第42話 お泊り
「エイタ君、今日もちょっとだけキャッチボールしないかい。ずっと部屋の中で遊ぶよりも体を動かしたほうが良いだろう」
「はい。やりましょう」
夕方と呼べる時刻になると研究所の中庭へボールとグローブを持って出た。
「うわ。でももう暗くてボールが見えづらいか。ほんのちょっとだけにしようか」
外に出て空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな雰囲気をしていた。どんよりと薄暗い屋外で手の平を差し伸べて具合を探ってみたけれど、今のところは小雨も降っていない。
「ルリちゃんもやってみるかい」
「私はいいです」
今日も一緒に外に出てきたルリにダイスケがもう1つ持っていたグラブを差し出したが、ルリは差し出されたグラブを遠ざけて断った。
前に運動は苦手と言っていたルリだが、どのくらい苦手なのか見てみたいと思ったエイタはそれを残念に思う。
「ボールは見えるかい。大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「よし。投げてこい」
野球のボールが白色じゃなければ見えないんじゃないかと思うほど暗かったが、どうにかボールを見失わずに補給できる。
「この前ね。マサミに太ってきたからダイエットしろって言われたんだよ」
「だから運動してるんですか」
「そうなんだよ。でもなかなか痩せなくてね。いかんせん食べるのが好きだから」
研究所の窓の中で唯一、光っている窓がある。マサミは1人で部屋に残って夕食の準備をしていた。今日は自信のある特製カレーを作ってくれるらしい。今のところ食べたマサミの料理はどれもおいしかったのでエイタはどんなカレーを作るのか期待している。
「おじさんの体重どのくらいだと思う?」
「えっと……75キロとかですか」
「ルリちゃんは?」
ルリはこの前と違ってベンチに座らずエイタの斜め後ろに立っていた。
「80キロくらいですか」
「意外と軽く見られるんだね。でも、89キロもあるんだよ」
「ええ」
「エイタ君くらいなら今どのくらいかな。40キロとかかい」
「この前測ったときは44キロでした」
「じゃあ倍以上もあるんだ。ははは」
少し少なめに言ったがエイタも本当はもう少し重いと思っていた。自分の父親の体格と体重と比べると80はありそうだと踏んでいたが、まさか89キロもあるとは。
「あの、1つ聞いていいですか?」
「なんだい?」
「この前、ここにいることで病気にかかる心配はないみたいなこと言ってたじゃないですか。それは本当というか。何でなんですか?」
気になっていたことだった。ルリもきっとそれを心配しているだろうし聞くタイミングを探していた。
「うーん。今はそれを話すのはやめておこうか。夕食のあとにしよう。でも、安全だというのは本当だし保証するよ」
その言葉を聞いたエイタは安心した。ボールを目を凝らしてキャッチすると、後ろにいるルリの反応も確認する。ルリは朝のように真顔でダイスケを見ていた。
「薬は……。薬はいつできたんですか?」
突然、ルリが口を開いてエイタに続きダイスケに質問する。
「薬の試作品ができたのは一か月……いや三週間くらい前かな。マサミにも手伝ってもらって、やっとの思いで形にできたよ。ルリちゃんにはすぐにでも知らせたかったんだけど、まだ試作品だからね」
その言葉の後にエイタが投げたボールをダイスケは取り損なって後ろに逸らした。後方にある木のところまで転がったボールを慌ててダイスケが追いかけた。
「やっぱりボール見えないから中に戻ろうか。今日寝る部屋も案内するよ」
ボールを拾って戻ってきたダイスケは息を切らしてそう言った……。
ダイスケに連れられて入った部屋は病室のような佇まいの部屋だった。白いベッドと壁にフローリングの床、実際に病気に感染した人が使う部屋だったのかもしれない。
「ルリちゃんはこの部屋使ったことあるよね。空調とか電気のスイッチはここだから……でも、思えば男の子と女の子だから部屋は別のほうが良かったかな」
「一緒でいいです」
答えたのはルリだった。しかも即答で一緒の部屋で寝ることを決めたルリにエイタは戸惑った。
「ほんと?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。じゃあ僕はちょっと消化不良だからその辺を走ってくるよ。ゆっくりしててね」
横にスライドするタイプのドアがダイスケが出て行った後に、ゆっくり自動で閉まっていく。本当に一緒の部屋でいいのか困ってしまったエイタはドアが閉まる様子から目を離せなかった。
「……やっぱり嘘ついてるよ」
ドアが完全に閉まり、部屋の中で2人きりになるとルリが言った。
キンメッキ ~金色の感染病~ 木岡(もくおか) @mokuoka
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