第2話 「復讐代行」
千砂が電脳でメールボックスを覗くと「復讐代行」という件名のメールが1件、受信されていた。
メールを読み進めてみると、どうやら復讐対象は「女郎蜘蛛」という名前の最近黒い噂が絶えない新興ギルドであり、所謂、集団で
アルカナ世界では人々は様々は事をして暮らす。
世界は未開拓の地がどこまで広がっているか、誰も分からない。世界地図の中心部には現実世界の大陸が存在する。だが、それを中心として放射状に世界は広がっており、日々アップデートされているという。
アルカナ世界は
野望で渦巻いている世界の中には悪人が多く存在する。アルカナ世界には人々が常識的に定める一定の秩序や規則は在るものの、警察機構がない。そのためPKを行い、身銭を稼ぐプレイヤーも数多くいる。ギルド「女郎蜘蛛」はそのような、ならず者集団の集まりのようだった。
「兄さん、遅いよ。惰眠を貪れるくらいは待ったかも。」
「——ほんとに遅い。トイレくらいパパっと行ってきて。」
「千鶴、大かもしれないよ。大ならゆっくりさせてあげないと。」
「——最低。」
千砂を兄さんと呼ぶ槍を持った男は未礼。現実世界で千砂の実の弟であった。
その横で呆れているエルフは千鶴という未礼のパートナーで、現実世界でもパートナーである。
「悪い、何時間たってた?」
「3日くらい。」
アルカナ世界が、
そして、BMS(Brain Management System)が魔法と称されている所以。
実際、千砂がトイレに行き、水を飲んで戻ってきたのが4-5分くらいのものだろう。現実世界の4分がアルカナ世界では1日に感じるようになっているのだ。
このため、現実世界での1年はアルカナ世界の365年になり、この世界では人々は悠久の時を過ごすことが可能になる。
「アルカナチャンネルでやってた宣伝、見たか?」
千砂の問いに未礼の表情が曇る。
「うん。レアアイテムの懸賞があったから。けど、対外的に相変わらず良いところしか放送してないね。16年前のアレはなかったことにされてる。」
「この世界は便利すぎるから。多少の不合理は皆、眼を瞑る。」
「…駄目——その話。ゲームマスターに聞かれたらBANの対象になる——。」
千鶴が人差し指で口を押えつつ、目で千砂達を牽制する。
「………そうだな。」
未礼は周りを気にしつつ声を潜めた。乾いた短い沈黙がその場に流れる。
「さて。」
未礼は笑顔を作り「で、兄さん。今日の依頼は?」と千砂に尋ねた。
「今日の依頼はギルドを1つ消す。」
「ふーん。」口角が上がり、白い歯を見せる未礼。
「——どのギルド。」未礼からも千鶴からも否定的な言葉は一切出ない。
「共有する。」
電脳から依頼者のメールを2人に転送する。メールには恨みを込めた依頼者の復讐動機がつらつらと書き記されていた。要するに女郎蜘蛛のメンバーにPKをされ、全財産を失ったという話で、決して珍しい話ではない。
アルカナ世界にアカウントは一つだけ、一つの脳に一つのアカウントしか作成できない。死亡時はまた1から始めるしかない。
「暴力に対抗するには結局は暴力しかないってことだね。」未礼が呟く。
「…そうかもな。」
「——報酬は。」無表情で腕を組みながら千鶴が千砂を見つめる。
「30万円。」
「——安。」千鶴が被せ気味に鼻で笑った。
それは当然の反応だ。アルカナ世界ではプレイヤーが死ぬとアカウントが全消失する。アイテムも蓄えてきた財産さえも。データが完全に消える可能性を孕むにしては、かなり安い。
「千鶴、駄目だよ。僕たちは嫌われている事を自覚するんだ。それを払拭するためにも、この世界のために少しでも社会貢献しよう。それに30万円あれば、兄さん、新しい服を買う事も出来るんでしょ?」
「——どんな高級服買う気なの、ブラコン。」無表情のままの千鶴。
「それにさ、PKされた人間がまた1から集めた金。特別だよ。」
未礼の言うことも一理あった。アルカナ世界で集めた金銭は
「よし、決まり。粛清対象は女郎蜘蛛。登録メンバーは56人。ギルドマスターは
「一人頭——。」
