The Memory Company

叢雲 カク

Episode I

1.2049年12月24日朝 首都キャピタル・千代田ヒルズ前

 ……

 …………

 ……………………

 「……今、中から誰かが出てきました!昨日一日中沈黙したメモリック社がやっと……さらに誰かが出てきました!副社長です!副社長の不知火しらぬいつとむです!」

 「今のメモリック社の状況を教えてください!」「22日のイベントで起きた事故について具体的に教えてください!」「社長は今どうしていますか?」「被験者ボランティアの二人の状況について教えてください!」「まだ意識不明の状態が続いているのですか?」「メモリック社は今後どんな予定がありますか?」「今回の事故に対して公式の謝罪の予定はありますか?」「今回の事故の原因はまだ確定できないですか?」「田無社長はいったいどのような技術を開発しているのですか?」「今回の記憶移植と思われる技術に関してメモリック社今後の扱い方について教えてください!」……

 カメラのフラッシュが、記者の質問が、怒涛のように、僕に向けてくる……

 「皆様」僕が声を出したら、いったん騒ぎが止まる。

 一つ、深呼吸をしてから、ゆっくり話し出す。そうしないといつまでもここから抜け出せないだろう。

 「……まず、弊社先日の、記憶の転移、バックアップ、および復元に関する技術の発表会、およびデモンストレーションで起こった事故に関して、皆様に混乱を招いてしまい、誠に申し訳ございませんでした。現在、当事者のボランティアの二人のバイタルは正常な状態に保っております。弊社の方ではすべての責任をもって看護をさせて頂きます。」

 「つまり二人は今目覚めたということですか?」「事故によって記憶や脳などへのダメージはありますか?」「二人は今どこにいますか?」「当事者の二人に直接取材させてください!」

 「残念ですがそれは不可能です。二人とも、生命は保っておりますが、意識はいまだに不明のままです。だが、弊社が責任をもって、二人を必ず元の状態に戻します。皆様はどうかご安心ください。」

 「今回の事故の原因はまだ調査中ですか?」

 「それに関しては弊社の技術員で調査班がすでに結成され、まだ調査中です。後日に正式の場を設けて発表させていただきたいと思っています。」

 「田無社長がメモリック社の最高技術責任者も兼任していますが、彼からは何か情報は入っていますか?」「これから第三者の調査機構に依頼することはあり得ますか?」「今回の一件で田無社長はまだ引き続き社長役を務め続くというのですか?」

 「会社の全体の仕組みの再組立ては現在検討中です。その間に、終始技術開発の領域に手を出していない私が一時的に、社長代理を務めさせて頂いております。その他の詳しい人員異動情報は、決定次第公式の場を設けて発表したいと思います。」

 「それじゃ田無元社長は現在どのようなポジションにいますか?」「田無氏は現在社内でどのような仕事をしていますか?」「事故の後、田無氏の情緒が非常に不安定という噂が出ていますが?」「すでに逃亡したという情報もありますが、コメントをお願いします!」

