あの、プライベートだとやさしくなるとかないんですか……?
「お前が残るってどういう意味だ」
「社長は長くここにいらっしゃって、お疲れだろうから、わたしが代わりにこの店をやりましょうかって意味です」
そう壱花は倫太郎に言ったが、
「それだと今度はお前が疲れるだろうが」
と言われる。
「いやー、でも、どうせわたしは社長と違って、たいした仕事はしてませんし」
と言って、
「いや、お前にいくら払ってると思ってるんだ。
仕事しろ」
と言われてしまう。
いやいや、社長が遠慮しないようにそう言ったんですよ……と思ったとき、倫太郎が言ってきた。
「疲れてるんだろ? お前も。
ここ入ってきたとき、ボロボロだったじゃないか」
あの……たとえ、わたしを気づかって言ってくださっているのだとしても、ボロボロとか言われたくないのですが、女子として。
と思ったそこに、また、倫太郎がたたみかけるように言ってくる。
「第一、どうやって俺と交代するつもりだ。
ちゃんと考えはあるのか」
あのー、あなたのために言っているはずなのに、なにやら責められている感じになっているのですが……。
職業病だろうか。
会社と同じくらい容赦ないが。
この人にはプライベートとか。
プライベートだと人に対して甘くなるとかないのだろうか……と思いながら、
「それなんですよね~」
と言い、壱花は奥の台の上にあった古い手鏡を手に取った。
今もわたし、ボロボロなんだろうか……と気になったからだ。
おのれの顔をその手鏡に映そうとして、ん? と思う。
鏡の中の風景に実際にはないはずの赤いものが映り込んでいたからだ。
手鏡は店の入り口を映している。
ガラス戸の向こう。
公園があるはずのその暗闇にどこまでも伸びていく、赤い千本鳥居のようなものがある。
「社長っ」
と思わず壱花は叫んでいた。
鳥居の向こうがほんのり明るかったからだ。
この駄菓子屋を見つけたときと同じ灯りだ。
壱花には予感があった。
「社長、行ってみましょうっ」
「えっ? 何処にだ?
っていうか、店を勝手に開けられないんだが」
と倫太郎が言ったそのとき、入り口から人間の若い男が入ってきた。
ミステリードラマに出てくる俳優のようなイケメンだ。
壱花は慌てて、狐の面をかぶってみる。
その面を通してみると、男は大きな狐に見えた。
「そこの狐の人っ」
と壱花はそのイケメンを呼ぶ。
「すみませんっ。
この店、ちょっと見ててくださいっ」
は? とイケメンが言う。
「行きますよ、社長っ」
と壱花は倫太郎の手を引くと、こちらもまた、は? という顔をしている倫太郎を強引にレジから連れ出した。
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