46

ウチの最寄りのM駅西口の裏通りにある喫茶店でマスターに卒業証書を見せた後、今日は流石にバイトには入らないでそのまま向かい合ってテーブル席を陣取った。


「エスプレッソドッピオとココアをお願いします」


何時も通りオーダーしてから。


「――見てくれる?」


小野はさっき受け取ったばかりの写真を封筒から取り出して並べ始めた。


そりゃあ俺は「好きなモノなんでも撮れ」って言ったけどさ…。


「何だ?コレ…」


先ずツッコミを入れざるをえない1枚を見つける。


下を向いて撮ったのか、アスファルトが背景になっていて、小野のスニーカーの爪先が下に映ってたけど。


真ん中にメインで撮られてたのは、


「猫だよ」


「猫?――いや、言われないとわかんねーなぁ…」


真上から撮ってるから、搗きたての餅みたいに柔らかく潰れた状態で道路に寝転がってる三毛猫の写真だった。


「コレは何だ」


今度は、夕暮れ時のM駅前というロケーションは解るけど。


ひとりひとりから残像が伸びているからまるで幽霊が沢山居るように見える群像写真だ。


「バイト帰りに駅前でシャッタースピード落として撮った」


「独特過ぎるなぁ…――あ。コレは」


夕焼け空の向こうに、黒いシルエットの富士山が見える写真。


「これウチの神社からのだな?そう言えば俺も撮った事は無かった」


「うん、俺も階段の上から見る影の富士山が凄く好き」


階段というと、親父殿が何時ものお勤めで90段の階段を掃いて清めてるのを下から撮った一枚もあった。


「何だか写真で見ると、ウチの神社も悪くない」


まるでカフェのメニュー用のように、何時も小野が飲んでる此処のココアの写真があったり。


俺も3年間眺めたから覚えのある高校の登下校の道を撮った写真があったり。


テーブルに並べて行った写真を眺めていた俺は、ふたつ気づいた。


ひとつ目は。


「オマエの居る世界は…コンパクトだな」


「コンパクト?」


「カメラ渡してから4カ月だぞ。俺が見たコト無いもんがひとつも無いじゃねえか」


まさかの俺のダメ出しに。


「――…」


小野は困った顔をして項垂れる。


「ま。『好きなモノなんでも撮れ』って俺が言ったもんな。オマエの好きなモノは身近なモノばかりだってコトだな。それから…」


並べて6行6列で36枚に成るはずの写真は、並べ終わりの右下の角が一枚欠けてた。


これがふたつ目に気が付いた事だ。


「一枚、足りないな。どうした?」


最後の1枚が並べられるはずだった処を、人差指でトントン、とノックしたら。


「実は…最後の一枚何撮ったらいいのか。解んなくなっちゃったんだ…」


小野は欠けたスペースを叩く俺の指先を見てた。


「そうか…。ま、イイんじゃねぇか?」


「え?」


顔挙げた小野が解らないって表情になったから。


「撮るのに悩むってコトは。真剣に自分の好きなモノについて考えてみたってことだろ?撮れなかったこのスペースに、俺はスゲー意味があると思う」


角の1枚分のスペースを、もう一度指先でノックする。


「小野。この最後に撮れなかった一枚に写るはずだった物が、きっとお前の『本当に好きなモノ』だ。此処を埋める1枚を真剣に探してみたらどうだ?」


「――…」


また泣くのを堪えるように唇を一文字に結んだ小野に。


「おいおい、言っただろ?自分の事で泣くなよ?」


うん、と頷くから、対面から腕伸ばして、よしよし、偉いぞ?と頭を撫でてやった。


「――たけにー…」


「ん?」


「有難う。最後の一枚。俺納得いくまで撮ってみようと思う」


「そうか」 


「何年かかるか解らないけれど。――また、撮れたと思えたら。見てくれる?」


「ああ。解った。――何時でも連絡よこせよ?」


なんて、どうやら大団円を迎えたところで。


「――テーブル…よろしいですか?」


エスプレッソとココアなら何時も頼めば10分とかからずサーブされるのに。今日はもう来てから優に20分は経ってたから。マスターに声かけられるまですっかり此処が何時ものカフェだって事を忘れてた。


「すみません!」


並べて広げてた35枚の写真達を慌てて二人で回収してテーブルを片付ける。


「お待たせしました」


小野の目の前に、白い厚みのある層とオレンジのソースの層が鮮やかな高足のカフェグラスと柄の長いパフェスプーンをセットして。


俺の目の前には真っ赤なソースが掛かった、つやつやのクーベルチュールチョコがグラサージュされたケーキがセットされた。


その後小野にはココア、俺にはエスプレッソが添えられる。


「え?――コレ…」


頼んだ覚えがない、というかこんなメニューは此処で見たコト無かったから二人で驚いてたら。


「オレンジとグレープフルーツのブランマンジェと、こちらがオペラ。私からお二人の卒業のお祝いです」


「「有難うございます!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

LOVE YOU ONLY(兄目線) 白白 @tukumomashiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