第36話 地下都市

 地下都市アンダーシティ、こう呼ばれるようになったのは、研究都市が創設してからだ。ここは、かつて王都として栄えており、今ここに立ち入る者は、一部を除いていない。研究都市は、この王都の遺産を上書きするかのように地下へと追いやり人々の記憶から忘れ去られていった。


 地下都市アンダーシティへと足を進める令司、リア、弟、粉雪の4人。


 俺は、深雪のことで頭がいっぱいだったのか、肝心なことを聞き忘れていた。


地下都市アンダーシティってどこにあるんだ? 足の下に旧王都があるとは到底思えないんだが..」

 

 周りを見渡せば、隙間なく立ち並ぶ巨大なビル、空を見上げれば常に何かを監視している無数のドローン。俺の小さい頭では、どうやって地下まで行くのかまるで想像ができなかった。


「あー私もそれ知りたい」


 隣で金髪のツインテールをゆらゆらと揺らしながら歩くリアもどうやら知らないようだ。


「君たち、さすがに場所くらい予習してきてくれないと..」


 俺とリアの前方を歩く弟がやれやれと言わんばかりに呆れている。

 そして、何か忘れ物をしたかのようにピタッと立ち止まる弟。


「どうした?」


 何かあったのかと思い、反射的に俺は、周囲を警戒する。

 しかし、怪しい人影などもなく、周りの人からも殺気を感じない。強いていうのならば、一機のドローンが俺らを上から監視していることぐらいだろうか。


「まずい状況になった」


 その弟の言葉に息を呑む俺とリア。

 そして、重い空気の中、口を開く弟。


「僕も地下都市アンダーシティの場所知らない」


 ......


 ......


 辺りの空気が重くなっていくのを感じる。


「え? 本気で言ってる?」


「この状況で嘘を付く必要があると思うかい?」


「その割には、俺らの前を迷わずスタスタと歩いてたが..」


「ごめん、C地区に見惚れてただけ..」


 真剣な眼差しをこちらに向けてくる弟。


「令司、これマジな奴っすよ。これだけみんなに協力してもらいながら、地下都市アンダーシティにたどり着けないパターンっすよこれ。うわー、リーダー(ミブロ)にどう報告すれば良いのよこれ..」


 リアは頭を抱え込み、すでに諦めムードのようだ。


 しまったな..物知りの弟なら地下都市アンダーシティの場所くらい知っているもんだと完全に決めつけてたな。


「すまない..この未来溢れるC地区に来るのに興奮してしまって完全に頭から抜けてた..本当にすまない」


 申し訳なさそうに謝罪する弟。しかし、ここですべてを弟に投げるのは間違っている。

 

「いや、これは俺の落ち度だ。普通に考えて、俺はみんなに甘えすぎてたし、場所くらい事前に調べておくのは、俺でもできたはずだ。だから、弟の責任じゃない、俺の責任だ」


「そうだよ! 別に誰の責任とかそういう問題じゃないよ! 今から港の方に戻れば、まだ、霧花さんいるかもだし! 聞きに戻ればいいだけだよ」


 俺に続き、すかさずフォローに入るリア。


「すまないね、みんな」


 この任務のリーダーとしての重みのせいか、いつにもまして凹む弟。


「だから、謝るなって。とりあえず、港の方に一回戻った方が良さそうだな、リアの言う通り、霧花に聞いてみよう。初動からグダグダですみませんね、粉雪さん」


「良いチームじゃないですか。羨ましい限りです」


 今の一連のやり取りを、傍らから聞いていた粉雪が振袖の袖を口元に当て、クスクスと微笑んでいる。


「これだけ、信頼し合えているチームなら、私は要らなかったかもしれませんね。それじゃ、行きましょうか。地下都市アンダーシティに」


 粉雪の言葉の意味が理解できず、ポカンと聞く三人。


「えっと、粉雪さん? 今の話聞いてましたか?」 


 俺は三人を代表して、粉雪に問う。


「ええ、もちろん聞いてましたよ。地下都市アンダーシティの場所なら私知ってますよ」


 天使のような笑顔で答える粉雪。


「え!? 粉ちゃん知ってたの!?」


「ホントですか。粉雪さん」


 さっきまで弟とリアを覆っていた暗い空気が嘘のように消えていく。


「何で黙ってたんですか..」


「ごめんなさい。みんなのやりとりが何だか面白くて、それに..私にもこういう仲間がいたら良かったのになーって」


 笑うとき袖で口元を隠すクセでもあるのだろうか、再びクスクスと微笑む。 

 

 笑っているときの粉雪の目元は、深雪にそっくりで、本当に姉妹なんだと実感する。


「何言ってるのー、 粉ちゃんだって私たちの仲間でしょ!」


 満面の笑みのリア、俺と弟もそれに同意するように頷く。


「何か無理やり言わせちゃってるみたいですね。でも、ありがとうございます」


「無理やりじゃないよ! 粉ちゃんはもっと自分に自信を持って!」


「リアさんの元気には、どうも弱いみたいですね私」


 ふふふと小さく笑う粉雪。


 粉雪の言う通り、リアからは不思議と元気がもらえる。


「雑談はこのあたりにして、時間もありませんし、そろそろ行きましょうか」


 そして、俺らは粉雪の後を追う。


 深雪を助けたいと思っているのはもちろん俺だけではない。

 弟、リアそして、協力してくれたミブロや霧花も同じ気持ちを持っているのだろう。

 そして、粉雪も。

 先を歩く粉雪の背からは、先程以上に焦っているのが感じ取れる。それは、粉雪にとって唯一愛せる存在である深雪を早く助けたいがための気持ちの表れなのだろう。

 そう..本当に愛しているからこその行動。


 疑問が一つ浮かぶ。 


 だったら、どうして、まだ幼かった深雪を一人にした? なぜわざわざ深雪の記憶を消した?


 俺は、足を進めながら、考えても無駄なことをひたすらに考えるのであった。

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カクメイの花 XeON @ryzenxeon

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