プライド
森山流
プライド
おれたちは絶対に首に鈴なんかつけない、猫のやつらみたいな軟弱なのとは違う。おれたちは音も気配も消して歩く。匂いだけがおれたちの言葉で、余分な音は敵や人間を呼び込むだけだ。革の首輪は仕方なくてもそれ以上の装飾はいらない。
おれは生まれた時から野良だったわけではなく、かつては人間に飼われていた。その頃の飼い主は豪勢な庭付きの邸宅に住み、うつくしい妻と娘をもち、やわらかく深い毛足の絨毯を敷き詰めたリビングでおれを足元に置いてカウチに寝そべってウイスキーを飲むのを毎晩の楽しみにしている壮年の男だった。おれたちは飼い主をひとりに定めるので、男をそれと決めた時点で妻と娘のことはおなじ群れの仲間だと割りきった。いつも散歩は男だけが行い、おれは餌も男の用意したものしか食わず、ほかの家族や他人には容赦なく牙を剥いて反抗したが、基本的におれたちはうまくやっていた。あのおそろしい恐慌の年が来るまでは。
急な世界的恐慌がおとずれ、男は一夜にして仕事をうしない、家ごと抵当に入り、妻と娘は実家に帰ってしまった。もともと毎日の暮らしを派手にかざることに金を惜しまなかった男だから、家族をしばらく面倒みられるほどの貯蓄がなかったのだ。男は市街の西側の下町で古びたアパートメントをなんとか見つけて住むことにしたが、寝起きするのがやっとの狭い部屋で、もちろん動物を飼うことなど許されない。悩んだ男はおれをシェルターにやることに決めた。しかしもともと家族にすらなつかないおれは新しい貰い手を探す未来など想像したくもない。汚いシェルターでほかのチンケな犬どもといっしょに暮らすのもごめんだった。おれはシェルターに連れられていく途上で男の態度から今日がもうふつうの日ではないことに気づいていたので、信号待ちで手綱をゆるめている隙に一気に大通りへ駆け出し、逃げた。小糠雨のふる12月のロサンゼルスで、おれたちは永遠に別れることになったのだった。
それから3年、おれは誇り高い野良犬としてこの街で生きている。もう二度と人間に飼われることはない、そうかたく心に決めながら。
プライド 森山流 @baiyou
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