 「それに関しては……」

 一度言葉を切って、どう伝えればいいのか、考える。

 周りが静まり、僕の言葉を待つ。

 何とか、この場面をうまく抑えられるような言葉でこの記者たちを帰らせたい……

 頭を全力で働かせて考える間に、道をふさがって僕の発言を待つために待機しているはずの人の群れが、どんどん迫ってくる感じがする。物理的じゃなくて、精神的な圧が……

 しかしこれは、どう考えても隠せないようなことだろう。今は隠せてもそのうちバレてしまう。なぜなら……

 「それに関しては、社長は今、連絡が取れず、行方不明です。」


 2.2049年12月23日深夜 郊外某所

 ……ここは……どこだ……

 ……俺はここで……何をやってんだ……

 そもそも……なぜ俺がここにいるんだ……

 「ちょっとあんた……大丈夫?」

 俺は……何者だ……

 「ねえ、……える?い……る?」

 頭が……痛い……

 「あん……こから……た?……のな……かる?」

 それより……食べ物と……水が……ほ……しぃ……


 3.2049年12月24日正午 貧民街・浜岳はまたけ

 「……」

 「お?目覚めたのかい?」

 「ええと……」「聞きたいことはいっぱいあると思うけど、あたしも同じだ。まあその前に」

 目の前の、というか、勝手に体の上に跨っていたこの少女。よいしょっと、ベッドから飛び降りた。体が異常に軽いせいか、ほとんど重量の差が感じなかった、気がする。

 「とりあえずこれ食いな。お腹空いてんだろ?」「……いいのか?」「よくも何も、お腹空いてんだろ?空腹じゃクソも何にもできないからさ。ほら食え。いらないならあたしが食べる。」「あ……いや、頂きます。」

 目の前のこの少女から食べかけている一袋のビスケットを受け取る。

 一つ、口の中に入れる。

 たぶん、本当に長い間何も食べていないみたい。体の芯から、どんどん力が戻ってくる。本来ちょっとあやふやしている意識も、どんどんはっきりなってくる。

 もう一つ、そしてもう一つ……

 「で、ちょっと今更感もあるけど、あんた何もんなんだ、なんでこんなとこに来た?」

 「え?」

 「え、じゃねえ。あんたみたいな人間が郊外の道路で意識失って倒れてて、ただでさえ怪しいだからな。」

 「えっ……?いや、俺も、よくわからない……かも。」

 「は?」

 目の前の女の子が呆れた顔をして、そして少し考えこんで、

 「はぁ、まあいいけど。」

 いいのか……これで?

 「ここは元から訳アリ捕獲器みたいなところもあるし、他人に言いたくない過去とか、思い出したくないこととかもあるだろうし。傷口に塩をまくようなことは、あたしは別にしたいわけじゃない。」

 よっと、女の子が床に、というか地面に胡坐をかいて、

 「じゃあ君はこれからどうしたいんだ?天井が見える寝床は用意できるけど、お金とごはんとかは自分で働いで稼いてもらうからな。」

 「働く者食うべからずか?」「は?何それ?」「いや……なんでも。」

 「まあとにかく」女の子が急に顔を近づけて言う「もしここに泊めていくことが決まれば、これから仲間だ。よろしくなおっさん!」

 もともと不機嫌そうな顔、というより、ちょっとうんざりしているような顔をしていた女の子が、急にパーッと朗らかな笑顔になって、俺のことを……

 ……おっさんだと呼んだ。

 そんなに、老いているように見えるか、俺?


 4.

 「……そういえば、君のこと、どう呼べばいいんだ?そしてここは、いったいどんな場所なんだ?本当に、さっき目覚めてから今までのことしか、記憶にないので……」

 「はぁ……一から説明しないといけないのか?」

 「なんか……すみません……」

 「まあいいや。あたしのことは、アカリと呼んでいいよ。さんとか、さまとか、好きにつけて。」

 そんな生意気なことを言いながら、窓の方へ歩いていく。

 「まずここはあたしの家、これがあたしの部屋。そしてこの場所は、いわゆる、貧民街だ。」

 「貧民……街?」

 「そう、そのまんまの意味で、身寄りのない人、いろんな意味で潰された人、あるいは価値を失って、首都キャピタルから追い出された人達の集まる場所。数多くの『貧民街』の中の一つよ。」

 女の子……アカリの話を呆然と聞く。

 何となくわかるような、わからないような話で、どう反応すればいいかわからない。

 「だから」窓の方から戻って、ポンッと椅子に座ってから、また話しだす「君は誰だがなんでここに来たのか、言ってもどうせあたしがもう聞き飽きたバターンの話だから、いい。」

