焦がれて焦がる

キューイ

第1話 あつさ

 熱に焦がれる者達がいる。


 彼は部活のランニングの真っ最中だ。足を動かし景色が前から後ろへ流れて行く。着実に進んでいることは自身でもわかっていた。しかし日差しは彼の体を照りつけ、コンクリートからの照り返しも彼の体を熱して行くので彼は止まってしまいたかった。

 

 それでも彼は足を動かし、腕を振った。ここで止まれば体力はつかないだろう。強くはなれないだろう。そう考えて自分を鼓舞した。


 頭から首筋を介して胸元に汗が流れる。ベタついて不快だ。


 彼は止まらない、彼は何を求めているのだろうか。そりゃ強くなった自分だろう。



 ついにランニングが終わった。冷たい水で顔を洗って水をがぶ飲みする。砂漠に垂らした水のように彼の体に水がどんどん取り込まれて行く。


 ばっと顔を上げると先ほどまで熱風に感じられていた風がそよ風のように心地良かった。


 この感覚が続けば良い、彼は思った。しかしそんなにうまくはいかない。この感覚を、一夏のオアシスは頑張ったものにしか訪れない。


 この夏のオアシスをまた味わいたいなら走ることだ。


 彼はそう考えると自分でもわからなくなってきた。オアシスを味わいたいのか、走って強くなりたいのか。


 しかしどちらにしろ彼が熱に浮かされないと達成し得ないものだ。熱に焦がれているかのように彼はまた翌日走り出すのだ。




 彼女は受験期の真っ最中だ。夏休みまでに基礎の英単語やら古文単語やら頭につめこむことに成功したので、夏休みから実践的な問題をやっている。


 クーラーの効いた塾の中は窓一枚を介した外とは温度差がかなりあるだろう。塾の自室が始まって1時間、最初からいる彼女はどんどん問題に集中してゆく。


 カリカリとペンを走らせる。何のためか、もちろん合格のためだ。彼女のクラスメイト達も違う塾や自宅、学校で同じように勉強に精を出している頃だ。


 彼女がふと窓の外から声が聞こえたのでそちらを見てみると部活のランニング風景が飛び込んできた。見ているだけで熱気を感じられるほどの彼らを見て彼女はパチンと顔を叩き、再び問題に向き合う。


 窓の向こうの熱気に負けてはられない。クーラーがなんだ、こちらも熱気で負けてはいられない、そう考えた彼女は額に汗を掻くほど集中してペンを走らせる。


 チャイムがなる。気づけば外は薄暗くなっていた。彼女は深く息を吐き問題集を見つめる。

いつのまにかクーラーの快適さは感じられなくなっていた。それほど自分が熱くなっていたのだろうか、そう考えると悪い気はしなかった。


 後いくつこの熱を味わえば目標を成せるだろうか。それは1年後の彼女にはわかるが今の彼女にはわからない。ただこの熱を可能なかぎり発し続けるだけだ。


 

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焦がれて焦がる キューイ @Yut2201Ag

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