「卑しいよ、千鶴。そうと兄さん。団長とかは他は参加する?」
(もう配置完了している。依頼の裏は取った。)
3人の視界の右上にベレー帽の眼帯の女性が映り込む。
これは電脳といい、アルカナ世界では直接話さなくてもフレンドなら視界を通じて、念話出来る。
電脳は戦闘中に特に便利で、離れた場所の味方とも連携が取れる。
「団長。聞いていたんだね。」
(ああ。)
ベレー帽の女性は片目しか見えないが、その眼は硝子細工のように澄んでおり、電脳越しでも心の内を見透かされそうな印象がある不思議な印象を纏っていた。
「——壁に耳あり障子に目あり。」
「電脳だろ。」と千砂が静かに突っ込む。
◆ ◇ ◆
直接会話と電脳会話が入り混じる中、千砂は20m程先で4人組が様子を伺っているのに気付いた。
「梟だ、梟のメンバー。」
「——みんな賞金首だろ?」
「あの…黒い大鎌の人間。千砂だ。2人いる梟の副団長の一人。」
「マジか。それだと賞金は数百万単位なんじゃないの。」
「…やるか?」
「いや…でも梟だぞ。普通に無理だろう。」
「胸糞悪い。早く誰か討伐しねえかな。」
やれやれ、千砂は思う。このような会話は別に誹謗中傷なんかじゃない。千砂が今までアルカナ世界でやってきた復讐代行とは、つまり言葉は悪いが、殺し屋のようなものだった。金を貰って人を消す、ギルドを消す。千砂はアルカナ世界で長い期間、手を汚し続けてきた。
『梟』
千砂達が所属しているギルドの名前である。
アルカナ世界にはいくつか有名な大規模ギルドが存在する。中には数百人から数千人の規模がある大ギルドがあるが、梟の規模は十数人。
吹けば飛ぶような弱小ギルドのように思えるが、界隈では有名なギルドだった。
アルカナ世界ではPKを犯すと犯罪者の烙印が付く。アルカナ世界には警察機構はないが、犯罪者の烙印を押されたプレイヤーをPKすることで、NPC《ノンプレイヤーキャラクター》が運営している役所で罪の深さに応じて報酬金が支払われる。
つまり、アルカナ世界で罪を犯せば犯すほど、自らの賞金が自動で上がっていくといったシステムがある。
PKギルド—— 梟の名前よりこの名前で呼ばれる方が圧倒的に多い。
このギルドの決まりはただ1つ、報酬を貰って復讐代行業をすること。それを守れば、他人に迷惑をかけようが、団員同士で殺しあおうが、何をしても自由。
故に真面に仲間と一緒にMOBと戦って身銭を得たり、クエストや遺跡探索で金を稼ぐ、いわばゲームの本筋には迎合せず、暴力でしか生きていけないような無法者が残念ながら集まる。団員は過去に団長と戦い、敗れてスカウトされているバトルマニアな連中が大半。そのため、街中での挑発や戦闘行為は日常のこと、フィールドでもPKの対象とされることも決して少なくない。
千砂は無法者の団員とは相いれない、己は決してそのような悪とは違うと思ってはいるものの、同じ犯罪者であろう、という自責はあった。
千砂の現在の報酬金は約2800万円。過去に千砂を討伐するため有志が組まれたこともあるような有名な、いや悪い意味で高名なプレイヤーだった。
(……。)
(兄さん、大丈夫だよ。僕がついてる。)
未礼が電脳にて小声で囁く。未礼の声は優しく艶やかであり、千砂の心を落ち着かせた。千砂は生まれながらの悪人ではない、未礼はそう確信している。
千砂は人の心の揺らぎに敏感で、人の悲しみを共感できる心の持ち主だ。だからこそこの世界で復讐代行にのめり込んだし、行き過ぎた正義心は、人によっては暴力に酔っている矮小な無法者にみえるのだろう。
千砂の自己矛盾と葛藤。
それに悶え苦しむ実の兄に、弟は微笑ましささえ感じていた。
(——千砂は見かけによらず繊細。)
(…はいはい。) 千砂は眉一つ動かさず、話を流す。
(拠点は池袋にある座標AE-1267-34。標的はそこにいる。)と団長。
(——了解。)
3人が反応し、千鶴が杖の先端を地面に叩きつけると、何もない空間に魔法陣が出現する。
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