何故か、社長がいます



「なに寄り道してるんだ。

 まっすぐ帰れ」


 倫太郎はまるで小学生を叱るようにそんなことを言ってきた。


「社長、いつも忙しくて睡眠不足だと言っているのに、こんなところでなにしてるんですか」


 そう壱花は訊いてみた。


 壱花は倫太郎の秘書なのだが、秘書といっても一番下っぱなので、雑用ばかりで、倫太郎との交流はそうない。


 すると、倫太郎は拾ったキツネの面をレジ台に置き、丸椅子に腰掛けると、仕事中と変わらぬ真面目な顔で言ってくる。


「呪いなんだ」

「呪い?」


 やり手の社長の口から呪いという言葉が飛び出すことがまず不思議だったが。


 まあ、こんなところで社長が駄菓子屋をやっていることがまず不思議なので、社長室で言われるほどの違和感はなかった。


「俺は子どもの頃、夜遅く、よくこの辺りを通っていた。

 塾からの帰り道なんでな。


 すると、ある日、たまたま、この駄菓子屋に迷い込んだ」


 たまたま迷い込んだって妙な言い方だな、と壱花は思う。


 そんなに入り組んだ路地でもなかったが、と外を振り返ってみたが、薄暗い公園が見えるだけだった。


「俺は駄菓子なんぞに興味なかったんだが、友だちが買いたいと言うから」


「社長、友だちいたんですか」

と思わず言って、


「……おかしな合いの手を入れるな」

と睨まれる。


「ばあさんがひとりで店番してた。

 のんきに帳簿見ながらパチパチそろばん弾いてるから。


 そのくらい簡単に暗算できると、ちょっと小生意気な態度で計算して見せたら」


『ほう、坊主。

 使えるじゃないか。


 よし、この店をお前に任せよう』

と言われたんだ」


「そのどこが呪いなんですか。

 雇われ店長になったって話ですよね?」


「小学生のときも中学生のときも、大人になっても、社長になっても、決まった時間になると、ここに勝手に転移してるんだ。


 っていうか、お前、今、ふらっと入ってきたが、ここ、通常の空間と違うからな」


 そういえば、と気がついた。


 さっき、いきなり天井から、にょろんと手が伸びて社長のお面を外したような……。


「さっきもなんかいたろ」

と天井を振り返りながら倫太郎は言う。


「此処はあやかしの経営している駄菓子屋だったんだ。

 客もあやかし」


「えっ、そうなんですか?」


「人間も来るけどな。

 お前みたいにたまに、こう、生活に疲れた感じの奴が」


 失敬だな~と思ったのだが、疲れているのは確かだった。


「じゃあ、あやかしも生活に疲れたあやかしが来るんですかね?」

「……なんだ、生活に疲れたあやかしって」


「だって、駄菓子を見ると、なんか心が弾みますよね」

と壱花はレジの前の量り売りになっているカラフルなお菓子を見た。


 倫太郎は頬杖をついて、それらを見ながら、


「俺は未だに好きじゃないがな。


 身体に悪そうだし。

 着色料すごいのもあるし。


 そんなに鮮やかなお菓子がいいのなら、今度、俺がよく手土産に使う店のマカロンを並べてやろうかとか思うんだが」

と言い出す。


 ああ、あの店の、といつもその手土産を手配している壱花は上品なパッケージに入ったマカロンを思い浮かべる。


 パステルカラーで可愛らしく、味もふんわりしていて、甘すぎない。


「確かに美味しいですし、いやされますが。

 なにかこう、駄菓子でしか癒されないものってあるんですよ」

と壱花は熱弁をふるう。


「例えば?」

と冷めた表情で倫太郎が訊いてきた。


「えーと。

 仕事の疲れとか?


 いや、高いお菓子でも癒されますけどね。

 駄菓子だと子どもに帰ったみたいな気がして、なんか和むんですよ」


 なんとなくこの店に足を踏み入れてしまった壱花だったが。


 思い込みが激しいので、今や、この私の疲れを癒してくれるものは駄菓子しかないっ! くらいに思いつめていた。





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