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『襲われた後のマチムスメ』と言われたのが相当効いたのか、帰り道に小野は学ランを脱いで白いシャツで学校から駅までの道を歩き始めたから。


幾ら暦の上では春をとっくに迎えていても、3月頭と言えばまだまだ肌寒い。


「何やってんだ。風邪引くぞ」


見かねた俺は、着ていたアクアスキュータムの黒いトレンチコートを脱いで小野の肩に掛けてやった。


「――ありがと…」


俯いて礼を言いながら袖を通してるけど。両腕を伸ばした小野は。


「手が出て来ない┌(;-_-)┐」


両手の中指の先だけが辛うじて袖口から見えてる状態に苦笑いするしかない。


「何だ小野…コドモだなぁ」


向かい合わせになって下のシャツが見えるように袖をくしゃっと上に押し上げたら、袖口のベルトを絞って腕まくりさせる。


「袖のベルトってこんな風に使うんだ…」


タダの飾りだと思ってた、って言う小野に。


「元々トレンチコートってのは、一次大戦の頃に英国陸軍の防寒用に作られたもんだ。襟元とか袖口に着いてるベルトは、隙間から風や雨が入らないようにするためだとか、肩のエポレットは水筒や双眼鏡のストラップの滑り止めっていうちゃんとした理由があるんだぞ?」


両袖を捲くったら、コートの襟を立てて、着流すように前を拡げて裾を後ろに払わせる。


「ほら、完成。いいんじゃねえか?」


「有難う(。_。*)))」


我ながら良く仕上げてやれたと思ったから。並んで歩きながらシグマのレンズカバーを取って準備すると。少し小野から距離を取って。


「小野」


「――?」


声を掛けてこっち向いた小野を、シャッター押してファインダー越しに切り取った。


「あ(゚ロ゚;)!?!」


恥ずかしいだろ!って文句を言う小野をもう一度激写。


「もー(*ノノ)!!」


顔を覆って逃げる小野をまた激写。


「――まあ俺も。今じゃあすっかりJamais sans toi…だからな」


「じゃめさんとわ?」


小野はやっぱりフランス語が解る訳じゃ無いみたいだ。


「解らなくていい。――まぁ。良い写真が撮らせて貰えた。アリガトな?」


フィルムが一杯になったら、綺麗に残る方法で現像しようと思う。


「竹兄。このまま駅前の――写真屋さんに寄りたいんだ」


少し離れた処を歩いてた小野がまた隣に戻ってきて並ぶ。


「おお。もしかして例のが出来たのか?」


「――うん」


返事した小野は何故か少し困った顔してた。


帰りがけに所謂町の写真店に寄って、現像してもらってた写真を受け取った小野は。


「竹兄今から時間ある?」


写真を見るために時間をつくると約束していたから。


「ソイツを見るんだろ?」


「マスターにも卒業証書見せる約束してるから、移動してもいい?」


「おー。別に構わないぞ。久々に乗った路線の車窓が懐かしかったしなぁ」


四年も経つと、もう殆ど同級生の事なんか覚えてなかったけど。3年間通い続けた道の事だけは何となく覚えてて。少し感傷的になった。


「オマエももしかしたらもうこの線二度と乗らないかもしれないだろ?」


「そうだね…。高校通う以外に乗らないかな…」


「じゃあ…当然駅前を押さえないとな」


K駅の小さな戸建の駅舎と駅の看板の前まで来て、ほら並んで立て、ってまた追い立ててたら。


「ヤダよ!」


「イイから立て!こんなトコで騒いだらメーワクだろ」


また写真1枚撮るのに駅舎の入り口に入らずにひと悶着起こしてたら。


「君、某都立の卒業生だね?撮ってあげるからお兄さんと並びなさい」


なんて。駅前交番の制服警官に声をかけられた。


「ああ…お願いします。小野。俺となら撮るか?」


お互いを撮った事はあるけどそう言えば二人で並んで撮った写真が無い事に今更気付かされる。


「え(ノ゚⊿゚)ノ!?――うん、撮るッ∩(^∇^)∩!!!」


小野は今まであれほど嫌がってたのが嘘みたいに、俺の右腕めがけて飛びついて来た。


ぎゅうぎゅうと抱きつかれて。


「痛いって!もっと離れろ」


「弟くんイイ笑顔だ!はい、お兄さんも負けずに笑って」


「たけにー!」


ちゃんと笑ってよ、と小野から注文をつけられた。


「こうですか」


女子から一緒に撮ってくれって言われる事が多い俺は、レンズを向けられれば直ぐにでもキメ顔にも笑顔にもなれる。


「お兄さん男前だね。では、はい…チーズ!」


一回シャッターを切ってもらってから。


「済みません、もう一枚イイですか?タイミングはお任せしますから」


小野の腕を外して。腰に手を回してぐいっと引き寄せる。


「わ…っ」


小野がよろけて脚を縺れさせて俺に寄り掛かってきた処に。はい!という声と共にシャッター音が聞こえて。


「どうでしょう、兄弟仲良さそうな写真が撮れたと思いますよ?」


なんて制服警官からカメラを差し出された。


「有難うございます」


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