そんな店は嫌なんだが……

 


「だが、子どものころの自分なんて思い出したら、今の自分と比べて嫌にならないか?」


 まあ、俺なんて、たいして自由のない子ども時代だったから、そう変わりはないが、と呟いたあとで倫太郎は言う。


「そういえば、駄菓子の思い出なんて、その塾帰りに見たこの駄菓子屋くらいしかないな」


「きっと疲れたサラリーマンくらい疲れてたから、ここに迷い込んでしまったんですね」

と壱花は苦笑いしながら、同情気味に言った。


 そんな話をしているうちに、客が来た。

 普通の親子連れだ。


 優しそうなパパとママ。

 それに二人の子どもたち。


 店内を楽しく見て周り、レジに来る。

 普通に買って出て行った。


「なんだ、疲れたサラリーマン以外のお客さんも来るんじゃないですか」


 そう壱花は、ホッとして笑った。


 だが、倫太郎はやけに熱心に今の家族が払っていったお金を見ていた。


「どうしたんですか?」


「いや、奴らが払う金は葉っぱなときがあるからな。

 これはどこかに供えられてた金かな」


 ちょっと泥がついている、と言ったあとで、

「あれは狸の親子だ」

と教えてくれた。


「ええっ? 全然、普通でしたよっ」


「そうだな。

 俺は人間の百貨店でもあの親子に会ったことがあるが、狸なんだ。


 俺はもうこれなしでも見えるが、ほら」

と倫太郎は立ち上がり、壱花の後ろに回ると、あのキツネのお面をつけてくれた。


 倫太郎のものらしき香りがして、どきりとする。


 秘書だが、普段、こんなに近くまで彼が来ることはないからだ。


「まあ、いいから見てみろ」

と言って、倫太郎に手をつかまれた。


 今度は、どきりとする間もなく、外に連れて出られる。


 さっきの親子の後ろ姿が見えたが、そういえば、彼らの周囲が少しかすんでいるように見える。


「なにか輪郭がにじんで見えます」


「それをかけて何度か見てると、ハッキリ見えるようになるさ。

 あれは狸だ。


 実はそこここに人間でないものはいるんだ」

と言ったあとで、


「ま、うちの浪岡常務もある意味、狸だが……」

といつもやり込められている常務の名を出してくるので、笑ってしまった。





 それから、なんとなく二人で並んで店番をしていた。


「お前が来たら、ちょっと現実の景色が濃くなった気がするな」

と倫太郎が入り口の厚いガラス戸越しに外を見ながら言う。


「もしかしたら、ここにいる人間の比率が高くなると、店が人の世界に近くなるのかもしれないな」


 そう言ったあとで、倫太郎は夜道を見ながら、ぼんやりと呟く。


「俺はあの日、迷い込んでから。

 ずっとこの店になにかをとらわれたままで、未だに家に帰れてない気がするんだよ」


 もちろん、実際には帰っているのだろうが。

 ここに囚われて離れられないなにかがあると言うのだろう。


 しかし、小学生で、ここに迷い込むとかどんだけ疲れてたんだと思うが。


 まあ、若くして社長を任されるような一族だ。

 家でも大変なんだろうというのは、庶民の壱花にも想像できた。

「そうですねー。

 じゃあ、迷い込む人の数を増やしてみたらどうですかね?」


 ビール置いたらいいですよ、と壱花は笑う。


「駄菓子にビールがあったら、リピーターになります、わたしなら。

 友だちにも宣伝しちゃいますよ。


 疲れたサラリーマンが疲れたサラリーマンを呼んで、人間の比率が高くなったら、この店、人の世界に傾きませんかね?


 そしたら、社長もここから抜けられたりして」

と言ってみたのだが、


「……嫌だな、疲れたサラリーマンで満杯の店」


 いやいや、贅沢言わないでくださいよ、と思いながら、並んで店番をつづける。








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