Episode II
1.
そして去年に続いて、今年も、そろそろクリスマスになっても、何の連絡も来なかった。
携帯なくなって連絡できなくなったとか、サプライズで帰ってくるとか、急に現れることも、あのお姉ちゃんだから全然あり得ると思って、最近は毎日、電車が通る時間やバスが通る時間になったら、駅やバス停前に行って、お姉ちゃんが帰ってくることを待っていた。
23日の夜、終電がとっくに過ぎた時間に、諦めの悪いあたしが、道路脇の高速バス停で、深夜バスに乗って帰ってくるかもしれないお姉ちゃんを待っていた。
そして、絶賛バス停で寝落ちてしまった。
どれぐらい寝たのかはわからない、ただ、起きたら、遠いところで、何か光っていた。
しかしいつまで待っても、近づいてくることはなかった。
あれはいったい何だろう。そう考えながら、光の方へ歩き出した……
2.
「おい
急に紫園の部屋のドアが開けられ、アカリが飛び入れた。
「ちょっとアカリ!人の部屋に入ってくる前にまずはノックしてっていつも行ってるでしょ!」
「知らんわよそんなこと!それより助けてくれ、死にかけてるおっさんを見つけたんだ、まだ死んでないと思うけど、運ぶの手伝ってくれ!」
「いやちょっと待って、今いそが……ちょっと引っ張らない……アーカーリィー!……わかった、わかったついて行くからちょっと着替えだけさせて!」
10分後、半分強制連行気味で、着替えを済ませた紫園を連れて、大通りの方へ急ぐ。
「はっ……はっ……ちょっ……待ってアカリちゃん……そんなに早く走れないって……」
「早くしてよ紫園!あのおっさんマジで危ないみたいだからさ!」
「それはわかるけどさぁ……」
わかるけど、アカリちゃんのこのテンション、ちょっとおかしくない?
これまでに、どっかで倒れている人が見かけたら、せいぜい水と食べ物を少し分けて、詳しい状況聞いてから、助けてあげるかどうかを決めてたけど……
これは、とんでもなく危ない状況にいる人か、あるいは、アカリにとって特別な意味を持つ人……なのか?
「ああ?何?」
「ううん、なんでもないよ……ただ……水とか、持ってこなくていいの?」
「えっ……?ああ、うん、いいのよ、あのおっさんの車にあるからさ!……たぶん……もうすぐ着くよ!ほら、あそこ!」
「うわ、マジか。ちょっと君、しっかりして、大丈夫?」
「話しかけても無理、さっきもう気絶した、けどまだ鼓動はあるだから、早く連れ帰って何とかしなきゃ!」
「ああ、確かに、もうここまで来たしな。なあアカリ、このおっさんの周りに、なんか身元が分かるものとかないか、首都の人が持ってるIDとか、ほら、これみたいな。」
「えっ、い、いや、わっかんないね……たぶん、ないと思うけど、もう一回り、見てこようか?」
「あー、なかったらいいわよ、それよりこのあたりに、別の使えそうなものがあるかどうか探してみよう。水、あったっけ?」
「あ、ああ、確かに、あっちの車に、いっぱい入ってたよ。それは明日とかにしよう、とりあえずこの人だ。」
3.2049年12月24日 14時頃 田無邸前
「……理、代理?不知火代理?社長の家に着きました。」
「あ、ああ……すまん、寝てしまったね。」
「もう二日間連続で寝てませんから、やはり少し休んだ方が……」「かまわない、まだ大丈夫だ。」
エネルギタブレットを取り出そうとして、ポケットを漁るが、ない。
「ぼくのタブレットは?」「連続使用はよろしくないと、医者が……」「はぁ……まあいい。」
アルコール入りのウエットティッシュで軽く顔を拭いて、車から降りる。
「では、一度会社の方に戻ります。済ませ次第連絡を。」
運転手に了解のサインを残して、空人の家に向かう。
エネルギタブレットがないと、どうしても疲れが顔から出てきてしまう。
でもまあ……どうせお母さんもそんな関心持たないだろう。
ゲートの前に立つと、認証システムが立ち上がる。
『IDをどうぞ』「しらぬいつとむ」『認証に成功 シラヌイツトム様 お帰りなさい』
お帰り……か。空人がいなくなった今、ここが僕の帰るべき場所で、いいのか。
部屋に入ってすぐ、お母さん……空人のお母さんが駆けつけてきた。
「あっ!勤!教えなさい!今朝のニュース、あれは……本当なのか?」
「……ああ、そう、です。本当に、申し訳ありません……僕が……もっと彼を、サポートしてたら……」
「そう……うっ、うううううううううう……」
自分の息子の失踪を知って、泣き崩す空人の母を見て、彼女を何とか慰めようと思って、また口を開ける。何とか、話さなければ……
「あの……」「黙って」「……」
「……しばらく、私の前に出ないで。やるべきことを済ませて、ここから出ていきなさい。ここはもうあんたの居場所はないわよ。」
「……はい。」
自分の、ここでの、やるべきこと。
今になって、それはもう、一つしか残っていないだろう。
階段を上がって、自分の部屋のドアをしばらく見るが、今は、それどころじゃないだろう……
その隣の、別の部屋のドアの前に立って、気持ちを整えて、深呼吸……
そして……
「おやじ!俺帰ってきたぞ!」
「おまえは、だれだ?」
「俺だ俺!空人だ!」
「おお、空人!帰ってきたか!久しぶりだな!ずいぶんたくましくなったじゃない!」
