第5話 「走馬灯にて」
半身しかない未礼は中空で死を感じながら想う。もはや下半身の感覚はなかった。
想うものは兄のことのみ。今まで迷惑しかかけてこなかったね。
——最後に一言謝りたかったな。未礼は薄れゆく視界の中で、兄を思起す。
僕は物心ついた時から同性愛者だった。
体は男、心も男。ただ、好きになるのは男性だった。
僕達は二人ぼっちだった。
両親はおらず、もう思い出すことすら出来ないくらい、淡い記憶。
だから小さい時から二人で生きてきた。嫌な事もたくさんあったけど、兄さんとだから何とかやってこれた気がするんだ。兄さんは内向的な性格、僕は外向的。正反対の性格だったけど、喧嘩なんて一度だってしたことがなかった。
兄さんは内向的な性格を僕と比較されて嫌な思いをしたことがあるだろうけど、それをおくびにも出さない強さを持っていた。そんな兄さんの心の強さに、僕は本当に憧れているんだ。
僕たちは貧しかった。両親が残した少しの財産や遺族年金はあったけど、それも借金返済のために使っていたから雀の涙程度の金しか残らなかった。だから兄さんは高校に通いながら、ひたすらバイトをしてた。僕が貧しいながらも、あまりお金に困る記憶がなかったのも兄さんのお陰だって、僕は知ってる。
僕が高校をやめて夜の世界に入った時も、兄さんから否定的な言葉は出なかった。
兄さんはお金の事で僕が気を使ったって思ってるかもしれないけど、全然違う。
僕は兄さんに人並みの青春と人生をプレゼントしたかったんだ。僕が兄さんの人生の枷になってる、思春期くらいからそう思っていた。
僕がいなければ、兄さんはもっとましな人生を送れる、その時はそう無邪気に確信していたのかな。
思えば、正式なカミングアントはしていない。
だけど兄さんは、おそらく僕のセクシャリティを見抜いていた。見抜いた上で、僕に何も言わなかったんだ。言えなかったんじゃない、言う必要すらなかったんだ。
僕が買われている時も、誰かの猫になってる時も、発展場にいる時も、
僕の心は荒れていなかった。僕はあの時に家を出たけど、心は兄と共にある。
…僕達、良い兄弟だったよね。
どさり、未礼の体が地面に堕ちる。
両眼は開いているが、光はとうに失われている。
朧気ながら、向こうに兄の姿が見えた気がした。
この死はきっとゲームだけじゃない。16年前の出来事は正しかった。
「逃げて」 最後の言葉を振り絞るだけの精気は、既に未礼には残されていなかった。
<The End of Arcana> -地獄篇- @rabaco
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