルの魔法士と考えて良いかもね。残りの8人は近接かな。)
(魔法士に気が付かれると奇跡【防壁】が村全体に張られて飛び道具が通らなくなる。)
(そう。そこをつくべきだね、兄さん。排除すべきはまず魔法士から。後はいつも通り、流れでいいんじゃないかなと思います。団長。良いですか?)
(ああ。)
(よし、じゃあ僕が正面から行くね。兄さんは死神みたいな格好してるから、闇に紛れて。)
(——。)
千鶴が奇跡【筋力強化】【速度強化】【反射強化】【装甲強化】の数種類のバフを千砂と未礼にかける。それを合図として千砂は闇に消え、未礼は崖の下へと飛び降りた。
(作戦開始。)
未礼がまだ中空にいる最中、電脳念話で任務開始の合図を告げた。
◆ ◇ ◆
まるで爆発音のような大轟音と共に、未礼は崖の下に降り立った。
墜落と言っても過言でないような落ち方だったが、バフのお陰で未礼の体力はほぼ減っていない。
未礼の墜落で敵側が慌ただしく動き出す。最初の罵声までは約15メートル。煙がうまく体を隠しているが、【熱源探知】によって未礼の場所は知られているだろう。
魔法士の体温が上昇している、魔法詠唱の準備に入っているのだ。
直近の熱源が約3メートル先まで未礼に近づいていた。
さて仕事だ、と未礼は冷静に思った。
未礼は煙に紛れながら一足飛びに一人の間合いに飛び込み、相手の心臓を槍を抉る。
「早……。」敵の一人は断末魔も上げずにそう呟き、その場に倒れ込んだ。
横にいたもう1人の剣を持った獣人が剣を振る。
も、未礼の速度と比べるとまるでスローモーションのように遅い。体を反転し槍を突き立てると、剣は未礼の体に届かず、獣人は喉から血を流し、こと切れた。
アルカナ世界では【リザレクション】という復活の最上級奇跡がある。
しかし、それは現代でいう三次救急を濃縮した奇跡のようなもので、完全にこと切れたプレイヤーには無効だった。それはつまり、敵2人のアルカナ世界での完全な終わりを意味していた。
村に警報音が鳴り響く。
同時に魔法士が奇跡【防壁】を発動し、村は光の防壁に包まれた。
「襲撃者だ!」
警報をうけて、家屋から剣や斧を携えた
【防壁】を複数人の魔法士が唱えた場合に光の壁が折り重なって出来る【多重防壁】になると、防壁外からの奇跡や飛び道具はもう届かない。
この場は肉弾戦で純粋な膂力と速度が生死を決める、と相対する敵対勢力はそう思っていた。…今までの経験から信じ切っていた。
「殺す!」
獣人オーガ3人が大声をあげ、斧を振りかぶり未礼に猪突猛進する。
「殺った!」と奥の人間が確信して叫ぶほど、3本の刃の先端が未礼の頭に触れようとした瞬間、3人の頭が吹き飛び、その場にまるで人形のように倒れた。
「そげ……」先ほど勝利を確信した人間ヒューマンも、「狙撃だ」の4文字すら言えず、まるで潰れたトマトのように頭が吹き飛ばされた。
「えげつない。」未礼が思わず呟いた。
家屋から出てきた近接職の敵中で、武器の程度が高く、膂力がありそうな屈強な者たちから次々と頭を狙撃されていく。家屋の周りは死体が積み重なり、まさに言葉通りの死屍累々となっていた。
「僕も忘れないでね。」
狙撃で完全にパニックになっている敵にスキル【縮地】を使い、一足飛びで接近する未礼。そして、急所に一瞬で槍を穿つ。
相手との距離を一瞬で詰める縮地は、スキル【移動強化】を最高級にして覚えられる【韋駄天】という上位スキルの更に上位。空間移動系スキルの最上級スキルであり、何が起こっているか分からない面持ちで死んでいく敵達がそこにいた。
高位の近接戦闘と理解不能な狙撃との波状攻撃によって、敵側は本来出せる戦力を全て出せずに、無残にも朽ちていった。
「防壁が機能していないんだ! 屋内に入れ!」
屋外は狩場ということを理解した生き残った敵達は阿鼻叫喚の中、屋内に避難した。が、屋内に退避した敵が闇の中で最後にみたものは……先ほどまで話していた仲間達の死体——それと大鎌を携え、返り血に染まったマントを被ったプレイヤーの姿だった。
「死神……」
振りかぶられた大鎌は無残にも屋内に避難してしまったプレイヤー達の命を刈っていく。
屋外では、狙撃手対策にスモークが焚かれ、肉弾戦が繰り広げられていた。
未礼は相手の急所を突き、剣戟をリズミカルに躱すを繰り返し、戦闘開始から15分ほどで20人程のプレイヤーをPKしていた。
闘いながら、屋内を【熱源探知】で確認すると熱が1つ、また1つと消えていき、家屋の中は30秒も立たないうちに熱源が一つもない状態になった。
千砂だ、これだから千砂は怖い。未礼は戦いながら兄を想う。
千砂が装備しているマント『深淵を纏う者』は全ての探知スキルに反応しなくなるというチート級の装備だ。兄が敵じゃなくて良かった——そう思いつつ、未礼は槍で相手を穿っていく。千砂は倫理観や規範性が薄いわけでなく、むしろそのような人間を逆に軽蔑するようなけらいがあるが、バトルマニアという異常人格性は多少あるように思えた。葛藤しながら命を刈る——相反した矛盾した行動を取る千砂に、弟は奇妙な誇らしささえ感じていた。
千砂が(周りの家屋の制圧完了。)と伝えると(了解。)と団長が応じる。
残る家屋は村の奥にある大きな家屋のみ。屋外に炙り出された近接職は全て土に伏していた。槍を振るって穂先についた血を払い、未礼は目線を地面に転がっているプレイヤーに向けた。
(56人中、屋外では25人クリア。兄さん、屋内は?)
(19人。)
(——最後の屋内に熱源で確認できるのは12人。——打ち漏らし無し。)
(仕上げにしよう。5秒前。)団長が呟く。
(4——)
(3——)
(2——)
(1——)
(グレネード!)
団長が念話にて叫ぶと、暗闇だった村の中が突如閃光に包まれる。
ほんの一瞬の静寂の後、19人が残るであろう家屋は突如爆発し、囂々と火炎に包まれた。
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