「おやじも、相変わらず元気だな!」
「そうだろ!ところで親父のど渇いたね、水汲んできてくれないか。」
「おう、わかった!ちょっとまってろや!」
おやじ……自分の生み親ではなく、空人のお父さんの部屋に置いてあるウォータサーバーから水を汲んで、ベッドに持っていく、この僅か10秒も足らない間に……
「俺に水をくれるのか、ありがとうよ!ところでおまえはだれだ?」
「……俺だ俺!空人だ!」
できるだけ、明るい口調で、自分じゃない自己紹介を繰り返す。
そして、空人のおやじがつかれて寝落ちるまで、何度も繰り返してしまうだろう……
そう、空人のおやじは、認知障害を持っている。
そして彼がこうなってしまった原因は、僕だ。
少なくとも、僕はそう思っている。そしておそらく、お母さんも、そう思っているだろう、僕のせいだと。
4.2049年12月24日 16:30
あれから、空人のおやじが寝るまで、2時間ぐらいかかっただろう。
そして寝落ちた空人のおやじの身体を拭いて、着替えをして、部屋から出た。数日後にまた、来なければならなくなる。
このまま帰ると思ったが、階段と向き合っている自分の部屋の前で、また立ち止まる。
まだここは、「自分の部屋」と呼んでいいのか。そもそも部屋より、ロフトの方がふさわしいかもしれない。
それより、もう何年も、ここに戻っていないだろう。
空人が親に無理矢理お願いして、僕を引き取った、23年前、だったっけ。その前のことは、あんまり覚えてないな。幼かったせいなのかな。そしてあれから、大学に入るまで、この部屋が僕にとって、唯一「家」と言える場所で、唯一の、帰れる場所だった。
気づけば、いつの間にか手が、既にドアノブの上に置いてある。無意識に、あそこに入りたい、戻りたいとても、思っているのかな。
しかし、残念ながら、ここにはもう、僕の居場所はいない。
やめよう、どうせあの中にはもう、ほとんど僕の私物は残っていないから。
自分の部屋を諦めて、階段を降り、会社に戻ろう。
お母さん……いや、これも、もうお母さんと呼べないのかな。帰る前に、空人の母の様子をもう一度見てみようと思ったが、やはり、僕と向き合いたくないのだろう、リビングのドアが、硬く閉められているようだ。
5.2049年12月24日 17:00 貧民街・
「ある場所に連れてってあげる。」
あれから半日経って、全身何とかく動けるようになって、アカリに急にこう言われた。
驚異的に行動力が高い子だろうか、仕方なくついていった。まだ足がガタガタしか動けないけどな。
そしてたどり着いた先は、大通りに沿って止まってある、一つのバンだった。
「これは?」
「あんたの出身地と思われる場所ね。これ君の車か?」
「いや、全然わからない。俺は、あれから出てきたのか?」
「ああ、たぶんな、少なくともあたしは、このあたりで君を拾って……ちょっと……」
アカリの言葉が終わるのを待たずに、さっそく車の中身を調べてみる。
「んー、せっかちだな。何か気になるところでもあるのか?」
「この機械、俺、何とかわかるかもしれない……」
「はぁ?なんだこれ?」
「前は……これと向き合っていた、気がする……でも、やっぱり記憶がかなり曖昧で……うまく思い出せない。」
「そっかぁ、けど何なの、この機械?パーマでも作れるわけ?」
「アカリさんも、見たこと、ないですか?」
「ん?ないない、
「まあ、確かに、ここにいると違和感感じるね……」
「でしょ?こっちの常識はあっちじゃ通用しないし、あっちの常識もこっちで通用しない。だから……まああれだ、たとえおじさんが記憶喪失していなくてもここに来たら記憶喪失みたいなもんになっちゃうんだよ、うん。」
アカリさんの話を聞きながら、車の中を漁り続く。自分の記憶を取り戻すきっかけとなる何かのアイテムを求めて。
6.約1時間後
「で、この1時間の成果は……」
一箱の……水と、何本の……緊急食、そして一つ、充電が切れたスマートウォッチ。
「ん……まあ、いいんじゃない?これで。水も、
「そうだね、晩御飯、どうすればいいのか?」
「おっさんが嫌じゃなかったら、紫園のカップ麺少し分けたげるよ、もしくは帰りにちょっと何か買う。どのみちあたしか紫園に奢ってもらう形になるけど。まああたしも、作れないわけじゃないけど、今日はもう間に合わないかな。」
正直、何と言っても、年下におごってもらうのはちょっとアレなので、カップ麺にした。
「まあ、おっさんが来たければいつでもここに来れるわよ。ここ普段からほんと滅多にしか車通らないし、放っておけば一生ここに残るよ。」
「なあアカリ、IDカードとか、あるはずだけど……」
「えっ?いやぁ、IDね、わかるよ、そんなの結構売れるからさ、たぶんほかの人に見つかってもう売られたとかかな……まあ仕方ないさ、それよりおっさんが帰らなければあたし一人で先に帰るね、もうはらぺっこぺこだからさ―」
「え、でもここは、それほど人が通るわけではないはず……」
言葉が言いかけたところで、アカリはもう、だいぶ先に行ってしまった。
The Memory Company 叢雲 カク @SOSOused
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