閉店だよ
壱花たちが天井から吊るしてある玩具に身を屈めながら店内に入ったとき、
「いらっしゃい。
うちは現金払いだよ。
賽銭は泥を落としてから持ってきな」
と顔も上げずにおばあさんは言ってきた。
ぴたりと会計の台の前で足を止めた倫太郎が、
「ばあさん」
と呼びかける。
あん? とおばあさんは眼鏡を外しながら顔を上げた。
「おや、あんときの坊主、大人になったのかい」
「呑気だな、妖怪」
と小柄なおばあさんを見下ろし、倫太郎が言うと、
「おねえさんとお呼び」
と言い返してくる。
「わたしらの外見なんて、あってないようなもんさね。
望むなら、いつでもお前好みの美女に
と言って、おばあさんは笑った。
「わたしがちょっと二号店にかまけている間、店番頼んで悪かったね」
「ちょっとか?
あんたらの時間の流れはおかしいぞ」
と倫太郎はおばあさんに文句を言っていた。
「どうした?
もう駄菓子屋、飽きたのかい?」
そう問われ、倫太郎は沈黙する。
ははは、とおばあさんは笑って言った。
「楽しくやってたようだね」
……やはり、なんだかんだ文句言いながら、それなり楽しかったのか、と思った。
だが、こう毎晩では、やはり、身体は辛そうだ。
「俺も自分の仕事を持ったから」
迷いながら、倫太郎はそう言った。
はっきりとしたことを言わないのは、決断しかねているからだろう。
このあやかしの駄菓子屋と完全に手を切るかどうか。
今なら頼めば、店主を辞めさせてもらえそうだった。
「まあ、あんたなら、自分の仕事をやりながらでもできると思うがね。
私が見込んだ子だ」
見込まれたんだったのか……と思ったとき、倫太郎が壱花を振り向き、
「このばあさん、浪岡常務より俺のことを認めてるぞ」
と言ってくる。
倫太郎の父親が社長をしていた頃から今の会社にいた浪岡は、倫太郎には厳しい。
今はグループの別会社の会長をしている倫太郎の父から、指導してやってくれと頼まれているからのようだった。
「嬉しいのなら、そのまま続けたらいいじゃないですか」
と壱花は笑った。
だが、と言いかける倫太郎に、壱花は言う。
「普段はわたしが店主をやりますよ。
社長はお疲れでないときだけ、いらっしゃればいいじゃないですか」
あのあやかしの訪れる空間が倫太郎にとっても癒しの場所となっているのだろうと壱花は思っていた。
この世ならざる者と、子どものころ触れられなかった物に囲まれたあの場所が――。
ふうん、とおばあさんは、まじまじと壱花を見ていた。
駄目かな。
わたしじゃ、この目利きっぽいおばあさんに見込まれそうにない、と思ったとき、ん? とおばあさんが壱花の後ろを見た。
黒いカラスのようなものが店の前を横切っていった。
「よし、閉店の時間だね。
わたしは残業はしない主義なんだ」
そう言い、おばあさんは帳簿を片付けはじめる。
立ち上がったおばあさんは背の高い倫太郎を見上げ、
「ふん。
店は狐に任せてきたね。
あれはいい狐だ。
男前だし」
と言った。
「あの狐に任せたのは、壱花だ」
と倫太郎が言うと、そうか、とおばあさんは笑う。
「店はどっちがやってもいい。
好きにしな。
閉店だよ」
とおばあさんは二人の前で、ぱちんと指を鳴らした。
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