 「いやだから俺は、本当に何も思い出せなくて……」「それより」

 俺の話を遮って、ベッドに上がって急に近づいてくる。

 「いつまであたしのベッドの上でいるつもりなの?あたしクッソ疲れてるんだけど。」

 「ああーごめん。今すぐどくよ。」

 と言って、ベッドから降りようと思って、片方の腕で体を起こし、足を床に下ろす。

 そのはずだが……

 「あっ!うわあー!」

 ドッタン。

 「ちょっとおっさん大丈夫?!」

 「いったたたた……わからない……足に、力が出ない。」

 ベッドから、転げ落ちてしまった。

 実は力が出ないのは、足だけじゃない、さっき目覚めたとき、腕もうまく動かせなかった。しびれただけだと思ったけど、違うみたい。

 道理でさっきアカリの体重を感じなかったわけだ、足が、というか、腰以下、まったく感覚がないみたいだ。

 自分の体にない部分のように、うまく操作できない。

 と言っても、少しずつ、本当に少しずつではあるけど、自分の体の各部位がどんどん生えてくるような感覚で、感覚が戻ってくる。

 実際、今も生えてきたばかりの腕と手を操っているような感じで、半身の起こそうとしている。

 「ちょっとアカリ大丈夫?!なんかすごい音がしたよ?!」

 急にドアが開けられて、もう一人の女性が飛び入れた。

 ……うん、明らかにアカリより年上だから、「女の子」じゃない。

 「あー紫園しおん。ちょうどいいタイミングだ、このおっさんを運ぶの手伝ってくれ。」

 「あ!昨夜のおっさんが起きたね!どうだい、体の調子は?口座のパスワード覚えてるか?言ってみて?」

 「は?こ……?パ……?また首都キャピタルの話なのか?そんな無駄口叩かないで、早くこのおっさん運ぶの手伝ってくれ。足が使えないみたいでベッドから転げ落ちたんだよ。」

 はいはいと言いながら、二人で俺をまたベッドの上に運んだ。

 「なんか、すいません……」

 「いいのいいの。アカリはともかく、少なくとも私は興味半分でここに来たのさ。いろんなことがあって楽しいし、仕事の助けにもなれるさ。」

 「……仕事?」

 「そうよ、紫園はもともと首都の人だ。追い出されたとか、やむを得ずここに来たわけじゃない、自分が来たいからここに来たんだ。」

 「うん。久しぶりに首都から出てきたばかりの人間にあったのさ。首都から来たなら、やっとこれも使えるようになったのね。」

 そう言いながら、コートの内ポケットから何かを取り出した。これは……見覚えが、ある、というか、かなりよく使っていた気がする。

 「はい、名前は榛名はるな紫園しおん、一応フリーレポーターよ。今は、アカリちゃんの子守もやっているけどさ。」

 「ちゃんは何だよ!ちゃんは!そもそももう子守が必要な年じゃないし!」

 俺に、何か書いてある紙切れを一つ渡してくる女性……榛名紫園。そしてちゃん付けで呼ばれるのが気に入らないのか子ども扱いが気に入らないのか、アカリが榛名を小さな拳でボコボコとしてる。

 「これは……」

 渡されたものを見つめて、何秒をかけて、

 「これは、名刺、なのか?」

 「ふーん。時間をかけてこれの名前を思い出したのね。そう、これは名刺だよ。首都でよく使っていたはずよ。ほかに何か、思い出せるものはないかい?」

 名刺を受け取って、それを観察しながら、自分の頭の中を漁ってみる。しかし、やっぱり何も思い出せない。

 頭の中は、空っぽってわけじゃない。ただ、厚い霧に遮られて、何も見えない、思い出せない。

 いつもパソコンのデスクトップにあるはずのファイルが、突然ほかの場所に移動されて、どうしても見つからない、でも消されてはいない。例えるなら、これだ。

 「やっぱり、何も、思い出せない……そして多分、無理して思い出さない方がいい。そんな気がする。」

 そう、俺は、何かから逃げるために、ここまで来たんだ。これだけは、今でもはっきり覚えている。だから、このままでは、ちょうどいいかもしれない。

 しかし、やっぱり知りたい。

 俺はいったい、何者なんだ?

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