短編連作ながら、各章がその後の伏線にもなっていくという、練り込まれた日常系ミステリー作品でした。視点、語りが主人公に統一されており、丁寧で安定した文章ながらウィットにも富んでいます。
凄いと思ったのは、丁寧な伏線の仕込み方。何気ない会話や目にした光景が謎を解くヒントとなっているだけでなく、そこで得た気づきが次なる事件を解く糸口にもなってゆく、という仕立て方。思わず、最後まで一気に読んでしまいました。
登場する人物たちは、主人公の門出窓太くんを始めとしてなかなか個性的です。起きる事件――もしくは謎、挑戦と言い換えてもいいかもしれません――は、タグにもあるように、人が死なないささやかなもの。しかし、関わる個人にとっては人生を揺るがす大きなこと。
この作品は、生徒と講師、生徒同士、社会人となった大人同士、いろいろなタイプの友情を描く物語でもあるように思います。ちょっと不器用な人が想いを拗らせると、ミステリーになるんだなと、たいへん興味深く楽しませていただきました。
人間同士の関係性を深く掘り下げた作品がお好きな方に、特にお勧めしたいです。
神奈川塾なる学習塾のバイト講師となった門出窓太は、初出勤日に早速室長から仕事を命じられる。まずは壁を埋める合格実績の張り紙をすべて剥がすこと。その次に、これを全部剥がす理由についてを秘密裏に解き明かすこと。
こちらの日常の謎、導入が実に見事なんですよ。塾の名前の由来(本編でご確認を)から入って、主人公の窓太さんや彼と関わるキャラの人となりを織り込んで、謎解きへ向かう。
書き手の方には実感していただけるものと思いますが、説明を伴うだけじゃなくて動きの少ない導入をおもしろく書くって、凄まじく難しいことですよね。それが絶妙なバランスでまとめられていることで目を惹きつける内容を成していますし、ここから「始まる」ドラマを匂わせてもいるわけです。著者さんのうまさとずるさ、本当に高品質ですね!
物語は始まったばかりですので、今から本格的に動き出す物語とキャラのドラマ、ぜひとも追いかけていただきたく。
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=髙橋 剛)